第15話 アカウント凍結だと!?河岸(かし)を変えるぞ!

 昨日のデビュー配信の興奮も醒めやらぬ中。

 寝起きの俺を特大のバッドニュースが襲った。


「なぁにぃー!? アワチューブアカウント凍結だと!?」


『あー、主様、これはパンツが見えすぎたからですね』


 事件の発生と原因の究明は一瞬だった。

 そうか、アワチューブは女子のパンツが見えてしまうのはよろしくないのか。

 どおりで配信者諸氏はスパッツみたいなのを履いているはずである。


「これは一つ、学びを得たな……。幸い、黒胡椒スパイス凍結! ということで騒いでくれている界隈がいるから、彼らを新天地に誘導して再スタートを切りたい……」


『ですねー。会議しましょう!』


 朝食のトーストにハムやチーズを載せ、微糖のアイスコーヒーにミルクを入れるなどする。

 ごきげんな朝食だ。


 アワチューブはいきなり出だしで躓いてしまったが!

 だが、ここも何ヶ月かすると恩赦が出るシステムがあるようだし、別所で活動しながら凍結解除を待とう。


「当分は、ツイッピーとネチョネチョ動画を中心に活動かな。収益化もしていきたい。生活できないから」


『ですねえー。あとは次回はメタモルフォーゼの断章一点張りで狙いましょう!』


「それはまたどうして?」


『衣装チェンジや衣装のチューニングができるようになるんです。そうしたら今回の凍結みたいな目にも遭わなくなりますよ!』


「なるほど、最重要だ!!」


 俺は勢いをつけてトーストを食べきり、アイスコーヒーを飲みきった。

 会社員時の習慣で朝六時に目覚めてしまったが、気持ちは晴れやかだ。

 だってもう、会社がない。


 俺は!

 自由だー!


 まあ、その自由故に己の手で、明日の糧を手に入れねばならぬ。 

 シビアな世界に飛び込んでしまったな。


『ところで主様、どうしてアワチューブにツイッピーと、別々の動画配信サービスがやってるんですか?』


「ああ、それはね、サービスの資本が違うんだ。アワチューブは世界最大の検索サービス、グググールが運営してる。ツイッピーは世界最大の通販会社、サバンナが運営してるんだ」


『なるほどー。一本化しないのはなんでかなーと思ってたら、別々の勢力が運営してたんですねえ。お陰で主様は生き残れる』


「そういうこと。今の時代は魔女だって、社会のシステムに上手く乗らなくちゃいけないのだ」


 ツイッピーをチェックする。

 今日一日はツイッピーのシステムを研究しないとだ。


 ツイッピーにて再挑戦の連絡は今日中に。

 で、可能ならばダンジョンは明日か明後日には探索したい。

 一日も早く収益化せねばならないからな。


 俺とフロータで、今後の方針についてとか、メタモルフォーゼの断章をどう探すかを話し合っていると……。

 チャットアプリ、LUINEを通してマシロから連絡が来た。


『うおーん先輩~!! スパイスちゃんがいきなり凍結されちゃいました~!!』


「嘆いている……」


『だってだって、せっかくこれからの心の支えになると思ってたッス! マシロ生きていけないよぉ~』


 なんたること。

 俺は通話を切ったあと、後輩の精神的安定を守るため、すぐに黒胡椒スパイスとして声明を出すことに決めたのだった。


『スパイス、ツイッピーで再スタートします!! 今度は凍結されないように気をつけまあす!』


「よし!」


『主様、スパイスちゃんらしい言葉遣いを身に着けてきましたねー』


「ああ。配信中の俺はショウゴではなく、黒胡椒スパイスだからな……。なんか配信を続けるうちに、どんどん自我がスパイスに書き換わっていく感覚があった。恐ろしくもあり気持ちよくもあり……」


『そのうち戻らなくなっちゃうかも?』


「それは困る! ……いや、戸籍とかの問題がなんとかなるなら、困らないかも……」


『でしょ~?』


 俺はこの魔導書に丸め込まれて行っている気がする……。

 とにかく、今日は一日ツイッピーのチェックだ。

 黒胡椒スパイスのアカウントだけ作っておく。


「あっと、撮影撮影。メタモルフォーゼ・スパイス!」


 白黒の螺旋が浮かび上がり、俺を包んで変身させる。

 どーもこんちは! 黒胡椒スパイス登場だよー!


