第3章 第1話:記憶の兆し

「……あれ?」


旅が続く中、俺はふと足を止めた。何かが頭の中でざわついている。ずっと忘れていた感覚が、ほんの少しだけ戻ってきたような気がした。記憶の断片が、遠くから呼びかけてくるような、不思議な感覚だ。


「どうしたの、アルト?」


セリーナが不安げにこちらを見ている。いつもなら、鬱陶しいほどに明るい彼女の声も、今日は少しだけ静かに感じる。俺は額に手を当て、頭を軽く振った。


「今、何か…思い出しかけた気がした」


「えっ、本当?それって素晴らしいじゃない!」


セリーナの顔がぱっと輝く。だが、俺はまだ確信が持てなかった。断片的な記憶が、まるで霧の中に浮かぶ影のようにぼんやりしていて、何もつかめない。だが、一つだけハッキリしていることがあった。


「過去に誰かを探していた…それだけは覚えている」


「誰かって…愛する人?」


セリーナの声が一瞬だけ硬くなる。俺は彼女の顔をちらりと見たが、いつもの笑顔に戻っている。だが、その笑顔の裏に、ほんのわずかな焦りの色が見えた気がした。


「多分な。だが、それが誰だったのかはまだ思い出せない」


俺は肩をすくめて答えたが、その答えにセリーナは微妙な表情を浮かべた。彼女は何かを言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わずに、杖を握り直した。


「ねえアルト、これからもっと記憶が戻るかもしれないけど…」


彼女の声が少し震えている。俺は立ち止まり、真剣な目で彼女を見つめた。


「どうした?」


「ううん、何でもない!とにかく、記憶が戻るのはいいことよね!」


彼女は急に明るく言って笑ったが、その笑顔が少しだけ痛々しく見えた。俺は一瞬だけ不思議に思ったが、深く考えるのはやめた。今は記憶を取り戻すことに集中するべきだ。


「まあ、焦らずに進もう。どうせ全部思い出すまでには時間がかかるだろう」


そう言って歩き出すと、セリーナもすぐに後ろからついてくる。だが、その足取りはいつものように軽やかではなかった。何かが、彼女の中で揺れているような気がした。


この旅が終わる頃、俺は本当にすべてを思い出すのだろうか?そして、そのとき彼女は――セリーナは一体、何を思うのだろうか?

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