天人族で大騒ぎです
「俺はルイ=ヴァイス。これでも長生きしている天人族だ」
「天……人族……??」
その場にいたルイ以外の全員が、同じ疑問を頭に浮かべた。
首を傾げ、少し目を擦り、ルイのことを二度見したが、その背中に生えている黒い翼は本物だ。現在進行形でふんわりと動いており、ふぁさぁっと広がる翼と一緒に黒い羽が何枚か舞った。
「……中二病?」
「……ハウッ」
クラスの中の誰かがボソッとつぶやいた言葉に、キツいダメージを受けた。
ルイは、コミカルにわざとらしく膝から崩れ落ち、床に手をついた。
「気にしてるし、最近やっと慣れてきたばかりだから……イワナイデ」
「慣れてないじゃん」
あまりのダメージに、ルイは胸を抑えてふらつきながら、カタコトで話す。
「なんか、異世界に染まりきった日本人って感じの雰囲気がするのは俺の気のせいなのか?」
そんなルイの姿を見て、誠司はそんな感想を言った。
そう言った誠司の方を見たルイは、先ほどの動揺ぶりがなんだったのかというほどに落ち着いて、のらりくらりと勇者たちの方へ近づいていく。
騎士たちが慌てて塞ごうとしたが、不自然に浮き上がり、不自然に吹き飛んだ。
恵美は、その様子に日くりと体を震わせる。
ーー異質だった。
ルイと名乗った天人族は、ここにいる誰よりも圧倒的に強かった。
ルイにとっては、訓練された国の騎士ですら片手であしらえるほどでしかない。
召喚されたばかりですら強力な勇者でも、ルイには敵わない。あっという間にやられて全滅してしまう。
ルイが恵美たちの方歩いてくるまでの時間はほんの数秒。
だが、それが何百倍にも引き延ばされているような感覚があった。
恵美達が恐怖で動けなくなっているのをいいことに、ルイは全員のことを見てまわって、一人一人のことを観察した。
「へぇ、これが今回召喚された勇者達か。随分と分割されてる。リントとは違うタイプみたいだ。まあ、大変だろうけど頑張ってね」
世間話をするかのように、ルイは勇者達に話しかけた。
当然、誰も返事をすることができなかった。
話している時の無邪気な笑顔すら、今の状況では恐ろしく感じる。
恵美の頬からは、たらりと冷や汗が垂れた。視線を手の方に向けると、カタカタと指先が震えているのが見える。
これから何が起きるのか。
ごくりと喉を鳴らした。
「ねえ、なんでそんなに気合い入れてるの? 何かをするわけでもないのに」
ルイは両手を広げ、何が起きているのかわからない、といったふうに首を傾げた。
その仕草に、全員が呆然と立ちすくむ。
逆に何かをすると思っていたのだろうか。
散乱していた椅子に腰掛けたルイは、足と腕を組んだ。
ハン……と少しむかつくため息を吐き、君たちバカなの? と聞いてきそうな腹が立つ視線を恵美達に向ける。
その時、開きっぱなしの扉から、知らせを聞いた第一王女リリーフィアが王女らしからぬ大股で走ってきた。
賊と思われていた人物が、伝説の人物だったというとんでもない状況だったため、仕方がないのだが。
「……黒翼の天人族様。突然なんのようでしょうか」
息を切らしながらやってきたリリーフィア。
彼女の目の前に、ルイは瞬き一度の間に移動した。移動したところをはっきり見られた者はいなかった。
「別に? 俺はただ召喚された勇者を見にきただけだよ」
「勇者を召喚したという情報は……大陸の国の極秘情報なのですが?」
「俺、基本的に全部の城に出入りできるからね? この城にきたのは数十年前だから王女様は知らないと思うけど。それに多分、世界で一番情報を持ってると思うし、国に情報を渡してるのも俺だし。魔王を早く復活させようとする闇組織のこととか、無謀にも帝国に戦争を仕掛けようとしたこの国の領とか、これから魔獣が活性化して一気に強くなることとか。最後の以外は全部処理してあるけど」
「私、最初の二つは知らないのですが……」
ルイは、子供のような純粋な笑顔で、さらっと恐ろしいことを言った。
これから魔王を倒そうとしているのに、その魔王を復活させようとしている狂信者のこと。最近、突然王国のとある領の領主が変わった理由。
最後の魔獣の活性化以外は、王女ですら知り得ない情報だった。
リリーフィアは王ではないため、入ってこない極秘情報があるのだが、機密事項の塊である勇者のことを任されるくらいは重要な役割を担っている。
国のナンバー2のリリーフィアですら知らなかった情報。
今日はおやつにこれを食べました。と言ってくるようなノリで、伝えられた情報を聞いて、リリーフィアはふらりと崩れ落ちた。
すぐにそばにいた騎士の一人が手を差し出し彼女を支える。
リリーフィアは、ふぅと息を整える。
騎士に寄りかかっていた手を離して、ルイのことを見た。
「とりあえず、父様も呼んで、話をさせてください」
