(06)追跡者の影

「はぁ……はぁ……!」

 シソクは足場の悪い斜面を駆けていた。

 日が落ちて、辺りは暗い。足元が覚束おぼつかなかったが、それでも足を止めるわけにはいかなかった。


『お待ちになってぇええええっ!』


 深い森の中──後を追うレージョの声が、あちこちから反響はんきょうして聞こえて来る。どこから聞こえて来ているのか、方角は分からなかった。

 それでも、レージョが着実に距離をめてきていることは分かった。レージョの声は、次第しだいに大きくなってきていた。


「やめて! やめてくれっ!」

 シソクは叫びながら走った。

 それが自分の位置を知らせる命取りとなる行為であることは分かったが、叫ばずにはいられなかった。

 泥濘ぬかるんだ道に足をすべらせ、盛大に地面を転げてしまう。


──タッタッタッタッタッ!


 その横を、誰かが物凄ものすごい勢いで通り過ぎていった。

──レージョである。

 正面を向いて全力疾走ぜんりょくしっそうをした彼女は、足元のシソクの姿には気が付かなかったようだ。

 狂気に満ちた笑い声を上げながら、そのまま森の奥へと消えて行った。


 結果的に、上手くやり過ごせたようである。

「うぅ……」

 泥に半面はんめんまったシソクだが、恐怖でしばらく身動きが取れずにいた。


 虫の鳴く音だけが森の中にひびいていた。それ以外の音はなかった。

 ジーッとしていたシソクだが、何時いつまでもそうしているべきではないと気が付いた。

「戻って来る前に、逃げないと……」

 レージョが違和感に気付いて、いつ引き返してくるか分からない。そうなる前に、少しでも距離は取っておきたい。


 こぶしを握り、シソクは自身をふるい立たせて起き上がる。

──少しでも良い。

 シソクはヨロヨロと立ち上がった。

 必死でここまで駆けてきたので、もう走る気力はなかった。それでも、着実に一歩ずつ進んで行った。

 助かるために──村を目指して、シソクは歩みを進めた。

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