第2話『私は、佐々木を傷つけてしまった』
中学校に入る事になった。
この中学にはお姉ちゃんもいるらしい。
もう私の事なんて忘れてしまったかもしれないけど、それでも会ってちゃんと話がしたいと思った。
お父さんが居なくなって、お母さんは怖くって、もう私の世界にはお姉ちゃんしか残っていなかった。
そう思っていたのだ。でも。
「……っ! 分かったよ。紗理奈ね! 行くよ! 紗理奈!!」
「うん。いこ。佐々木」
佐々木と出会った事で私の世界は大きく色を変えていった。
佐々木は私じゃない紗理奈を見ていたお父さんやお母さんとは違い、私を真っすぐに見てくれる。
しかもお姉ちゃんと違って、私の事を嫌っていない。
あの男の人みたいに、変な事を私にしてこない。
何となく握った手が温かくて、佐々木が私を気遣う様に握ってくれる柔らかさが好きになった。
それから私は佐々木と一緒に学校生活を送っていた。
クラスは違うから、お昼になったら佐々木のクラスに行かないといけないけど、佐々木は私が来るのを待ってくれていて。
一緒にご飯を食べていても、食べるのが遅い私を佐々木はゆっくり待ってくれる。
私は佐々木と一緒に居るのが楽しかった。ずっと一緒に居たいと思っていた。
でも、違った。
お姉ちゃんの時と同じだ。
私は、佐々木を傷つけてしまった。
私が言った言葉で佐々木は傷ついた顔をしていて、しまったと思った時には既に遅かった。
佐々木は怒りながら、教室から出て行ってしまった。
その姿がお姉ちゃんの姿に重なって、私は誰もいない教室で去ってしまった佐々木に、お姉ちゃんに謝り続けた。
私が悪い子だから。みんな私のせいで傷ついてしまう。
私が佐々木と一緒に居たいと思ってしまったから、佐々木を傷つけてしまった。
そうして泣いて、泣いて、泣いていた私は教室に人が入ってきた事に気づき、すぐに出ていこうとした。
しかし、その人たちは私の手を捕まえて友達になろうと言ってくれたんだ。
「あ、あの。私、千歳紗理奈」
「知ってるよ。アイツの妹でしょー? 千歳加奈子」
「あ、うん。そう」
「フーン。全然似てないね」
「ま。姉の方が不細工な上に身の程知らずだからね。それでさ。ちょうど良かった。アンタには聞きたい事があるんだよ。紗理奈」
「な、なに?」
「アンタのおねーちゃんさ。家に居ないって本当?」
「うん。昔出て行っちゃった」
「それって、もしかして立花って人の家?」
「う、うん」
「だー! やっぱりじゃん! あの女! マジ許せないんだけど!」
「どうする?」
「ま、とりあえずは追い出すところからスタートじゃない? 豚は豚小屋に戻さないとさ」
「そうだね。ふふ。間違いないわ」
それから私は仲良くなった友達と一緒に過ごして、お姉ちゃんに会って……また傷つけてしまった。
友達になった二人が、お姉ちゃんに酷い事を言ったのだ。
私はそれを止める事も出来なかった。
嫌われて当然だ。
でも、だからこそ、私はちゃんとお姉ちゃんに謝らなきゃいけないと思った。
二人にも謝ってもらいたいと思った。だって、友達だから。
でも。
「はぁー? 謝れって? アタシらが? 千歳加奈子に?」
「ちょいちょい。ふざけてんの? 紗理奈ちゃーん。冗談にしては笑えないんだけど」
「じょ、冗談じゃないよ。私は友達だから、二人に」
「あー。なるほど。最初にそう言ったから勘違いしちゃったかー。これは仕方ないね」
「なるなる。これはアタシらが悪いわ」
「なら……っ!」
続く言葉を話す事は出来なかった。
何故なら私は頬を強く叩かれ、その痛みに、熱さに涙を浮かべながら呆然としていたから。
何がどうなっているのか。わからない。
