魔王が復活しそうで大変なのです
「とりあえず、この世界で何があったのか教えてもらえませんか」
座っていた金竜が立ち上がり、第一王女リリーフィアに話を聞く。
金竜はとにかく落ち着いていた。その雰囲気に流されて、他の人も落ち着きを取り戻しはじめる。
こうやって人をまとめるのが上手いところはすごいよなぁ。と、恵美は思う。
「ええ、まずそれを言わなければいけませんよね」
「お願いします」
異世界に召喚された恵美たちは、まず、この世界で何があったのかを教えてもらうこととなった。
だが。
「ここで、ですか?」
クラスメイトの誰かがポツリと呟いた。
まあ、恵美もそう思わなかったわけではない。
確かにここの床は石造りで硬い。その上、神聖そうな儀式をしていそうな部屋だ。話をするには適していない場所ではあるだろう。
しかし今言うことではない、と恵美は思う。
リリーフィアは、今から説明してくれそうな雰囲気だった。そこで場所について口に出すとは。
クラスメイトは何も気にせずに言ったのかもしれない。ただ、ここでする話なのかと聞いただけだと思うのだが、そのクラスメイトは王女という立場のリリーフィアに口を挟んでしまった。
そのせいで、彼女の後ろに立っている騎士が今にも剣を抜きそうになっている。それを、女騎士が押さえ込んでいる状況だ。
抑えられている騎士は、「王女様に対して不敬だぞ!」と叫んでいるが、それに口出ししようとするものはいない。
「と、とりあえず移動しましょうか……」
そうでした……忘れてました……、というリリーフィアの呟きが聞こえた人は誰もいなかった。
リリーフィアに案内されながら、恵美たちは廊下を通り外に出た。
そこには、高いビルや現代的な道もない自然豊かな景色があった。
目の前には見上げるほど巨大な城が、周りには、中世風な街並みが広がっている。
どうやら先ほどまでいた場所は、教会だったらしい。外に出るまでに、何度か神官服を着ている人とすれ違っていたから気づくことができた。
そのまま歩いて城の中に入っていく。
遊園地の城に入ったことはあるが、本当の城に入ったことはなかったためその内装全てが魅力的に感じる。初めてみたものに興味を惹かれるのは自然なことだ。
城の中が気になっているのは恵美だけではなくクラスメイトも同じだろう。
普段は周りをまとめたり、周りを気にして自分が遠慮することがある金竜も、今はクラスメイトと同じように城の中を見ている。
城の中は、恵美の思っていた以上に豪華な作りになっていた。
廊下には甲冑や絵画。壺や宝石なども、飾られている。
床には絨毯が敷いてあり、その絨毯が高そうなせいで、恵美は靴を脱ぎたくなる衝動に駆られる。
普段、そんなに高級なものに縁がない恵美やクラスメイトたちにとって、城の中は珍しく、同時に緊張してしまう空間だった。
移動して案内されたのは、教室の倍以上ありそうな応接間のような部屋。
「どうぞ、座ってください」
部屋にはソファーや椅子がいくつもあり、リリーフィアが座ってくださいと促す。
恵美も誠司も、クラスメイトも全員、どう見ても自分の家にはないような高級ソファーに戸惑う。
だが、クラスメイトの中の一人だけは、堂々とその椅子に座った。
彼女・紫苑 アリスは紫苑財閥のお嬢様だ。異世界でその立場は意味がないが、今まで培ってきた経験はここで生きることとなった。
高いソファーに堂々と座ることに。
その堂々とした姿を見て、恵美も恐る恐る腰かける。
ソファーは、肌触りも良く、柔らかい……。恵美は、これがお高いソファーなのか、と、その座り心地に感動した。
全員が座ったところで、リリーフィアは口をひらく。
「皆さんを、異世界から一方的に召喚した理由は、これから復活すると言われている魔王から世界を救ってほしいからです。なぜ、復活する前に呼んだのかですが、それは、過去に封印された魔王の被害がとてつもないものだったからです。魔王の復活を早めようとする魔族の脅威もあります。
魔王復活が近いせいか、魔族やそれに連なる魔獣も急速に力をつけてきています。今よりさらに力をつければ、私たちでは手のつけようもなくなってしまいます
なので、お願いします。もう時期復活すると言われている魔王から、世界を救ってください!」
「…………」
