美少女、家を買う編

第46話 大人の姿で下見に行こう

 マシロのお父上に紹介された物件の下見に行くことにした。

 なんだか、異常に世話を焼いてくれていて怖いな。

 何を狙っているんだ?


 俺とマシロをくっつけようとしているのか?

 正気か!?

 俺は半分無職みたいなもんだぞ。


 いや、今の収入は社会人だった頃の二倍を軽く超えているのだが、こんなものは水物である。

 正気になれ、マシロの父上!


 とか思いながら、下見は流石にスパイスの姿では行けない。

 不本意だが大人の男の姿を取るしか無いだろう。

 いやいや、不本意ってなんだ。こっちが俺の正体である。


「完全にスパイスに持っていかれているな……うう、寒い! くそっ、エアコンを付ける羽目になるとは。昨年までは気にならなかったが、俺の部屋は安普請で寒かったんだな……」


 ここで配信してるとか正気ではない。

 屋内の暖気とか屋外の冷気とか、音がダダ漏れではないか。


 引っ越しは早急にせねばなるまい。

 そのための下見、下見だ。


 リュックにフロータとイグナイトとフロッピーを収める。

 完全装備と言えよう。


『お引越しですね! ワクワクしますねえ~!!』


『ん広い部屋はぁ、魔導書としても望ましぃ~』


『主様、電力を消費しますが私をポケットに入れてくだされば、ウォームの魔法を行使できます』


 はしゃぐ魔導書たちの中で、フロッピーが聞き捨てならぬことを言った。


「なんだって!? フロッピー、魔法が使えるように?」


『お姉様とお兄様から教わりました。ウォームとフロートとレビテーションとティンダーが使えます』


「すごい」


 うちのAフォンが優秀になってしまった。

 民生品だというのに、オリジナルより優れてきてるんじゃないだろうか。

 これが魔導書効果か。


 俺はフロッピーをスラックスのポケットに入れる。

 おおーっ、あったかい!!

 こりゃたまらん。


 電力の限界があるようなので、ほどほどにしてもらいつつ、不動産屋へ向かうことにしたのだった。


 俺の話はマシロの父上から通されていたらしい。

 不動産屋が笑顔で迎えてくれる。


 マンションの外観は先日見た。

 築年数は……四十年経ってるんですか!?

 ちょこちょこリフォームや、耐震強化工事などが行われているせいか、割ときれいらしい。


 俺は不動産屋の車に同乗し、そこまで向かう。

 今住んでいる家からは、一駅離れたところだ。

 都心まではそれだけ遠くなるが、ここは田舎のターミナルステーションなので、始発電車に座って行けるからよしとしよう。


「ご存知と思いますが、先日ダンジョン化したばかりの物件でして。通常は特殊清掃が必要な事故物件になるところを、借主が怨霊化したのでこれを退治。結果、綺麗なまま家主に戻ってきたと」


「ははあ、なるほど……」


 ダンジョン化もよしあしだな。

 大規模な破壊をせずに攻略すれば、物件はきれいなまま。

 怨霊化した借主を倒せば死体も残らないから、後処理も簡単。


 なるほど、こういう利点があったか。

 なんて不謹慎な利点なんだ。


 到着したマンションで、エレベーターを使ってその階まで上がる。

 ほうほう、六階建てマンションの四階、五号室。

 本来は四号室なのを、縁起が悪いから五号と名付けているわけだ。


 こういうのってダンジョン化にも影響するのかね。


「せっかくなのでリフォームをし、この部屋だけ防音設備が整っています。オーナーとしては、全室リノベーションをして賃貸ではなく、分譲マンションにしたいのだそうですが」


「ははあ。価格的にはどんなもんで?」


「ご興味が? こちらです」


「ほほー!」


 月々の支払い計画などを見ても、イケそうな感じだ。

 ちなみにマシロ父のバックが無いと、俺は借りることすら無理らしい。

 今のところ信用が無いんだとか。


 配信者をやって一年経過すると、迷宮省が信用をバックアップしてくれるようにはなるが……。

 それでも家を買ったりするのは難しいらしい。


 くっ、ここは首に紐をつけられる事を覚悟の上で、買ってしまった方がいいかも知れない。


『主様、まずは中を見て回りましょうよ! 私飛び出したくてうずうずしてます!!』


 フロータの声がはっきり聞こえたので、不動産の方がギョッとした。

 怯えた表情できょろきょろする。


「安心してください、怨霊ではないです。私は配信者だと伝えたと思いますが、その仲間がリュックの中に入っているんですよ」


「ああ、なるほど……! 配信者の方は自分で喋る機械を扱ったりすると聞きますもんね」


 自分が感じた恐怖に理由付けが出来て、ホッとする不動産の人。

 やっぱ事故物件でいきなり女の声が聞こえてきたら怖いよな。


『ん限界だぁ~!! 俺はぁ、とぉびだすぅ!』


「うわーっ!! の、野太い男の声がー!!」


『ずるいですよイグナイト! 私もすぽーん!!』


 赤とオレンジ色をした魔導書と、水色の魔導書がリュックからスポーンと抜けてきた。

 ふわふわ浮かびながら、部屋の中を見回している。


『ははあー、これはなかなかですね! 入口の廊下は狭めですけど、こっちは……バス・トイレ別ですよ!』


『ぬおぉー! トイレが広いではないかぁ! 本棚が設置できるなぁ』


『こっち、こっちですよイグナイト! 部屋が3つもありますよ! この窓がない部屋はなんでしょうね』


『夫婦のぉ寝室だなぁ』


「夫婦言うな。俺はシングルだぞ」


 魔導書とそんな会話をしつつ、内覧を開始するのだ。

 不動産の人が、ガクブルしながらついてくる。


 そんなに怯えなくてもいい。

 二冊とも、気の良い魔導書ですよ。


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