光に包まれて召喚ですか?



 ◆◆◆◆



 これは涙が眠った後の話だ。



「危な〜い、間に合った! まだ5分あるね!」

「おお、よっす恵美!」

「やっほ〜誠司!」

「「いえ〜い!!」」



 涙が恵美と誠司と仲がいいように、そのつながりで恵美と誠司の仲もとてもいい。

 そして、二人はノリもいい。

 下の名前で呼んで、同じ話題で盛り上がるくらいに仲がいい。

 恵美と誠司も、お互いに親友と呼んでいいだろう。



「あっ、るいくんもう寝てる〜。ふふふ、これなら昔みたいにほっぺ触っても気づかれないよね〜」

「うっかりで涙を起こすなよー。涙は起こされると怖えんだから」

「わかってるよ〜」


 ニヤニヤ笑いながら、恵美は眠っている涙のほっぺをつっついたり、目が隠れている前髪をあげたり、涙のことをいじる。

 

「相変わらずの女顔だな」

「だからるいくんは誠司のことが羨ましいみたいだよ。私だって羨ましいもん。少し嫉妬しちゃう」


 前髪を上げた涙の顔は、驚くほどに整っていた。

 まつ毛は長く、目も大きい。肌も白く、髪は黒だが目は青色だ。

 かっこいいよりかは可愛いよりの美少年である。

 みんなの憧れ女子の恵美嫉妬するほどの美貌である。


「あっ、宿題、涙のも一緒に提出しといたって後で言っておかないとな」

「ま〜たるいくんに写させてもらったんでしょ?」

「……バレた?」

「誠司に隠し事は向いてないよ」

「何回も涙に言われてるから、恵美まで言うな」


 恵美がふと時計を見ると、もうすぐ午前8時。

 現在時刻は7時59分。



「そろそろ席につかないとね」

「そうだな〜。うちの担任、ぴったりきてその時にきっちり座ってないと怒るもんな〜」


 後30秒ほどで、8時になる。

 恵美と誠司は急いで自分の席に座る。


 涙を起こすことはわざわざしない。

 なぜなら涙は、学校居眠りの常習犯なのだから。

 どうせいつも通り、担任に起こされて怒られるだろうから。


 そして時計は8時を刻む。


 その瞬間、教室の床に万華鏡のような模様の光が浮かび上がる。

 そう。

 この光の模様は、まるで魔法陣のような……。



「な、なんだよこれ!?」

「眩しい!!」

「早く教室から出ないと!」

「ドアが開かねえよ!」

「どけ!」

「ちょっと痛いっ!」


 同じクラスメイトたちは混乱している。

 窓際の人は窓から、廊下側の人はドアから教室の外へ出ようとしたが、どちらも鍵は空いているのに開くことがない。



「みんな! 落ち着いてくれ!」


 金竜が混乱をおさめようとしたが、これは無理だった。

 どんなにまとめる力があっても、こんな現実感のない状況では無意味だ。



「もしかして勇者召喚……?」


 誰かがポツリと呟いた。

 そんなバカみたいな。と最初は恵美も思ったが、あながちあり得ないわけではないかもしれない。

 現に、教室を足元から照らすライトの準備なんてしていないはずの床が光っているのだから。

 


「何それ……。もしそうだったら私たちはどうなるのよ!」

「そっちの方が面白そうだけどね〜」

「それでもこれはおかしいよ!」

「本当になんなの、これ!」


 不安が少しずつ全体に伝播していく。

 いつもよりずっと長く感じられる光り輝く空間の中で、混乱しているクラスメイトを恵美と誠司は見ていた。


「っ! るいくんを起こさないと!」

「おい、涙! 起きろ! これは起こさないといけない異常事態だよな! ホラァ! 起きろ!!」

「起きて! るいくん!」


 誠司が涙の鼻を摘み、恵美が体を揺する。

 そこまでしても、涙は起きない。

 揺りすぎて、涙は床にばたっと倒れた。だが、それでも起きない。


「あっ、ごめんねるいくん!」

「謝ってる場合じゃねえ! 早く起きろ!」


 どんなに声をかけても全く起きない。

 起きる気配すらない。


 こうしている間にも、足元の魔法陣の光はどんどん強くなっている。

 イルミネーションと同じくらいの明るさで。

 懐中電灯くらいの明るさで。

 眩しいと薄目にするくらいの明るさで。

 目も開けられないくらいの明るさで。

 倒れそうになるほど鋭い明るさで。


 教室は光の中に包まれた。


 光が収まった頃には。

 謎の光が収まってから他クラスの教師や生徒が覗きにきた頃には。

 そのクラスには誰もいなくなっていた。

 まるで、最初から存在しなかったかのように。


 ……………………


 ………………


 …………


 ……



 ◆◆◆◆



 ……


   起きろ!!


