噂をすれば遭遇です



「まあ、このくらい私がはっきり説明できるくらい、3000年以上前の争いは今に伝わっています。この話は本当に有名なので、世界の常識の何よりも先に覚えてもらいたいです」


 ガレットがそう締めた時、パチパチとまばらな拍手が聞こえてきた。

 堂々と眠ってしまったクラスメイトなど、誰もいなかった。……ように見えた。


 部屋の隅っこに座っていた水月の方を、ガレットは静かに見た。



「確か……水月さんですよね? 目を開けながら眠っていたのは」

「ーーぬっ!? なぜ気づかれた!」

「寝ないでくださいね? と聞いて、寝ているかを確認しない教師などいません。しっかり話を聞いていてくれた皆さんを巻き込むのは申し訳ありませんが、水月さんが最後まで話を聞くまで何度も同じ話をしようと思います。もちろん、誰かが眠ったらもう一度教えます」



 全員の視線が、水月の方へ向いた。

 寝るなと言われながら堂々と寝た水月は、話を最後まで聞かないと終われない。その終わらない話に、クラス全員は巻き込まれてしまった。



 ◆◆◆◆



「では、話を終わります。全員聞いてくれてありがとうございました。中途半端に時間が残っているので、残りの時間は休憩にします。私はまだここにいるので、質問があったら聞きにきてください」



 ガレットが隅に用意されていた椅子に腰掛け本を読み始めると、全員がわっと周りと話し始める。

 ところどころから「疲れた〜」というような声も聞こえてくる。



「……や、っと終わったー!!」

「つ、疲れたね〜……」



 なかなか終わらない話を聞き切った恵美は、大きく伸びをした。

 隣に座っていた穂乃果は、グテ〜と蕩けるように机に突っ伏した。


 

 ガレットの授業は、なかなか進まなかった。 

 最初に寝てしまった水月が聞き損ねた話を、ガレットはした。

 だが、一度聞いた話は、最初より退屈だ。最初起きていられたとしても、何人かは限界を迎えてしまった。一度目は面白かったのに、二度目になると途端に飽きてしまうのは良くあることだ。


 そしてガレットの話は三周目に突入。


 全員が起きてしっかり聞くまで終わらない。一言一句全く同じでひたすらに話し続ける。

 最終的に五回同じ話をして、やっと終わった。話す時間+寝てしまった人を起こす時間数時間で、授業として使える時間はほとんど使い切ってしまった。



「あの誠司がよく起きていられたよね」


 後ろに座っていた誠司の方を、恵美は振り返って見た。

 何をしていても、退屈だとすぐにこっそり寝ている誠司だから、意外だなと思ったのだ。



「……誠司?」

「…………」



 返事がないことを不思議に思った恵美は、席から立ち上がって誠司のことを観察する。

 誠司は、これから深刻なことを報告しようとするおじさんのように、机の上で腕を組んで、その腕に寄りかかっていた。


 ーー眠っている……!!

 一目見ただけで穂乃果は気がついた。



「恵美ちゃん、誠司くんは寝ちゃってる……」

「……っ! 誠司、起きて!!」



 恵美は、誠司の肩をガシッと掴み、頭がとれるのでは? と思ってしまうほど、ガックンガックンとゆすった。


 そこまで揺らさずとも、誠司はすぐに起きるのだが、恵美はガレットの授業がトラウマになっていた。

 全員聞いていないと、何周も何周も同じことを同じ抑揚で同じ表情で話し続けるのを延々と聞いていなければいけないのは、正直恐ろしかった。



「なんだよ恵美……そこまで揺らすなよ!!」



 揺らしてくる恵美から解放された誠司は、首を回し、異常がないかを確認した。

 ずいっと体を前に乗り出して、恵美のことを睨む。

 


「で、なんでこんなに揺らしてきたんだよ。首の可動域がおかしくなった気がしたぞ」

「ごめん。ガレットさんの授業の時の感覚がまだ抜けてなくて」

「まあ、そうだな。一人でも寝たらもう一度って恐怖でしかねえし」



 誠司は、ガレットの授業のことを思い出したのか、ゾワっと体を震わせて顔色を青くする。

 それを見て、少し視線を横にずらしながら苦笑いをした。



「その授業のおかげで、異世界で常識よりも有名な歴史は完璧に覚えられたけど、ね……」



 そう。

 教えてもらったことは完璧に覚えることができたのだ。

 だが、恐怖が入ってくる勉強は、もう遠慮しておきたい。



「あっ、その歴史の中にさ、リント=ハスガウラって人が出てきたよね!」

「ああ、異世界から召喚されたっていう……」

「おい聖也、急に会話の中に入ってくるなよ」

「誠司、ごめん。ちょうど僕も気になっている話題だったからさ」



 さらっとさも最初からいたように、自然と金竜が会話の中に入ってきた。突然入ってきた金竜に、誠司は急に来たな、という戸惑いの目を向ける。

 その目を軽くあしらいながら、金竜は話を続ける。



「やっぱりリント=ハスガウラは日本人じゃないかなと僕は思ったんだけどーー」

「それは私も思ったよ! 日本って平和なのにすごいよね!」



 金竜が全てを言い切る前に、恵美が口を挟んだ。



「やっぱり勇者として召喚されたから強かったのかな?」

「そうなんじゃねえの?」



 穂乃果がそんな疑問を口にすると、誠司が反応した。

 

