(16)惨劇の引き金

「ま、待ってよ!」

 シソクは叫んだ。

「どうして、こんなことをするんだ。僕が、何をしたっていうんだ!」

「……何を、した……?」

 出刃包丁の刃をナジーに向けながら、レージョはシソクの顔を見てキョトンとした表情になる。

「しいて言うのであれば……貴方様あなたさまはやり過ぎたのでしょうね」

 レージョからの責めるような視線に、シソクは戸惑ったものである。

 とがめられたので脳内をフル回転させてみるが──思い当たることは何もない。


「この村に引っ越して来た私のありのままを受け入れてくれて……親切に教えてくれて……困ったら、助けてくれて……」

 レージョは思い出しながら嬉しそうに笑みを浮かべた。

 しかし、すぐにその表情を一変させる。

「だから、私は貴方様をやらなければなりませんの!」

 レージョは出刃包丁を、今度はシソクへと向けた。

「……せめて、死に場所くらいは選ばせて差し上げますわ」


 シソクは思考が追い付かず、棒立ちとなってしまった。

 本能的には分かっているはずなのに──どうしても頭では理解することが出来なかった。


 それが、どうして人の生命を奪うことに繋がるのだろう──?

──親切にしたのが悪いのか?

──助けたのがいけなかったのか?

──困っていたのを、放っておけば良かったのか?


 思考が結び付かなかった。

 どう考えても、分からない。

 それはある意味──シソクがこれまでそういった思想に到るまで感情を揺さぶられることがなかったからと言えるだろう。


 レージョの考えが理解できず、シソクは呆然とするばかりであった。


「おじいさんと、おじさんはどうしたの……?」

──混乱した頭の中に辛うじて浮かんだのは、レージョに襲われて倒れた村人たちの姿であった。

 彼らだって何をしたわけでもない。ただ、シソクを心配して、助けに来てくれたのだ。

 本来、殺される謂れはない。完全に、とばっちりを受けただけの被害者である。


「あの二人は息の根を止めてきましたわ。ナイフで切り刻んで……実は生きてました、なんてあり得ませんのでご安心を」

 レージョは求めてもいない答えを返してきた。

 余りにもレージョのやり口が残忍過ぎて、言葉を失ったシソクは黙り込んでしまう。

「……あら?」

 そんなシソクを見て、レージョは別に捉えたようだ。

「気になるんでしたら、いいでしょう。連れて行って差し上げますわ」

 フフフッとレージョは笑い、空いている手で前方を指差した。

「ご所望しょもうでしたら、そこを貴方様の死に場所にして差し上げますね。さぁ、歩いて下さい。あちらです」

 再びレージョは出刃包丁をナジーへと向ける。

「私は別に、どちらから殺っても構いませんわ。長生きしたければ、おかしな真似をしようなどとは考えないで下さいね。貴方も、大人しく進んで下さい」

 レージョに促され、ナジーも立ち上がった。


 シソクとナジーの二人に先を歩かせて出刃包丁を向けたレージョは、後ろで不気味に笑みを浮かべたのであった。

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