「うん、構わない。だけど、なるべく早めに集まって話をしておきたいかな。俺も、ここでは話せないこと結構あるし」
「わかりました。急いで用意を整えます。騎士たちは父様や大臣たちに報告をお願いします。宮廷魔法使いや、大司教と司教も集めてください」
「「「はい!!」」」
騎士たちが、バタバタと動き始め、城全体が騒がしくなってくる。
一通り、指示を出し終えた後、リリーフィアは恵美たち勇者の方を向いた。
この世界に来てまもない勇者たちは、この状況を理解できていない。ついていけていなくて戸惑っている。
わけわからない状況の説明を求めるように、リリーフィアのことを見た。
「勇者の皆さん、申し訳ありません。昼食を食べた後にやる予定だった戦闘訓練は、急遽中止となりました」
「……なんでだよ!」
そんなクラスメイトの一人・
「おい、大輔! これは仕方がないことだろう。リリーフィアさんにも色々都合があるだろうし……」
銀条を止めようと前に出た金竜を、リリーフィアが止めた。
「金竜さん、大丈夫です。突然中止にしたのは私の責任ですので。ですが本当に申し訳ありません。勇者の訓練を中止してでも、これはやらなければいけないことです」
本来なら、自分たちが強くなるための時間になる予定が中止になってしまったことが、銀条と何人かは不満らしい。
銀条はキッとリリーフィアの後ろにいるルイのことを睨んだ。
その視線に気づいたルイは、何かやってしまったのか? というようにきょとんと銀条を見た後、ふいっと視線を逸らして窓から外を見ていた。
チッと舌打ちをしてから、銀条はルイの方へズカズカと歩いていく。
「銀条さん……」
リリーフィアが止める間もなく。
金竜や恵美たちも、銀条について行こうとしたクラスメイトを止めていたため、銀条を止めることができなかった。
「おい! ルイとか言ったかよ! 俺らは、お前のせいで予定をつぶされたんだ! そもそも、召喚したのもそっちの勝手だろ! 何か責任を取れよ!」
ルイに向かって、銀条は怒鳴った。
勝手に怒鳴っている銀条を見て、恵美はわがままだと感じた。
たった一つの予定が潰れただけだ。ただ、戦うための訓練をする時間が潰れただけだ。しかも、完全に中止になったわけでもない。
延期になっただけにも関わらず、そう文句を言うのは違うのではないか。
向こうが勝手に召喚してきたのは事実だが、だからと言って、こちらの要望を全て聞いてもらえるわけがない。
「ーーおい!!」
「……………………」
ルイは、銀条の叫び声を完全に無視して、考え始めた。
無視をし続けるのがめんどくさくなったのか、
「銀条っていうんだ。お前はうるさいよ」
銀条のことを空中に固定した。
ジタバタと暴れようとするが、自分の体を動かすことすら許されない。
ルイの軽い威圧を受けて、銀条は泡を吹いて失神した。
そのままドサリと乱暴に床に落とす。銀条はゴツっという鈍い音で落下し、グデーっと床に寝そべる。
「責任か……、そうだ」
何かを思いついたのか、一度床に落とした銀条を拾って恵美たちに届けた後、くるりと一回転しながらこう言った。
「俺が騎士と魔法使いの人たちと協力して、一緒に勇者を鍛えるよ。そうすれば、責任っていうのは取れるかな?」
「……!! よろしくお願いします!」
恵美はすぐに頭を下げてそういった。
「おい! 恵美、そんな簡単に決めていいのかよ」
「だって、この人昔の伝説の人だよ! そんな人に鍛えてもらえるなら決めていいと思う!」
ツッコミを入れる誠司に、恵美は即座に言い返す。
世界を救った勇者の隣にいた伝説の人に教えてもらえるなんて、貴重な機会だからと。
「じゃあ、とりあえず頼みます」
誠司も流れで頭を下げて一礼。
「なあ、そんな簡単に決めていいものなの?」
「本来なら全員で相談するところですが、すごい人に鍛えてもらえる機会を僕たちは無駄にはしません。なので、よろしくお願いします」
「ふ〜ん。じゃあ、よろしく」
そっけなく言葉を返した。
そういうことがあって、勇者の隣に居続けた黒翼の天人族ルイ=ヴァイスが、召喚された勇者を鍛えることとなった。
ルイは、そっけなく返事をした後「大変だと思うけど」と、補足してきた。その曖昧な言い方に、恵美は不穏な空気を感じ取った。
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クラスメイトたちについて
召喚された勇者は19人。クラス三年一組は20人。
誰かが最弱とかそんなことでからかうことはない、比較的平和なクラス。ただ、意思が強い人が多い。つまりめんどくさいクラス。
現在、名前が出てきているのは10人。召喚されたクラスメイトのみだと9人。
性格やステータスなど、一応存在している。
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