第6話

廊下に長い影を落とし、壁に凭れ、煙草を吸っていた。

部屋の空気は淀んでいて呼吸していてもしている気がしない。だから体を引きずってでも出てきたのだ。よどんだ空気の中では煙草も美味くはない。

「…はぁ」

煙を吐き出し、ため息を零した。夜風に当たると傷をつけた腕がピリリと痛んだ。

汗が額に滲む。キリキリと腹が痛い。イタイ…口に出してしまえば気力もろとも崩れ落ちそうで口に出せない。

「…」

寝不足で曇った頭に冷たい夜風が入り、少しだけスッキリとする。

――― ギッ…―――

なんだ?

床が軋む音にヒビキはソチラの方向を見た。

「…」

出来れば今は誰にも会いたくないのだが…。額の汗を腕で拭き取る。

――― ギッギッギッ…―――

足音がどんどん近づいてくる。もう相手が角を曲がれば誰かを確認できる距離だ。

「…?」

目を凝らす、角から何かフワリと見えた。スカートのような…

「!!」

全身にまた寒気が走った。覚束無い足取りで目を擦りながらこっちに向かってくるのは…

髪の長い…髪の長い…シヲ…

ヒビキの手から力が抜け、吸いかけの煙草がサラリと落ちた。

「あ…、ヒビキさん…まだおやすみじゃあなかったんですか?」

『ヒビキ、寂しい…、一緒に寝よぉ?』

猫なで声のシヲンの声が聞こえ、ヒビキの目はよりいっそう見開かれる。

ガタガタと体が震え、吐き気が再びヒビキを襲う。

「どうしたんですか?具合でも悪いんですか?」

美奈子は震えるヒビキの腕を掴んだ。冷たい…こんなに冷たいなんて…

「!!」

腕を掴むとヒビキの体がビクリと硬直するのがわかった。美奈子は首を傾げる。ヒビキの目を見ると恐ろしいものでも見るような目で自分を見ていた。なので即座に手を離す。

『どうしたの?具合悪い?』

彼の耳にはシヲンの声にしか聞こえない。

落ち着け、落ち着け…と自分に言い聞かせた。幻だ。

「畜生…、感覚まであるのは反則だろ…」

呻くように呟くように苦悶の表情でそんな事を言うヒビキ。美奈子は何の事なのかさえも解らない。

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