全員は黙ったままだ。
それもそうだろう。
突然見知らぬ場所に移動していて、知らない場所で世界を救ってほしいと言われても、『はい、わかりました』とすぐに言うことはできない。
しかも、リリーフィアは、戦いがなかった世界で暮らしていた恵美たちに、戦ってほしいと言っている。
クラスメイトの表情は一部を除くが全体的に暗い。やはり見知らぬ場所は不安なのだ。
「やはり……、ダメなのでしょうか」
その声は、リリーフィアも口に出すつもりがなかったのだろう。
ポツリと呟いた後、あっと言うような顔をし、口元に手を当てた。
「なあ、みんな。力を合わせて世界を救ってみないか? 今までのままだと大変だから、最後の望みとして僕たちを召喚したんじゃないか? それに、僕は助けを求めている人を放っておくことができない。みんなも協力してくれないか?」
そうやって、金竜が周りに訴えかける。
ざわざわと騒がしくなり、近くの人や隣の人と相談する人もいる。
「金竜が言ってるし……」
「まあ、委員長だし」
「とりあえずやれるだけやってみようぜ!」
本当に、この流れを変える力はなんなのだろうか。とんでもないくらいに悪い空気を、あっという間に前向きに変えてしまった。
恵美は驚きを通り越して呆れてしまう。
「リリーフィアさん。僕たち三年一組は、世界を救います。救ってみせます」
代表して金竜が言うと、リリーフィアは立ち上がって涙を流した。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします……」
リリーフィアが落ち着いて、涙が乾いた頃。
恵美は、彼女に質問をした。
「あの、リリーフィアさん。私、聞きたいことがあるんです」
「なんですか……?」
「えっと、魔王を倒した後、元の世界に帰ることはできますか?」
元の世界に帰ることができるのか。
それは異世界から召喚された恵美たちにとって、とても重要なことだった。召喚された恵美たちは全員、向こうに家族や大切な人を置いてきてしまっているのだから。
「もちろん帰れます。召喚する時に使った魔法陣で、同じ日に帰ることができます。そこは安心してもらって大丈夫です」
「リリーフィアさん、なんでそこまで断言できるの?」
そうズバッと聞いたのはアリス。
彼女は疑っていた。もしかすると、全て嘘で本当は帰れないのかもしれないと。
だが、リリーフィアは断言した。
「前例があるからです。ただし、前の勇者は帰ることを選びませんでした」
「それも嘘かもしれないじゃない」
「信じなくても構いません。ですが、本当にあったと言うことも事実です。それでも信じられないなら契約書を書いても構いません」
「契約書……。いいえ、そこまでする必要はないわ」
リリーフィアはそう言ったが、アリスは断る。
そして、恵美は安心する。
絶対に帰ることができないということではないということに。
「あと最後にもう一つ聞きたいことがあって、異世界から召喚された人はここにいる人で全員ですか?」
恵美がリリーフィアに聞いたことに、何人かのクラスメイトは疑問を持つ。
何を言っているんだよ、と。
そんなふうに見てくる、誠司を除くクラスの男子を見て、恵美とクラスの女子は冷たい目を向ける。
なんで白鳥 涙がこの場にいないことに気づいていないんだろう。
もしかすると、気づかないふりをしているだけかもしれない。
だが、そうだとしたら、恵美は男子のことを中学を卒業しても許さない。許すつもりもない。
「はい、異世界から召喚した勇者方はここにいる人で全員です」
「……そうですか」
口では納得したように言うものの、内心では全くそんなことを思っていない。
そんなはずはない。
恵美たちのクラスには、召喚された時には、もう一人ーー
「るいくんがいたんだから」
涙は召喚された時にはすでにいなかった。
だが、確かに教室にはいた。彼は寝ていたため、一人だけ召喚から逃げることができたということは考えづらい。
なら、この異世界のどこかにいる可能性も考えられる。
「るいくんを探しに行かないと」
真剣になった恵美の決意に、この場ではただ一人、誠司だけが気づいていた。
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