「ってことで、スマホをぐいーっと下がらせてスパイスを撮影……。部屋が写るのはちょっとなー」


『外に撮影、行っちゃいます?』


「おー! 行っちゃおう行っちゃおう!」


 おお、スパイスの姿になると訪れる、この開放感よ!!

 俺は財布とスマホだけを手にして、外に出た。

 時間は朝七時半。


 お隣さんが出勤するところで、また俺を目撃して驚愕していた。


「あっ、どーもおはようございます!」


「お、おはようございますー」


 彼はじーっとスパイスの姿を見たあと、首を傾げながら出勤していった。

 ぶつぶつと、「どうしてお隣さんから女の子が? いや、カワイイ、カワイイが……」とか言っている。


 余り目立つのはよろしくないな……。


「早くお金を貯めて引っ越したほうがいいかも」


『そうですねえ。お部屋を隔てる壁も薄いですし!』


 防音ルームを買っても、置けるスペースも無いしな。


『主様、歩いて行きます? それとも……』


「飛んで行っちゃおう!」


 そういうことになった。

 マンションの扉から右手に行くと、空が開けたスペースがある。


 これは、うちのマンションの構造が関係している。

 一階は五部屋あるが、俺の住んでいるフロアから一部屋減るため、その分スペースが空く。

 そこに貯水槽やら何やらを置いているのだ。

 ここで俺は呪文を唱えた。


「浮かび上がれ、レビテーション!」


 ふわりと浮かぶ!

 最近気付いたんだけど、バタ足でも平泳ぎでも、わずかに足を動かしてても似たような速度で進むようだ。

 ならば労力は少ないほうがいい。


 俺はつま先をちょいちょい動かして、空を泳いでいく。


 おお、最寄りの駅に会社員たちが吸い込まれていく。

 この間までの俺はあの中にいたのだ。


 みんな、頑張って社会を維持してくれ。

 俺たち配信者が、社会を揺るがすダンジョンを排除して、ついでにエンタメを届けるからな……!!


 そのためにはまず、ツイッピーのアイコンを撮影しないと……。

 他の配信者のようにアバターを被っているのじゃなくて、本人が変身しているわけだから、俺は色々大変なのだった。


 公園に降り立った。

 既に親子連れがいたりして、彼らは空から降りてきた俺に大変驚く。


 だが、容姿がカワイイスパイスちゃんなので、警戒態勢が解けたようだった。


「かわいいー!」


 小さい女の子が駆け寄ってくる。


「どーもー、こんちはー」


「こんにちは! まほうつかいのひと?」


「そうだよー。スパイスでーす。応援よろしくねー」


「かわいいー! おうえんするー!」


 しゃがんで女の子と目線を合わせ、いえーい、とハイタッチした。

 おじさんでなければ警戒されない!

 スパイス、いいことしかないな……。


 俺の発言から配信者ではないかと推測したお母さん、「若い女の子なら安心よね」と気を許してくれたようだ。

 おじさんでなければ警戒されない!


 こうして、つつがなくアカウントの写真撮影は終了する。

 背景は普通の木々だし、そこでカワイくポーズを決めているスパイスはとってもキュートだね、うん!


 小さい女の子も混じって来たので、一緒にコンビでポーズを撮ったりして撮影し、その写真はお母さんのスマホに送っておいたのだった。

 配信のチャンネルは教えなかったよ!

 中身はおじさんだって公言するからね……。


 ではさらばだ小さい人!


 撮影を終えた俺は空に飛び立つのだった!


「ばいばーい!! またねースパイスちゃーん!!」


 新しいファンが増えてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る