第3章 第5話:運命の選択
夜の静寂が広がる中、俺たちは焚き火を囲んで座っていた。炎の光が揺れて、セリーナの顔を淡く照らしている。彼女はいつものように笑ってはいない。黙って火を見つめているだけだ。こんなに静かなセリーナを見るのは、初めてかもしれない。
「アルト…」
彼女が口を開いた。その声は、かすかに震えていた。
「もし、私が記憶を戻さなければ、あなたはずっと私のそばにいてくれたのかな?」
その問いに、俺は一瞬言葉を失った。考えたこともなかった。記憶が戻らなければ、俺は彼女のことを鬱陶しいと思いながらも、旅を続けていたのかもしれない。だが、それは本当に俺の望んだ人生だったのか?
「分からないな。でも、それはもう関係ない」
俺は焚き火の炎を見つめながら答えた。過去を悔やんでも仕方がない。重要なのは、これからどうするかだ。
「アルト、私は…私はあなたを失いたくない。たとえ記憶が戻っても、たとえあなたが過去の愛する人を思い出したとしても、それでも私は…」
セリーナの声が涙で震えている。俺はゆっくりと彼女の方を向いた。彼女の目には、涙が光っていた。これまで見たことのない、切実な表情だった。
「…お前は本当に、俺のことを愛しているんだな」
それだけは、否定できない。セリーナの愛は、歪んでいるかもしれないが、偽りではない。俺はそれをようやく理解した。彼女の行動はすべて、俺への愛から来ているのだ。
「そうよ。だから私は、どんなことをしてでも、あなたのそばにいたい」
彼女は涙を拭い、必死に笑おうとしている。でも、その笑顔は悲しげで、痛々しいほどに脆い。
「俺は…」
俺は一瞬だけ言葉を飲み込んだ。ここで何を選ぶかが、俺たちの未来を決める気がした。過去の記憶に縛られるのか、それとも今目の前にいる彼女を選ぶのか。
「俺は、お前の気持ちが重すぎて…鬱陶しいと思っていた」
セリーナの顔が一瞬歪んだ。その言葉が、彼女を傷つけたのだろう。だが、俺は続けた。
「でも、それでもお前がここにいてくれたから、俺は一人で孤独に潰れることはなかった。お前がいてくれて、助かったことも多い」
「アルト…」
彼女の瞳が潤んでいる。俺は深く息を吸い込んで、決意を固めた。
「だから、これからもそばにいろ。だが、お前の勝手な魔法で記憶を封じるのはもう無しだ。俺の意思を無視するようなことは二度とするな」
セリーナはしばらく呆然と俺を見つめていたが、やがてゆっくりと微笑んだ。涙が頬を伝っているが、その笑顔はいつものように明るいものだった。
「分かった…アルト、約束する。もう二度と、勝手なことはしないから」
その言葉に、俺は小さく頷いた。俺たちは新しい一歩を踏み出した気がした。過去に囚われず、これからの未来を共に進むことを選んだのだ。
焚き火の炎が静かに揺れている中、俺は初めてセリーナの手を取り、そっと握り返した。
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