(03)スキンシップ

「あら、シソクさん。ご機嫌よう」

 村の中を歩いていたシソクは、すれ違い様に声を掛けられて足を止めた。

 こんな自然豊かな村とは不釣り合いとも言える豪華な装飾そうしょくほどこされたドレスに身を包んだ少女──。

 髪は金髪で腰の辺りまで長く、ティアラやネックレスなどのアクセサリーを装着していた。土汚れが少しでもついただけで気にしそうな物だが、彼女はお構いなく高いヒールで泥道を歩いていた。


「どうも、レージョさん」

 シソクは軽く会釈えしゃくを返す。


 格好はどうあれ、彼女もれっきとした村人の一人であった。

 元々はどこぞの国の貴族の娘らしいが、住んでいた故郷を追われてこの村に移り住んで来たらしい。

 夜逃げ同然でこの村に駆け込んで来たので、動き易い衣服もなければ暇を潰せるものもないようだ。

 不便であるが、レージョは持ち運んで来た格好のまま暮らすしかなく不憫ふびんな思いをしていたのだ。


「どちらに行かれるのですか?」

「ちょっと川の方に、散歩がてら……。釣りでもしようと思いましてね」

「まぁ!」

 パチンッとレージョは声を上げると、手を叩いた。

「釣りなんて興味深いですわ! ご一緒してもよろしいかしら?」

「え……」

 シソクにとっては想定外の返答であった。

 シソクは困ったものだ。丈の長いスカートにヒール、指には指輪がはまっている。いくら本人が良いと言っても、果たして水場に連れて行って良いものだろうか。水に濡れたり──もしくは、全身泥だらけになってしまう。

 そんなことが目に見えたものだから、シソクは素直に首を縦に振ることは出来なかった。


「その格好で行くんですか?」

 普段なら絶対に口にしないような質問を、シソクはレージョに投げ掛けた。

「あら?」と、レージョは不思議そうに目をまたたいて返す。

「釣りにも正装があるのですか?」

「いや、そう言うわけでは……」

 レージョの方が一枚上手うわてであったようだ。真っ当な返しをされてしまい、逆にシソクの方が返答に困ってしまったものである。

 相応ふさわしい格好はあるだろうが──好みだってあるだろうから、確かに義務というわけではない。


 シソクが口篭くちごもっていると、先に動いたのはレージョであった。

 レージョはシソクの手を取って、顔に近付ける。

「……それでしたら、ご一緒させて下さいな。私、釣りというもの、やったことがありませんの!」

 目をキラキラと輝かせるレージョは、純粋に興味を持っての志願であった。

 そんな彼女の思いを踏みにじって断ることも出来ず──シソクはうなずいてやることしか出来なかった。


「分かったよ。でも、汚れちゃうかもよ」

「ふふふっ……」

 レージョは嬉しそうに笑みをこぼすと、シソクの手に頬擦ほおずりした。


「ありがとうございます。ご心配にはおよびませんわ。……それでは、参りましょう !」

 グイッとシソクの手を引っ張り、レージョは歩き出そうとした。

「そっちは反対ですよ! 川は向こうですから!」

 そんなレージョを慌てて制止し、シソクは森を指差して道を示したのであった。

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