(12)猟師からの授け物

 〜〜〜〜~




 シソクが暮らすこの村には、ナジーやレージョの他にも特徴的な人物が存在していた。


 それは──まだ、シソクがこの村に移り住んで来た幼き頃の出来事である。

 シソクが虫取りに行こうと、森に足を踏み出したその時である。

「おい、小僧!」

 低い声で怒鳴られ、シソクは肩を強張らせたものである。

 振り返ると猟銃を背負った男が一人──怖い顔をして、シソクを見ていた。

「お前、どこにいくつもりだ?」

「えっ、どこって……虫を取りに……」

 言い淀みながら、シソクはチラリと男が背負っていた猟銃に目を向けた。

 キラリと黒光りするそれが、シソクには恐ろしく見えたものである。


 男も、シソクのそんな視線に気が付いたようである。手に取って、掲げて見せた。

「こいつが怖いのか? だがなぁ……、お前が足を踏み入れようとしているのは、もっと怖い場所なんだぜ。子どもが一人で……しかも、そんな軽装で足を踏み入れて良いような場所じゃねぇ」

 忠告のつもりで、男は言ったのだろう。

 猟銃に怯えて、シソクは話しを聞くどころではなかった。

「……悪かったな。こいつはいざって時用のものだ。闇雲に撃って誰かを傷付けるつもりなんざ、ないさ」

「は、はぁ……」

 男に敵意がないことが分かりシソクはようやく安心したものだ。


「あの、おじさんは……?」

 恐怖を抱いたもう一つの原因として、相手のことが分からないことがあった。

 恐る恐る尋ねると、男は答えてくれた。

「俺ぁ、村の猟師をやってるもんだよ。これから森の見回りに行くところだったんだがな。たまたまお前を見掛けてな……」

 それで、忠告してくれたということなのだろう。

「まぁ、見回りって言っても、主には人間探しだな。迷い込んだ人は居ないか、とか……密猟者はいないか、とか……そういった意味合いの見回りさ」

「へー。動物を狩りに行くわけじゃないんですね」

 猟師と聞いて勝手にイメージしたが──どうやら、イメージしていたものとは違うようだ。

「まぁ、狩ることもあるがな……」

 猟師は何やら含みのあるようなことを言って肩を竦めた。


「……兎も角、森に入らないって言うのなら、それで良いさ」

「あぁ、はい……」

 シソクが空返事をすると、猟師から冷やかな目を向けられた。

「何だお前、信用ならねぇなぁ……」

 ポリポリと猟師は頬を掻いた。そして、懐から何かを取り出すとシソクに差し出してきた。

「それなら、一応、お前にこいつを渡しておいてやるわ」

「これは……?」

 シソクが猟師から受け取ったのは、小指程の大きさの笛のようなものであった。


「吹いてみな」


 猟師に促され、シソクはそれを咥えた。

 息を吸ってから、思いっ切りそれを吹いてみた。


──スゥーッ!


「あれ?」

 息を吹き込みながら、違和感に気付いた。

 音が鳴らない──。

 息が漏れる音しかしなかった。


「正確には、鳴ってるんだがな。人間の耳には聴こえない高音が発せられているだけだ。所謂、犬笛って奴だな」

「へぇー」

 そんなものがあるのかと、シソクは感心したものである。


「人間には捉えられない音が動物にはキチンと聴こえているのさ。これから、もしも黙って森に入るつもりなら、必ずこれを持って行け。獣よけくらいにはなるだろう」

「ありがとうございます」

「ありがとうじゃねぇんだよ。これを使うってことは、入るなって森にお前が入ってるってことだからな!」

 内心を猟師に見透かされて、シソクは思わず笑ってしまったものだ。


 緑豊かな自然と共存するのだから、このくらいの備えはあっても良いだろう。

 シソクは素直にそれを受け取り、この親切な猟師にお礼を言ったのであった。




 〜〜〜〜〜




 それ以降、シソクは森に入る時には猟師から貰った犬笛を携帯するようにしていた。獣に遭遇することがなかったので、結局持って行っても使わずじまいであった。

 だから段々と意識から犬笛の存在は薄れていったのだが──幼い頃からの習慣で、何となしにポケットに忍ばせていたのである。


 そのことを、シソクはようやく思い出したのであった。

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