クリスマス魔女バトル

第29話 敵陣視察? ないない

『主様、これは行くしかありませんねー!』


「何をだね?」


 フロータの言わんとすることがなんとなーく分かった。

 だがとっても嫌なのではぐらかしておく。


『またまたー! あのアバズレの顔を見に行くんですよー! あいつも大衆の中に主様がいたら、簡単には攻撃できませんから! 表の顔ってものがありますからねー』


「ひえー、大勢の人を命の盾に!」


 人の心とかないんか!

 いや、魔導書だから無くても責められないよな。


 俺は現代の人道的観点から、フロータを説得してみることにした。


「いいかフロータ。今の時代は人口が減って大変なんだ。一人でも減ったら、同接が減るかもしれない。そんな危険を冒すわけにはいかない」


『な、なるほどー!! 魔力の素みたいなもんですね』


 そうなんだけどさあ、言い方ァ。

 前々から思っていたが、割とこの魔導書、ノンデリ(ノンデリカシー)だな。

 いや、ずけずけ物を言ってくれるからこそ色々助かってるんだけど。


 だが、俺も魔女フレイヤの事を知らないというのはよろしくない。

 ちょっと変装などして、野次馬に紛れることにしたのだった。


『結局は使うんじゃないですか、命の盾! 便利ですよねー民衆!』


「言い方ァ!」


 こうして俺は、フロータと出かけることになった。

 昨日の収益化配信では、凄い額のスパチャを送られ、プラットフォームの運営に抜かれるぶんを考えても多分100万以上振り込まれてくる……。

 堪らん。


 あっ、税金対策しなきゃ。

 と言う感じで、懐が暖かくなった(予定の)俺はとても心に余裕がある。

 ちょっとフレイヤを見るくらいいかも……という心づもりなのだった。


「やっぱりマシロにも焼き肉を奢ってやろう」


『いいですねー! 主様はイケそうな時でもスッと引いて手を出さないので、今度こそ確定的に手を出して次の世代の魔女をですね』


「そう言う関係ではない」


 カバンの上からぺちぺち叩くと、フロータが『うーわー』と声をあげるのだった。

 今の時間は電車が比較的空いている。

 俺とフロータの会話も聞かれる心配はあまりあるまい。


 途中乗り換えになるので、ついでにトイレに行っておいた。


「そう言えば、素のままの姿はいろいろと具合が悪そうだな」


『そうですねえ。主様の素顔を知られたら、アバズレはそこを狙ってきますよ。先代もそうでしたから』


「まずいな。スパイスに変身して行くか。服装は適当な感じで。メタモルフォーゼ・スパイス!」


 俺の姿が変わった。

 たまたま人がいなかったので好都合だった。

 きれいな黒髪のツインテールは変わらないまま、服装は白いもこもこのコートに黒いロングスカートになった。

 常に白黒になるな。


「えっ!? 男子トイレに美少女が!?」


 いかん!

 大きい方のトイレに人が入っていた!

 出てきたおじさんが驚愕して固まっているではないか。


 俺は彼に向かってスッとギャルピースをしてウィンクすると、素早く外に出たのだった。

 ふう、セーフ。


 道義的には、俺は男であるし、男子トイレから出てきても何の問題もないのだが……。

 スパイスに変身すると女子だからな……。


『主様も肝が据わってきましたねー。ナイス切り抜けですよ! 魅了の魔導書を手に入れたらとても楽しいことになりそうです!』


「そんなのがあるの?」


 ここからはスパイスなので、念話ができる。

 もうフロータとは喋りまくりなのだ。


『ええ。私こと浮遊の魔導書。アバズレその1が持っている炎の魔導書、アバズレその2の風と氷の魔導書。アバズレその3の海の魔導書。アバズレその4の精神の魔導書。アバズレその5の色彩の魔導書。アバズレその6の力の魔導書、アバズレその7はみそっかすだったんで魔導書ゲットできませんでしたね。先代様にけちょんけちょんにされてました』


「ははあ。そのうちの、精神の魔導書が魅了担当だな?」


『ご明察ですー!』


「うーん、しかし本当に敵は七人もいるのかあ。嫌だなあ、恐ろしいなあ」


『恐ろしいと言いながら今電車に揺られて、敵の顔を見に行くじゃないですかー』


「怖いもの見たさってのがあってね。まあねー、スパイスとしては勝つ気マンマンだけど、敵を知り己を知れば百戦して危うからずとか言うでしょー」


『言いますねー! 情報戦大事! 主様は全部開示してますけど!』


「配信のためには仕方ない!」


『ですよねー! 私としても主様のカワイイが世界中に発信されていて、とっても嬉しいですし!』


 キャッキャと盛り上がりながら、新宿駅で降りる。

 今日、ここにフレイヤが来る。


 既に大勢の見物客が詰めかけており、俺もそのなかにヒョイッと混ざった。

 なお、ここに来るまでの間、中高生くらいの子たちに気付かれ、「あれスパイスちゃんじゃない?」「マジ? カワイイ!」「本物じゃね?」「声かけてみようぜ!」「ちょっと撮影……あれっ? 解像度が超荒くなって撮れない……」『フロータが妨害しておきました!』みたいな状況になった。


 顔を変える魔法も必要だな。

 変容の断章をもっと集めねば……。


 なお、スパイスは背が低いので、人混みにいると向こうが見えない。

 レビテーションで浮かび上がってもいいのだが目立つ。

 ではどうするか?


「すみませえーん! 見えないので、ちょっとだけ前に! 前に行かせてくださぁーい」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて、アピールだ!

 ハッとして振り返る、大学生くらいのメガネのお兄ちゃん。

 俺を見て顔がとろけた。


「いいよいいよ、どうぞどうぞ」


「えへへー、ありがとうございます!」


「なんのなんの」


 笑顔を送ると、ふにゃーっとなるではないか。

 若い男性の可愛らしいこと!


『女の手練手管を使い始めていますねー。恐るべし主様! いいぞもっとやれ!』


「緊急事態にしかやりません」


『ええーっ!』


 俺は男だからね!

 そうこうしていると、俺が出てきた駅の辺りでキャーッと歓声が上がった。


 フレイヤが出てきたのだろう。

 彼女を見るために、これだけの人が集まるのか。

 向こうは注目されてるんだなあ。


「世界の裏で暗躍する堕ちたる魔女なのに、どうしてこんなに注目される仕事をしてるんだ?」


『人間、自己顕示欲からは逃れられませんからねー。生まれて百年とかの若い魔女ほどそういうのが顕著です』


「そうなんだなあ……」


 高そうな毛皮のコートを纏った、白人の女が出てくる。

 なるほど、欧州風の超美人だ。


 あれが炎の魔女フレイヤ。

 近々命の取り合いをすることになる、敵かあ。


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