(10)撃ち抜かれた死体

「……うっ……ぐぐっ……!」


 暗闇の中を突き進み、近付いたことでその全貌ぜんぼうが見えてきた。

 地面に二人の人間が倒れている。

 苦しそうにうめき声を上げているのは血塗ちまみれのおじいさん。そのかたわらには──ひたいを撃ち抜かれて白目をいているおじさんが倒れていた。こちらからは生気が感じられない。まばたきもせず、ピクリとも動かないおじさんは絶命しているように見えた。


「何があったんですか!?」

 果敢かかんにも、ナジーはおじいさんに駆け寄ってその体を抱き起こした。彼女の手や衣服が血で汚れたが、そんなことはお構いなしだ。

 ナジーは目に涙を浮かべ、息も絶え絶えなおじいさんに呼び掛けた。


「……あ……あいつじゃ……」

 おじいさんは呼吸器に穴があいているらしく、ヒューヒューと息をらしながらつぶやいた。

「いきなり……あいつに……撃たれ、た……」

 最後の言葉を口にする前に、おじいさんは息絶えてしまった。

 項垂うなだれたおじいさんの視線のその先には──レージョが笑みを浮かべて立っていた。


「私の恋路こいじを邪魔する者は、誰であろうと許しませんわ」


 そう言いながら、レージョは手に持っていた猟銃りょうじゅうをナジーへと向ける。


―—カチッ!


 迷いなく引き金を引くが、銃弾は出なかった。

 レージョは忌々いまいまし気に、おじさんとおじいさんの死体をにらんだ。

「お二人お陰で、いいところで弾がなくなってしまいましたわ。……まぁ、いいでしょう……」

 レージョは使い物にならなくなった猟銃を地面に投げ捨てた。そして、長いスカートをたくし上げると、中から隠し持っていたナイフを取り出した。

 その刃先をナジーへと向ける。


 シソクは身構え——躊躇ちゅうちょした。猟銃を失ったとはいえ相手は武器持ちである。人数的にはシソクたちの方が有利では──精神面では押されて負けていた。

 そもそも、足がすくんで満足に動くことができない。シソクはただ黙って見ていることしかできなかった。


 緊迫きんぱくした状況が続く中、様々な感情が押し寄せてきたシソクは叫んだ。

「もうやめてよ!」

 あふれ出てくる感情をシソクはおさえ切れなかった。

 うつむいたシソクは拳をきつく握り、プルプルと震えたものである。

「なんで、こんなことをするんだ!」

 ただ楽しく、平和に暮らそうとしていただけなのに──どうしてこんな悲劇が繰り広げられてしまったのか──。そんなレージョの凶行が、シソクには理解ができなかった。


「それは……貴方がとても素敵なお人だからですわ」

 レージョは言って、微笑んだ。


 顔を上げたシソクは、レージョと目が合った。その目は真っ直ぐで、純粋なものであった。


「都会からやって来たワケありの私にも、シソク様は他の方々と分け隔てなく接してくれたじゃありませんか。奇異な目で私のことを見る村の人たちとは違って、貴方様だけは私を受け入れてくれた。私を一人の人間として扱って下さいました。それが……とても嬉しかったのですわ」

──それが、レージョがシソクに対して好意を抱いた理。すべての元凶──。今回の悲劇を招いた原因が、それであるらしかった。


──いや、おかしい。


 シソクは首を左右に振るった。


 動機と行為を結び付けることができない。

──どうしてそれが、こんな結果と結びつくのだろう。


 それとは別に、レージョから話を聞いたシソクはなんだか申し訳なくなったものである。

 レージョを優しく迎え入れることが出来たのは──それは、シソクも別の町から移り住んできた身であるからだ。町には色々な人が居て、いちいち他人のことには干渉しない。誰が来ようと、どんな人であろうとも──ただ、そこに居る人と絡むだけである。

 村に長らく暮らしている人たちには、ただそんな感覚がなかっただけだ──。村人の一員となったシソクには、そんな村の人たちの気持ちも分かった。


 自然豊かなこの村で、村に馴染もうとはせず、動き難い服装で我を通しているレージョ──実際は替えの服がないだけだが──それに奇異の目を向けるのは当然のことだろう。

 当初は、どんな目で村人たちはレージョのことを見ていたのだろうか──?

 白い目を向けたのだろうか──。

 いや──もしかしたら、あんな格好で大丈夫なのだろうかとレージョのことを心配していただけかもしれない。

 今だから分かるが、村に居るのは優しく、温かい人間たちばかりだ。それを、レージョの歪んだ心が、おかしな方向に捉えてしまっただけなのだろう。


 おじさんもおじいさんも、ナジーも──村の人たちはレージョが思うよりもずっと良い人ばかりだ。

 腹を割って話し合えば、きっとレージョもみんなのことが好きになるだろう。

 しかし、どうあれ──こうなってしまった以上、後戻りをすることは出来ないのだ。


「もう、どうでもいいじゃありませんか。……愛のために、みんな死んでくだされば、それで私も満足ですわ。さぁ、お二人とも、死んで下さい!」

 他者の命を奪うことになんの躊躇もない狂人と化したレージョが叫んだ。


 ふと、シソクは隣を見遣った。

 あんなにも行動的だったナジーが──恐怖で震えていた。

 最初からそうだったのかもしれない。シソクのため、おじさんのため、おじいさんのため──怖くて震えるのを必死で抑え、誰かのために強がってここまで来ただけなのだろう──。


 シソクはギュッと拳を握った。

 この場に、他には誰もいない。そんな彼女のことを守れるのは──自分だけである。


「先ずはお邪魔者から退場して頂きますわ!」

 レージョがナイフを振り上げて走った。

 足場の悪い泥濘んだ土の上を、ヒールで器用に進んできたものである。

「死ねぇえええええっ!」

 叫び声と共に、レージョはナイフを大振りする。


 シソクはナジーの手を引き、抱き留めた。


 獲物が居なくなり、レージョのナイフは空を切った。そればかりでなく──レージョは不意に、何者かに足を取られてバランスを崩したものである。

──地面に倒れたおじいさんが最後の力を振り絞り、レージョの足を掴んでくれたのである。

 レージョは盛大に地面に尻餅をついた。


「今だっ!」

 その隙に、シソクはナジーの手を取って走り出す。


「邪魔をするんじゃありませんわ!」


 背後で、レージョの怒りに満ちた声が聞こえた。


 それでも前を向いたまま、シソクたちは走った。


『うぎゃぁあぁあぁぁああ!』


 やがて──おじいさんの断末魔の叫びのようなものが聞こえてきたが、二人は決して振り返ることなくひたすらに前へと進んで行ったのであった。

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