第3章 第6話:諦めの境地
夜明け前の森は、しんと静まり返っていた。俺たちは、旅の終着点にたどり着いたような気がした。記憶が完全に戻った今、過去に愛した人の姿もはっきりと思い出している。しかし、奇妙なことに、それほど強く心に響いてこない。
「アルト、これで…すべて思い出したの?」
セリーナが静かに問いかけてくる。その声には、恐れと期待が入り混じっているようだった。俺はしばらく黙って彼女を見つめたが、やがてゆっくりと頷いた。
「ああ、思い出したよ。過去の愛する人のことも、俺たちがどうしてここにいるのかも」
セリーナはその言葉に、一瞬だけ顔を曇らせた。だが、すぐにいつものように笑顔を作り、明るい声で言った。
「そっか、それなら…きっと、私とはここでお別れなのね?」
その言葉を聞いて、俺は心の中でため息をついた。これまでの旅を振り返ると、彼女はいつも俺の隣にいた。鬱陶しいほどに、しつこく、そして一途に。それがどれほど俺の支えになっていたかを、今さらながらに実感している。
「お前とお別れするって、誰が決めたんだ?」
俺は少しだけ微笑んで、セリーナの目をじっと見た。彼女は驚いたように瞬きをして、言葉を失っている。
「俺は、記憶が戻ったらすべてが解決すると思っていた。だが、実際にはそうじゃなかった。過去の愛する人は確かに大切だったが、今の俺がいるのは、お前がずっとそばにいてくれたからだ」
「アルト…」
セリーナの目に再び涙が浮かんでくる。俺は手を差し出し、彼女の頬に触れた。彼女の涙は、過去のわだかまりをすべて洗い流してくれるようだった。
「お前はしつこいし、鬱陶しい。だが、そんなお前に俺は救われていたんだ」
セリーナは、泣き笑いのような顔をして、何も言わずに俺の胸に飛び込んできた。俺は彼女を抱きしめ、しばらくそのまま立ち尽くしていた。
「これからどうするの?アルトは、また一人で旅を続けるの?」
「いや…一人で旅をするのはもう十分だ。どうせ、お前は黙ってついてくるんだろ?」
俺がそう言うと、セリーナは泣きながら笑って頷いた。
「もちろん!私はアルトの“鬱陶しい守護者”だからね!」
その言葉に、俺は初めて心から笑った。今まで感じたことのない、穏やかで温かい気持ちが広がっていく。
「じゃあ、行こうか。次の旅に出るぞ」
そう言って歩き出す俺に、セリーナは嬉しそうについてくる。二人の足音が、朝の静かな森に響いていた。
これは終わりじゃない。むしろ、ここからが本当の旅の始まりだ。過去の記憶に囚われるのではなく、今の俺たちが選んだ未来を歩んでいくために。
俺は、隣で笑顔を浮かべているセリーナをちらりと見て、もう一度小さく笑った。
「鬱陶しいけど…まあ、それも悪くないか」
そして、朝日が昇る空の下で、俺たちは新たな一歩を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます