第44話 新年から新しいマンションの話をしてくるだと!?
待ち合わせはマシロの家の前だった。
これは彼女が言ったわけではなく、俺が後輩の安全のために指定したのだ。
新年とは言え、日付が変わったあとの深夜だからな。
「おお寒い寒い」
マフラーを巻いてコートを着込み、ポケットに手を突っ込んで目的地に向かう。
そこそこ歩くから、そのうち体も温まるだろうと思ったが、いやあ寒い。
「こういうときにイグナイトフォームに変身できていれば暖かいんだけどなあ……。マシロに見られるわけにはいかないし。待てよ? いっそカミングアウトして、いつでもスパイスのままで接せられるようにする手も……」
そこまで考えて、ハッとする俺なのだった。
「いかんいかん。一時の暖かさのために人間関係破綻のリスクを背負うというのか? いや、マシロは全然気にしない気もする……。うーむ。これに関しては持ち帰りとして、魔導書たちと相談しよう」
そんなことをブツブツ呟いていたら、マシロの家の前だ。
呼び鈴を鳴らすと、バタバタ足音がした。
扉が開くと、ピンクの着物姿のマシロがいた。
俺はポカーンとした。
髪を結い上げる感じにして、かんざしみたいなのが刺さっている。
もこもこのマフラーっぽいのを襟口に巻いていて、あのもこもこは本当になんなんだろうなと思うなどする。
着物の柄は梅の花かな?
「あ、あけましておめでとうございます、先輩」
「あけましておめでとうございます」
「……で、どうッスか」
「驚いた。あっ、似合ってる。なかなかかわいいのではないか」
「そ、そうッスか……! むふふ」
マシロが鼻息をふしゅーっと吹き出した。
何を喜んでいるのだ。
カラコロ音がする履物を装備し、彼女のご両親に何故か見送られながら俺たちは初詣に行くのだ。
「なぜ見送り……? 俺の外堀を埋めようとしてきていないか?」
「そ、そんなことはないッス。大学でも恋人とか一瞬しかできず仲が発展する前に『お前連絡多すぎて重いよ』ってすぐに関係破綻した私がずーっと仲の良い先輩だから両親が一縷の望みを託してるとか、そんなことは余計なお世話なのでないッス」
本当にござるかぁ~?
割と、マシロ家の両親は娘の将来に口出しするタイプのようだ。
それをマシロも煙たがっている風ではあるが、今回は完全に結託している気がするぞ!
俺の勘は鋭いんだ。
さてさて、目的の神社に行くためには、電車で二駅行かねばならない。
東京の二駅だから近いものだが、わざわざ寒い中を歩くのも嫌だしな。
なお、その神社は俺の家からだとそんなに遠くない。
つまりこれは、マシロを迎えに行くためにわざわざ神社から離れ、家から近い距離なのに電車に乗らざるを得なくなるという、そういうな。
まあ、正月くらいはいい。
「先輩、これ、電車に付き合わせちゃうからそのお礼ッス」
駅の自販機でマシロが甘酒を奢ってくれた。
「あったけー。こういうのが嬉しいんだよなあ」
「あたしも甘酒好きッスねー。酔っ払わなくていいし」
「いつも酔っ払って気絶するもんな」
「ひ、人前だとそうなるから大学では一杯までしか飲まなかったッス!」
「気を許せる相手の前じゃないと二杯以上飲めないのか……。なかなかつらい縛りだな」
俺と飲むと毎回二杯以上なのになあ。
……何か見落としている気がするぞ……!?
フロータとイグナイトがこの場にいたら、いらん突っ込みをして来そうな見落としだ。
甘酒を飲みながら電車を待ち、たくさんの初詣客とともに乗り込む。
他の客はみんな、この先にある山の神社が目当てだ。
ターミナル駅に到着し、大半は次の電車に乗り換えていった。
俺たちはここ。
近場でいいんだよ、神社は。
甘酒の缶を屑入れに捨て、駅を出る。
いつもなら静まり返っているであろう時間帯なのに、初詣をする人々が大勢いるのは不思議な光景だ。
ダンジョン禍に見舞われた世界でも、昔の映像で見たようなこの光景は変わらない。
初詣は祈りだから、そこにダンジョンが発生しにくいのだ、という説があるらしい。
本当のことは分からないが、そうあって欲しいと思う俺だった。
「先輩先輩」
「どうした?」
「あれ。先輩が探してるっていうマンションッスけど、あそこのマンションは防音とかよくておすすめらしいッス。今なら激安ッスよ」
「いつの間にそんな情報を……! それに防音……?」
「この間の大掃除で、収録機器とかあったじゃないッスか。色々便利だと思ってー」
「なるほど……。で、なんで激安?」
「うちの父親が業者の友達から聞いたらしいんスけど、ダンジョン化して人死が出た物件だそうで」
「あー、なるほど」
それは掘り出し物だ!
普通の人間ならともかく、配信者であり魔女である俺にとって、それは全くマイナスにならない。
しっかりと事後処理が終わったマンションで、残るは風評のみ。
よし、引っ越すか!!
ありがたくこの話を受けることに決めたのだった。
どうやらマシロの父親が仲介をやってくれるようだし。
……なぜ俺にそこまで親切に……?
内堀まで埋まってきていないか?
その後、神社のやたら長い石段を登り、本殿でお参りをした後……。
境内で甘酒にするか豚汁にするかなどを悩む俺たちなのだった。
「万一アルコール度数がそこそこあってマシロがしなしなになった場合、電車に乗って連れ帰るのは俺だ。豚汁にしておこう」
「ぐうう、アルコールに弱い自分が恨めしいッス」
さて、帰って寝たら新衣装お披露目の準備だ。
今のマンションでやる最後のビッグイベントかも知れないぞ。
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