 …………


「起き……よ、恵美!」


 ………………


「起きてくれ!」

「んんう……、ぁれえ〜るいくん?」


 ……………………


「涙じゃねーよ。悪かったな!」



 そんな誠司の声で、恵美は意識を覚醒させた。



「あれ? 誠司? そんなに不安そうなの?」

「この状況で不安にならないほうがおかしいと思ってるぜ!」


 誠司に指摘され、恵美は改めて周りの様子を確認した。


 見慣れない場所。

 白い壁。

 彫刻が彫られていたり、ガラス玉のような宝石が埋め込まれている。

 目の前には大きな扉。

 同じく白くて、金属や宝石の装飾が付けられている。

 天井はステンドグラスになっていて、色とりどりの光が差し込んでいる。

 足元には、魔法陣みたいな模様。

 光ってはいないものの、教室に突然現れた模様と酷似している。


 クラスメイト。

 まだ、倒れている人もいるけれど、ほとんどの人が目を覚ましている。

 数人で集まって盛り上がっているもの。 

 不安で何人かで集まって固まっているもの。

 クラスメイトをまとめようとする責任感があるもの。

 目を覚ましているクラスメイトは何人かのグループに分かれていた。



「……っ! るいくんは?!」



 クラスメイトの様子も確認したが、そこに涙の姿はなかった。

 普段は冷静な恵美の表情に、不安と焦りが現れる。



「るいくんはどこにいるの?!」

「恵美っ! 落ち着け!」


 思い切り立ちあがろうとしてふらついて倒れた恵美を、誠司が受け止めた。


 恵美の頬からは、汗が滲み出てきている。

 呼吸も荒い。


「少し落ち着いて、ゆっくり息を吸え」

「ふぅ〜スゥ……。……焦ってごめんね、誠司」

「体調は大丈夫か?」

「もう落ち着いたよ。大丈夫」


 誠司の問いに、恵美はいつも通りの笑顔で答えた。

 そして、真剣な表情で誠司に向き合う。


「ねえ、るいくんがいないんだけど、どこにいるの?」

「俺にもわかってねえよ。俺だって、少し前に起きたばっかなんだからな」

「っ嘘……。るいくんはどこに行っちゃったの?」

「…………」


 そんなこぼれ出てきた恵美の疑問に、誠司は答えることができなかった。

 膝を曲げて丸まっている恵美のそばにいることしかできない。


 気を失っていたクラスメイトが全員目を覚ました頃。

 ずっしりと重そうな目の前の扉が、ゆっくりと開いていった。


 その扉の奥から現れたのは、ゲームに登場しそうなお姫様のようなドレスを着た美少女。

 後ろから剣を持ち鎧を着た女騎士。

 それに続くガッチリした体格の騎士。

 神官服を着た神父。

 ローブを身につけ大きな帽子を被ったいかにもな魔法使い。

 メイド服を着ている少女に女。

 とにかく大人数が、扉の奥から現れた。

 

 現れた人々は、さまざまな髪色をしていた。

 ドレスを着た美少女は水色。

 神官服を着た神父は金色。

 いかにもな魔法使いは紫色。


 目の色も色鉛筆のようにたくさんの色があった。

 

 そして、色とりどりの髪色は染めたようには見えない。

 地球では、そんなことはない。


 そんな色とりどりの人は、例えるなら、ファンタジーゲームに登場する登場人物のようだった。


「こんにちは。異界からの勇者様方」


 その言葉を聞いて、一部のものはざわっと盛り上がった。

 だが、大半のクラスメイトは不安そうな表情だ。恵美も誠司も、同じように不安気な表情をしている。

 お互いに、戸惑っていることを感じ取っていた。



「突然のことで戸惑っているでしょうね。私たちがやったのは異なる世界からの誘拐ですから。申し訳ありません」


 その声で、一部のクラスメイトが安心する。

 戸惑いが全て消えたわけではないが、これからどうなるんだろう? という不安は一部取り除かれたらしい。



「私はアイリス王国第一王女リリーフィア=アイリスです。再び突然ですがお願いします!」


 王女と名乗る少女と共に扉の奥から現れた全員が、ガバッと頭を下げた。 

 それをみて、恵美も含めて何人かの女子がビクッと体を震わせた。


 第一王女リリーフィアは、頭を上げた後にこう言った。


「私たちの世界を救ってください!」



 恵美や誠司たちがリリーフィアに言われたことは、やはりゲームや物語に出てくるようなものと同じだった。

 いつも通りの教室にいたはずが、見慣れない場所で目が覚めた。

 そんな空想や幻想は偽物ではなかった。


 信じることができないかもしれない。否定したくなるかもしれない。

 だが、実際に体験することで、本当に起きたことだと理解することができる。


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