「紗理奈。ごめんね? ちゃんと言ってなくて。アタシらは友達なんて対等な関係じゃないの」
「え? でも」
「頭わるーい」
「そうだなぁ。しいて私たちの関係を言葉にするなら、ご主人様とペットかな。まぁ、本当は下僕って言いたいところだけど、紗理奈ちゃんは可愛いからペットにしてあげるよ」
「アハハ! ウケル。ペットなら芸を仕込まないとねー」
「お手とか覚えさせてみるか!」
「だって、私、そんな」
「とは言ったけど。良いよ。友達になってあげても」
「その代わり、アタシらの言う事には絶対服従ねー」
「キャハハハ。それじゃ下僕と変わらないじゃーん」
「いやいや。これは紗理奈ちゃんからアタシらへの友情だから。アタシらが強要するんじゃなくて、紗理奈ちゃんが自分で言う事だからさ」
私は、突然の事態に混乱しながら、逃げようとした。
だってここにいたら、きっと酷い事をされる。そう思ったからだ。
「おっと、逃げようとしてもそうはいかないよー?」
「紗理奈ちゃんはまだ使えるからね。良いの―? ここから逃げたら、紗理奈ちゃんまた独りぼっちになっちゃうよー?」
「そうそう。お願いするだけで良いんだよ? 別に金取ろうって訳じゃないんだしさ」
「むしろ将来的には稼がせてあげるって」
「ギャハハハ。確かに紗理奈ならオッサン受け良さそう!」
「紗理奈ちゃんは友達が欲しいんだろ? ここでアタシらを拒否してさ。それで友達作れんの?」
「大変だよー。独りぼっちで中学を過ごすってのはさ」
「ねぇ。紗理奈ちゃん。よく考えなよ。簡単な話でしょ。アタシらに頭下げて、友達になって下さい。何でもしますって言うだけで二人も友達が手に入っちゃうんだよ?」
「それともさ。紗理奈ちゃんはアタシらじゃ不満だって、そう言いたいのかな?」
壁際まで追い詰められて、責められて、私の言葉は二人に遮られて、私は何も言えなくなって、小さく頷いていた。
友達にしてくださいって。
そんな私を二人は笑いながらよく出来ましたと褒める。
何も嬉しくはなかった。
でも、ここから逃げられるなら、何でもよかった。
「じゃあ、言ってもらおっか。友達宣言」
「うーん。でも紗理奈ちゃん。大分嫌がったからなぁ。普通に言われても頷けないなぁ」
「でもしょうがないよね? だって紗理奈ちゃんがアタシらの優しさを踏みにじったんだもんね?」
「え、その」
「土下座。して?」
「それは」
「早くしろ!」
「……っ、ご、ごめんなさい」
私は床に膝をついて、頭を下げながら友達になって下さいと二人に言った。
そして、下げていた私の頭に一人が足を乗せて来て、強い痛みを私に与える。
「い、いたい」
「はぁー? 上履き脱いでるんだからさ。痛いわけねぇーだろうがよ」
「それにさ。紗理奈ちゃんはアタシらに絶対服従なんでしょ? 踏まれたら感謝しなきゃ」
「やだー変態っぽい! 変態紗理奈ちゃんじゃん」
「そういう風にしてけば、そういうオッサンも捕まえられるんじゃね? そしたら追加料金めっちゃ貰えるでしょ」
「ヤバイ。天才じゃん」
「という訳で。ほら、感謝して。ありがとうございます。って言いなよ。紗理奈ちゃん」
「い、痛い」
「言わないと終わらないよー?」
「あ、ありがとうございます」
「踏んでもらえて。でしょ」
「踏んでもらえて! ありがとうございます!」
「それで良い。次からは言われなくてもさっさと言いなよ?」
頭の上から二人の笑い声が聞こえて来て、私は、何も言えず、ただ涙を流した。
この時、初めて私は思ったんだ。
死にたいって。
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