俺は勇者召喚で転生した

こおと

第一章 勇者召喚というのは突然で

勇者召喚で転生ですか?


 その日は、なんだか嫌な予感がしたんだ。


 理由はいくつもある。


 まず、お気に入りのスニーカーの紐が切れた。

 次に、滅多に噛んでこないうちの犬のモコが思いっきり噛み付いてきた。

 さらに、朝起きられなかったし忘れ物もした。ああ、これは俺が悪いだけかな?

 そして、カバンの中からプリントが見事に一枚だけ抜けてとんでいった。しかも今日中学に提出しないといけない関係の大事な紙が。

 とにかく運が悪かった。


 そのせいで遅刻しそうだ。

 俺・白鳥しらとり るいはいつも通りに猛スピードで走って教室に向かった。

 

 全速力で走った甲斐があった。

 8時に遅刻のところ、7時50分に着くことができた。

 息を切らしながら、三年一組の自分の席に向かう。


「おはよ〜るいくん!! いつも通りの遅刻だね〜」

「あっ、おはよう恵美。お前もいつも通りの寝癖だね。今日は特にひどい」

「えっ、うそ!? 直さなきゃ! ありがとう、るいくん」


 席に行く時によってきたのは、住んでいる家は右隣の家、教室の席も右隣の幼馴染・青花あおはな 恵美えみだ。

 学校ではクラスどころか近くの席だったことしかないほどの縁がある。

 

 恵美が髪を整えに教室を出ていった後、俺に向かって心ない言葉が投げつけられる。理由は当然、恵美についてだ。

 これは幼馴染としての堂々とした自慢だが、恵美はものすごく美人である。外見は高嶺の花と言っていいほど。

 みんなに優しく、会話も面白く、いつも笑顔な恵美は女子の人気者、男子の憧れだ。


 と、いうのが俺の親友が拾ってきた情報。


 

 ああ、これも自慢なのだが、俺は陰キャである。


 俺にとっては自慢なのだが、同じ男にとっては舐められるらしく、「なんであいつばっかり青花さんにモテるんだ!」とか「あいつはオタなのにな」とか、好き勝手言われている。

 もちろん恵美と教師がいないところで。

 恵美がいるところで言うと、彼女がキレるからだ。

 【青花がいるところで白鳥のことを悪く言ってはならない】という言葉が広まっているくらいには、怒った恵美は怖い。


 そういうこともあって、俺のクラスの友人関係は浅い。狭く深くという感じだ。




「なあみんな、もう、涙の悪口を言うのをやめないか? ほら、一応クラスメイトだろう?」

「何言ってんだよ委員長。俺らは悪口なんて言ってないぜ」

「でも、涙が青花さんと誠司以外で関わってたのを見たことがないしそれ以外では孤立しているじゃないか」

「誰と関わるかは個人の自由だと思いまーす」


 席から立ち上がってわざわざ黒板の前に出て、そう訴えているのは男子クラス委員長・金竜きんりゅう 聖也せいや

 正直に言うと、俺はあいつのことが嫌いだ。

 だって馴れ馴れしいだろう。

 そこまで話したこともないのに、下の名前で呼び捨てなんて。

 しかも遠慮が全くと言っていいほどない。

 こいつに空気読みという言葉は通用しない。

 それに、雰囲気が嫌い。どれほどかというと、心の底から嫌悪するほどだ。


 普段は金竜が出張ってくることもないのに。

 ほんと、今日は運が悪い……。




「よっ! 毎日毎日災難だな」

「災難はお前と仲がいいせいで起きることもあるけどな」

「おお……それは悪かったって」


 自分の荷物を席に置いた俺のところで話しかけてきたのは、俺の親友・赤坂あかざか 誠司せいじ。陽の気が強く、コミュ力も圧倒的にあるクラスの人気者の一人。クラスでの立ち位置はムードメーカーだろう。

 中学になってからずっと同じクラスの前の席の腐れ縁。

 なんでこいつと仲良くなったのか、いまだに理由がわかっていない。


「で、誠司は何しにきたんだよ」

「……あ〜」


 そう聞くと、誠司は何か言いたげな目でこちらを見た後に、少しずつそっぽを向いていった。

 

 これは、怪しい。



「おい、何が目的かを今すぐ吐け」

「ちょっと待て! 言うから宿題を出しに行こうとするのをやめろ!」

「やっぱりそれが目的か……」

「悪かったって。頼む! 宿題を写させてくれ」

「はぁ……、時間がないからすぐに写せ。勉強ができなくなっても俺は知らん」


 俺は、宿題のノートを誠司に投げ渡した。

 ノートを受け取った誠司は、慌てて自分のノートに答えを書き写し始める。


 

 少し暑かったので、換気という建前で窓を開けて涼もうとした。

 窓を開けた時、三枚の葉が窓から入ってきて、見事に俺の頭と顔にぶつかった。驚いて机を蹴って慌てて葉を払い落とした。どこからか、クスクスという笑い声が聞こえてきた。


 はぁ〜……と大きなため息を吐いた。


 そのまま窓を閉めて、カバンを枕にして頭を乗せる。

 夜ふかしに早起き、早朝からの猛ダッシュで、俺はすでに疲れていた。



 だから……少し休ませてほしい……。



 ……………………


 あれ?

