(13)音のしない笛

「……フゥーッ……!」

 シソクはくわえた犬笛に息を吹き込んだ。

 音が鳴っているのか鳴っていないのか分からない。よく耳をますと、何となく音が発せられているように感じられなくもないが──とはいえ、聞こえないに等しい。

 本当に獣よけの効果があるのかと、疑ってしまったものである。


──ガサッ、ガサガサッ……。


──ガッ。…………。


 すぐに、その効果の有無は分かった。

 どうやら犬笛の効果が出たらしく、それまでガサゴソしていた草むらの音がピタリと止んだ。

 隠れていた小動物などを犬笛の効果で追い払うことが出来たのであろう。

 些細ささいなことであるが、それだけでも有用なものである。

 頼りになるアイテムを一つ手に入れられたことで、心にもゆとりが出てきたものだ。


 シソクはナジーが待つ空洞へと戻った。

 ナジーは相変わらず震えていた。

 シソクはナジーの隣に腰掛けた。

 怒涛どとうごとく色々なことが起こったので、自分と向き合う時間すらなかった。心にゆとりが出来たのことで、一気に様々な感情が押し寄せてきた。

 気のゆるみから、不意にシソクの目から涙がこぼれた。


「なんで、こんなことになっちゃったんだろう……」


 シソクもナジーと同じ様に、自身の膝を抱えた。


「ただ、魚釣りに来ただけなのに……。みんなで楽しく過ごそうと思っていただけなのに……」

 それだけのはずだったのに──レージョは凶行に及び、ナジーに怖い思いをさせることになってしまった。

 どうしてこうなったのかは分からなかったが、みんなを自分が巻き込んでしまったのだとシソクは塞ぎ込んだ。


 ふと、シソクの肩に手が置かれた。

 顔を上げるとナジーの顔が近くにあった。

「ごめんなさい、心配掛けて……」

 ナジーの震えはおさまっていたようである。

 落ち着いたナジーは、シソクを元気付けるように言ったものである。

「シソクのせいじゃないわ。それに、私はシソクが居てくれているから立ち直れたの。自分を責めないで」

「うん……。ありがとう……」

 ナジーのなぐさめで、シソクは心を静めた。

「……そうだね。今は、ナジーを無事に村にまで連れて帰らないと……」

 それが最大の目的である。自虐の念に捕らわれている場合ではないのだ。


「……村……」

 自分で言って、シソクは困った表情になってしまった。

「どうしたの?」

「帰りたいのは山々なんだけど、随分ずいぶん深いところにまで来てしまったみたいで……。村がどっちか僕には分からないんだ」

「深い……。う〜ん、どうだろう……?」

 ナジーはうなりながら立ち上がり、尻についた土埃つちぼこりを手で払う。

「山菜採りによく来ているから、知っているところなら良いのだけれど……」

 そう言って、ナジーは歩き出す。

 確かに、シソクよりもナジーの方が村の歴は長い。

 たまにしか森に立ち入らないシソクよりも、活発的なナジーの方が何度も森に足を踏み入れているはずである。土地勘のあるナジーが分かる範囲の場所ならば良いのだが──。


 ナジーに続いて、シソクも歩き出す。

 歩き出したところでナジーが足を止めて振り返った。

「怖いけど、シソクが居てくれて良かったわ。勇気が出るもの」

「そうかなぁ……?」

 面と向かってそんなことを言われて、シソクは気恥ずかしくなって頭をいたものである。

 ナジーを危険に巻き込んだくらいの功績しかないというのに──優しい言葉がはげみになった。


「うん。そうだよ、本当に……」

 前を向いたナジーが、ボソリと呟いた。

──気休めでも何でもなく、ナジーは本心からそう言ってくれたようである。

「……ありがとうね。側にいてくれて……」

「いや、それはどちらかと言えば、こっちの台詞かな。探しに来てくれてありがとう。こんなことに巻き込んでしまってごめんね」

 シソクも感謝の気持ちと謝罪の言葉を今しか伝えられないと思って、ナジーに言った。

 ナジーは頬を赤らめ、俯いてしまった。


 それ以上の言葉を交わすことが出来ず、二人で並んで空洞の外へと出たのであった。

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