(04)楽しい魚釣り

「きゃぁーっ!」

 レージョは大きな魚を川から釣り上げ、歓喜の悲鳴を上げた。

 レージョは魚を釣り上げて嬉しそうだが反面、ピチピチと威勢いせい良く動く魚に恐怖心を抱いて腰が引けていた。

 垂れ下がっている魚をどう釣り糸から外せば良いのか、触れずに困った様になっていた。


「すごいや。大きい魚が釣れたね」

 シソクはレージョをめつつ、魚をむんずとつかんだ。そして、その口から釣り針を取ってやる。

 解放した魚をシソクは差し出しながらレージョに尋ねた。

「逃してやって良いかな?」

 シソクの問いに、レージョは不思議そうに首を傾げた。

「持って帰らないのですか?」

「一応、レジャー目的で釣らしてもらったからね。食料にするっていうのなら持って帰っても良いと思うけど、生命だからさ」

「それでしたら、逃してあげましょう」

 そもそも触れないレージョには、持って帰る気などないようだ。

 レージョに言われて、シソクは頷いた。

 川に魚を戻してやろうとしたシソクの手に、レージョの手が上から触れた。

「少し怖いですけど……こうすれば、魚も触れますわね」

 レージョなりの頑張りなのであろう。


 そのまま二人で、一緒に魚を川に放してやった。

 水に戻った魚は流れて消え、その姿はすぐに見えなくなった。


 魚を放流したが、相変わらずシソクの手はレージョに握られたままであった。

「お優しいのですね」

「そうかな……?」

 シソクとしては、当たり前の感覚であった。

 そもそも、はなから無駄な殺生せっしょうなどするつもりはないのである。殺す気がないから、無駄に痛め付けてやるつもりもなかった。


「ええ、そうですわ。本当に……」

 レージョが顔を近付けて来た。

 接近したレージョにそんなことを言われたものだから、シソクは照れ臭くなって顔をそむけた。


 シソクの反応を見て、楽しげにレージョはクスクスと笑う。

 たぶらかしてでもいるようである。

「ねぇ、シソク様……」

 呼び掛けられたが、シソクは顔を上げられなかった。

 レージョは構わず続けた。

「私のこと、どう思いますか?」

「……え?」

 レージョがさらに顔を近付け、耳元でささやいてきたのである。

 息が掛かってシソクはくすぐったくなったものだ。

 思わず顔を上げて、レージョの顔を見た。

 レージョの顔は真剣そのものであった。冗談で言っているわけではないようだ。

「ど、どうって言われても……」

 シソクは返答に困ってしまった。


「私ね……」

 真っ直ぐにシソクを見ながらレージョは口を開いた。

 シソクは黙って、レージョの言葉に耳を傾ける。

 まるで、愛の告白でもされそうなシチュエーション──でも、実際にレージョの口から出た話はもっと驚かされるものであった。

何故なぜか、好きになってしまった人を傷付けてしまうんですの。それがどうしても抑えられませんの。そのせいで、前のお国では何人か殿方を殺めてしまいましたの……。お父様が慌ててひた隠しにして下さいましたから大丈夫でしたが……それももう限界で、此処に逃して下さったんですわ」

 唐突とうとつに──レージョがとんでもない告白をして来た。

 シソクは頭が真っ白になったものである。彼女が何を言っているのか、思考が付いていけず理解が出来なかった。


「しばらく大人しくしていなさいっ、お父様には言い付けられていたんですけど……あぁ、我慢ができませんわ……」

 レージョはシソクに顔を近付けた。そして、シソクの頬をペロンと舌でめて笑った。


 そしてレージョは不意打ちに、思い切りシソクの体を突き飛ばしたのである。


──バシャァアンッ!


 身構えていなかったシソクは無抵抗のまま川の中に落ち、尻餅しりもちをついてしまう。全身が水にれて冷たかったが──それどころではない。

 見上げたシソクの目に、レージョの姿が写った。


「こんなに美味しそうな殿方をただ黙って見ているなんて……そんなこと、出来ませんわ!」

 レージョの手には、太い木の枝が握られていた。


 シソクの目には、笑みを浮かべるそのレージョの姿が狂気に満ちて見えた。

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