 眩しい!

 なんでそんなに慌てて……っ、え?



 勇者……召喚?


 ………………


      みたいだなんて


 …………


 ……



 ◆◆◆◆



 いつの間にか俺は、仰向けに倒れていたようだ。

 いつもは寝ている時点で担任に起こされて注意されるのに……。

 果たして、そんな真面目な性格の担任が、床で仰向けに寝ている俺を放っておくだろうか。


 とりあえず、起きるか。

 目を開けて、体を起こす。

 先生、寝ていてすみませんね……



 ……体を起こせなかった。

 目を開けることはできたのに。

 言葉を話すことができなかった。口を開けたり閉じたりしても、空気が抜けていくだけだ。


 目を開けると、知らない天井が見えた。

 木で作られていて、どう見ても教室ではない。 

 ここはどこなのだろうか……。


 突然、目の前にぬっと、巨人のように大きな女の人が現れた。

 金髪碧眼の美女だ。

 驚いたのは巨人のような体の大きさだけではない。なんと背中から物語に出てくる天使のような翼が生えているのだ。

 この時点でここは地球とは別の世界なのではないかという疑問を持った。


 俺を上から覗き込んでいる巨人美女の翼から、ふわりと一枚の羽が落ちてきた。

 ゆらりゆらりと落ちてくるほんのり光っている羽を取ろうとして、俺は上に手を伸ばした。


 な、んだよ……これ。


 なんで俺の手がこんなに小さいんだよ。

 いくら身長が小さくても、流石にピンポン玉も握れないような小ささじゃなかった。こんなむっちりなんてしてなくて、肉がついていないんじゃないか? と言われるくらい細かったのに……。


「ヤッホー、ルイくん! お母さんが来たよ♪ そう! このワタシ★彡✳︎:☆」



 違う。

 俺の母親はこんなにウザくない。

 こんなにむかつきもしない。

 ここまですごいお色気もない。

 こんなにバターナッツカボチャみたいなボンキュボンな体型でもない。

 

「あれ〜? 手応えがないな! とりあえず抱っこしようか!」


 そう言って、巨人美女は俺のことを持ち上げる。

 軽々と。

 これもおかしい。

 どんなに小さくて軽くても、こんなに軽々と持てるものではない。

 それに、なんでこんなに安心するんだ? 

 前に知らない人に抱きつかれた時、嫌悪感しか抱かなかったのに。

 

 移動する巨人美女が、全身が映り込むような鏡の前を通る。

 鏡の中には、巨人美女の他に、黒髪で青い目の俺はいなかった。

 鏡の中には、巨人美女と一緒に真っ白な髪に金色の目の赤ん坊が写っていた。


 それは俺の姿とは違う全くの別物で。

 

 確認として自分の手を動かすと、赤ん坊の手も一緒に動く。

 赤ん坊の顔も、昔自分の赤ん坊の頃の写真として見せられた時のものとそっくりだった。


「ただいまー!! って、あれ? あ゛ーー!! ちょっと! ルイを抱っこするなんて、駆け抜けは許さないぞ!!」

「あらごめんね? ワタシ駆け抜けしちゃったわ!」


 そう言いながらドタドタと走って俺の視界に入ってきたのは、大きな二本の角が頭の横から生えている少女だった。


「ずるい! 私もルイを抱っこしてみたい!」

「はいはい。優しく抱っこしてあげてね」


 そっと俺のことを角が生えた少女に渡す巨人美女。


 物語で、誰かもわからない人に前の人格を持ったまま憑依するというのを読んだことがある。

 物語で、死んで生まれ変わって転生して、新しい人生を生きるというものを読んだことがある。

 物語で、光に包まれて異世界に召喚されるというものを読んだことがある。


 そんな空想みたいなことが俺には起きている。

 眩しい光に包まれて、目が覚めると俺は赤ん坊になっていた。

 

 異世界に召喚されるものは、勇者召喚という名前がついていることが多い。

 だが、俺は召喚はされたかもしれないが、体は全くの別物になっている。これは転生に当てはまる。

 それならば。


 受け入れ難いが、もう拒否することなどできない。

 これはどうみても夢ではないからだ。


 俺は受け入れるしかない。

 異世界に召喚されたと思ったら転生していたということを。

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