(07)日暮れ暗闇

「シソクー!」

 自分を呼ぶ声がして、シソクは自然と安堵あんどした。

 不思議と驚きはしなかった。

 聞き覚えのあるその声が、むしろ極限状態きょくげんじょうたいおちいったシソクの精神を落ち着かせたものである。


「ナジー!」

 シソクも叫んで応え、あゆみを早めた。


 ひらけた場所に出て──そこで、数人の人影が目に入った。


「あっ、シソク!」

 草むらから飛び出したシソクを見て、ホッと安心したような顔になっているのがナジーだ。

「おー、シソク。心配したんだべよ」

「良かった、良かった!」

 その後ろには近所のおじさんと、商店をいとなんでいる亭主ていしゅのおじいさんの姿があった。

 みんなシソクを心配して探しに来てくれたようである。


 喜びもつかの間──すぐに、ナジーはシソクがおびえた表情をしていることに気が付いた。

「何があったの?」

 ナジーの顔を見て、少しシソクの恐怖心がやわらいだ。

 事情を説明しようとして、シソクが口を開いたその時であった。


「あら……?」

 声がして──シソクは体を強張こわばらせた。


 振り向いたシソクの目に、人影が写る。

 木陰こかげから姿を現したのは──レージョであった。

 レージョは何食なにくわぬ顔をして、平然と一同の前に出た。

 そして、笑みを浮かべて尋ねたものである。

「皆さん、こんなところで何をなさっているのですか?」


 異変を感じたらしく、おじさんとおじいさんは顔を見合わせてレージョの問いには答えなかった。

 ナジーは、シソクを見遣みやった。

 シソクはうつむき、冷や汗をかいて震えていた。

──ただ事ではない。

 そんなシソクの緊張が、ナジーにも伝わった。

 ナジーはレージョをにらみ付け、警戒しながら尋ね返した。

「貴方こそ、こんなところで何をしているの?」

「何って……」

 質問返しに気分を害することなく、レージョはクスクスと笑った。

「シソク様とデートをしていたんですわ。とんだ邪魔が入ってしまったようですけど……」

「で、デートって、お前……」

 レージョの言葉を真に受けたおじさんが、丸い目をしてシソクを見遣る。

 恐怖したシソクは、何の反応も返してやることが出来なかった。


「あなた方、だけですか?」

 レージョはキョロキョロと辺りを見回しながら尋ねた。

 他に人が居ないのかと、気にしている様子であった。

「後、猟師りょうしのあんちゃんが来てるんだがなぁ……。あれ? どこ行っちまったんだ?」

 そう言っておじいさんは、ポリポリと頭をいた。獣除けものよけとして同行しているはずの猟師の姿が見えない。

 おじいさんは周囲を見渡して、猟師の姿を探した。

 すでに日は落ちて、森の中は真っ暗だ。照らしても、先が見えない程に闇は深い。

 森はしぃーんと静まり返って、なんの物音もしなかった。

 当然、猟師の姿をとらえることは出来なかった。


「まぁ、アイツは森のプロだし……大丈夫だべな……」

 いささか不安そうに、おじさんはつぶやいた。

「それより、暗くなって来るとワシらの方が心配じゃのぅ」

「それでしたら、もっと暗くなる前に帰りませんとね」

 レージョは聞き分けよく、うなずいた。

 そして微笑ほほえむと、先立さきだって森の中を歩き出したのである。


 おじさんとおじいさんは顔を見合わせた。

「まぁ、そんだべね」

「クマやオオカミが出て来たらたまらんからのぅ。シソクも見付かったし、先に帰るとするか……」

 何の疑念も抱いていない様子だ。

 レージョの後に続いて、二人も歩き出したのであった。

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