 リント=ハスガウラは世界を救っている。神という文字が付いている魔神を倒してしまったほどなのだから、その強さは確かだ。



「勇者のリントさんががそれだけ強いなら、その隣にいた天人族の人もすごいってことだよね?」

「まあ勇者と一緒に行動できるくらいは強いんだろ」


 

 誠司の答えを聞いて、穂乃果は「すごいなぁ」とつぶやいた。



「天人族って背中に翼が生えてるらしいけど、地球でいう天使みたいなものなのかな?」



 金竜が想像しているのは、神のお使い的な感じの天使だ。

 背中に真っ白い鳥のような翼が生えていて、頭には謎の光っている輪。空から舞い降り、人々を導いてくれる。



「そんなのわからないよ。そもそも天人族に会ったことがないんだから」



 天人族は、3000年程前にほぼいなくなっている。姿や形は文献や口でしか伝わっておらず、実際に見たことがある人はほとんどいない。

 一応今も生きてはいるものの、どのような姿でどんな名前なのかはわかっていない。



「なあ、恵美。天人族に会えるなら会ってみたいか? 俺は会ってみたいけど」



 誠司が興味本位というように聞いてきた。

 

 会ってみたい……か。

 天人族は地球で言う絶滅危惧種のようなものだろう。しかも、姿が違う。

 会ってみたいと言われたなら……


「私も会ってみたいかな?」



 そう言った後に、「会えないけど……」と補足した。

 誠司は、確かにそうだよな。と共感しながら笑う。



 その時、バンッ!! と勢いよくこの部屋の扉が開いた。

 バタバタと一人の騎士が走って入ってくる。



「何かあったの?」



 本を読むのを中断して、何かが起きたことに気がついたガレットが、騎士に話しかけた。

 騎士は、息を切らしながら、簡潔に伝えた。



「賊です! 賊が現れました! 現在、賊を捕えるために複数の騎士が追いかけています。この辺りにもくるかもしれませんので、注意してください……」



 その注意を言い終える前に、薄汚れた外套を着ている者が、開いていた扉から勢いよく入ってきた。

 続いて、追いかけていたと思われる数人の騎士が、扉から入ってくる。



「そこの賊! とまれ!!」

「ああ、よりによってこの部屋に……」

「勇者たちは早く避難を」

「皆さんはこっちから回ってきて」



 恵美たちは、ガレットに誘導されて、賊から離れた方から移動する。何があったかをやっと把握してきた皆は、突然起きた出来事から目を離すことができなかった。


 合流した騎士は、数人がかりで外套で体を隠している賊を追い詰めた。



「よし、追い詰めた。もう逃さないぞ!」

「あ〜めんどくさい。攻撃できないなんてどんな縛りだ」



 追い詰められた者は、この状況に危機感を抱いていないのか、ただの空気を読めていないアホなのか、状況と全く合わないことを言っている。


 騎士たちは、ジリジリと間合いを狭め、賊をさらに追い詰めていく。



「賊め、観念しろ!!」

「だから、賊じゃないって。ただ勇者に会いにきただけなんだって……」



 その見た目で? と恵美たちは思った。 

 見た目で判断するのはよくないというが、見た目は判断するための大きな材料だ。その大事な見た目が、全身薄汚れた外套で隠している姿だ。怪しいとしか言いようがない。

 どんなに否定しても、疑わざるを得ない。 

 その上不法侵入しているのだから。


 だが、勇者に会いにきたとはなんなのだろうか。

 恵美を含め、クラスのほとんどの頭に【?】が浮かんでいた。



「ぁ……思い出した。城に突撃する時は、身分を明かさないといけないんだったっけ。最近城に寄ることがなくて忘れてた」



 外套で身を隠した賊は、何かを思い出したのか、ぶつぶつと呟いた。そして、パサりと被っていたフードを取った。

 賊と思われていた外套で身を隠していた者は、まだ幼い子供だった。

 白髪で、金色の目をしている。

 息を呑んでしまいそうな美しさだった。


 

「えっ……子供?」



 騎士たちも、追いかけていた賊がこんな子供だったという事実に驚きを隠せない。



「子供……か。成長しなかっただけなんだけどな」


 そう言いながら、その子供は外套を完全に脱いだ。




「驚かせて悪い。俺はルイ=ヴァイス。これでも長生きしてる天人族だ」



 ルイ=ヴァイスと名乗った少年の背中からは、純黒の翼が生えていた。




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