第14話 まずは伝説の仲間入り?

 同接数が増えると、ダンジョン攻略という難行がゲーム感覚に変わる。

 それをはっきりと実感できた日だった。


 正直、弊社ダンジョンの時は、こんなヤバい冒険を配信者はいつもやっているのか!? と驚いたものだ。

 あんなの命がいくつあっても足りない。


 だが、これならば……。


「つま先でつついたエッチな本を、浮かび上がれフロート! 撃ち出すぞアクセール!」


 俺がくるくる回ってから、指先でつんっと押し出すと……。

 エッチなマンガが超加速し、前方から飛び出してきた黒くてカサカサ言うモンスターに炸裂した。


『ゴキギグワーッ!!』


※『叫び声でゴキブリですって主張してる!』『勘弁してくれえーっ!』『手を触れずに倒せるの強いなあ。なんだあの現代魔法』『くるくる回るスパイスちゃんカワイイ!』


「カワイイほんとー? ありがとー!」


 俺はカメラに向けて笑顔になって手を振った。

 ワーッと沸き立つコメント欄。

 おほー、ゾクゾクしてくる……!


 このまま黒胡椒スパイスとして生きていくのもいいかも知れない。


『主様、囲まれてます! んもー、だだっ広いばっかりでやたらとゴミが散乱しているダンジョンですねえ。なんなんですかこの部屋!』


「一人暮らしの男性の部屋あるあるだねー。めんどくさくてついついあちこちの床に置いちゃうんだよねえ」


※『スパイスちゃんどうしてそれが分かるんだ!』『【悲報】スパイスちゃん彼氏いる疑惑』『男の部屋に上がったことが!?』


「スパイスはおじさんなので……」


※『ご当人!!』『そうでした』『信じないッ! 俺は信じないぞッ!』『こんなカワイイおじさんがいてたまるか!』


 いるんだなあー。


 さて、周囲を囲んでいるのは、コバエとゴキブリ、ムカデがモンスター化したものみたいだ。

 これはゴブリンたちとは全然区分が違う気がするよねー。


 ……なんだろう。

 内心まで外側に引っ張られている気がする。


 俺はレビテーションで浮かび上がる。

 コバエモンスターは巨大化して機動性を失っているようで、俺に向かってよたよたと飛んできた。

 俺が周囲に浮かべているのは、辺りに散乱していたゴミ。


 エナジードリンクの缶に触れて、俺は「シュートッ!!」と叫んだ。

 何も起きません。


※『おやー?』『スパイスちゃん、危ない! 眼の前、眼の前!』


「わかってるってー! うーわー!」


 俺は慌ててバタバタしながら、コバエモンスターを回避した。


『主様! 魔法の名前は正確に呼ばないと発動しません!』


「そうだったんだ……。思わずノリで……。じゃあ……ぶっ飛べ、アクセル!!」


 今度はしっかりと発動した魔法が、エナジードリンク缶を射出した。

 それが旋回しようとするコバエモンスターにぶち当たり、


『ウグワーッ!?』


 爆裂四散!

 空き缶がこんな威力になるはずがない!

 でも、起きてしまうのだ。それが同接数ブースト。


 とんでもねー。

 なるほど、これを維持できたら冒険配信者やっていけるわ。


 地上から次々、モンスターたちはジャンプして飛びかかろうとしてくる。

 ムカデモンスターは壁面を這いずって、ながーい体を伸ばして俺に襲いかかろうとする。


 うーん、雑魚が多い!

 あと、タイプとしてこのダンジョンのためにカスタムされたみたいなモンスターに感じる。


 ファンタジー世界のそれじゃないもんね。


 こういうダンジョンに出てくるモンスターは、例えばボスで言うなら一番弱いのが怨霊、次がボスモンスター、強いのがデーモンだってのは配信を見て知ってる。

 じゃあそのボスモンスターによって、ダンジョンにおけるモンスターの質が変わる法則があるのかなあ。


 落ちているゴミを次々に触れて浮かび上がらせ、スパイスはぐるっと回転!

 次々に触れて……。


「撃ち出せアクセル! 行っちゃえアクセル! ぶっ飛べアクセル! よろしくねアクセル! もいっちょアクセル! 最後だアクセル!!」


※『くるっと回転していくの見栄えするなあ』『カッコカワイイ!!』『ミニのスカートが翻るのほんと凝ってる』『だんだんアクセル使うポーズがあざとくなっていく!』


『主様、最後になると詠唱が適当に……! まあ連続してるんで、断章も空気を読んでくれるんですけど!』


 えへへ、すまんね!

 射出されたゴミの弾丸は、猛烈な勢いでモンスターたちにぶち当たる。

 こっちに向かってきてるんだから、射つだけで勝手に当たるのだ。


『ウグワーッ!!』『ウグワーッ!!』『ウグワーッ!!』『ウグワーッ!!』『ウグワーッ!!』『ウグワーッ!!』『ウグワーッ!!』『ウグワーッ!!』『ウグワーッ!!』『ウグワーッ!!』


 これで雑魚モンスターは一掃!

 スパイスは華麗に床に降り立つのだ。


※『あっ、スパイスちゃん、足元にバナナの皮がーっ!』


「えーっ!? なんだってー!? うーわー!」


 すてーんと転んでしまった!

 なんというお約束なー!


「誰だここに皮を置いたのー! お尻打ったー!」


※『見え』『見え』『ありがたやありがたや……』『この配信来て良かった』『目を覚ませお前ら、おじさんだぞ!』『おじさんでもいい! おじさんでもいいんだ!!』


 コメント欄は大盛りあがり。

 パンツの一つや二つ見せようじゃあないですかー。

 起き上がったスパイスの眼の前にはですね、真っ暗な奥からふらふらしながら現れる影がある。


 怨霊だな。

 このダンジョンを作り上げた、会社員の恨みみたいなのが結晶した存在だ。


『うぉぉぉぉぉぉ……。仕事したくなぁぁぁぁい。FIREしたかったぁぁぁぁぁ。FX許すまじぃぃぃぃぃ金返せぇぇぇぇ。絶対行けると思ったのにぃぃぃぃぃ』


「あっ」


※『あっ』『察してしまった』『連勤で倒れたんじゃなく』『お前、溶かしたんか!』


「こーれはもう、大人しく成仏させてやるしかないねえ……。現世も生き地獄でしょう、FIRE資金溶かしたなら」


※『さすがスパイスちゃん理解が深い』『なーむー』『成仏せいよ』


 スパイスは近くに落ちてた本を拾い上げた。

 これを、オーバースローで投げる構え。


 本の題名は、『あなたも稼げる! SNSトップインフルエンサーが教える、必勝FX攻略!!』という……ろくでもねー!


『うおおおおおおおお!! 俺の! 俺の老後の金えええええええええ!! 返せFXううううううう!!』


「使っちゃったんだから返ってこないでしょーっ!! いい加減にしなさーい! アクセール!!」


 投擲した必勝本が、物凄い速度になって飛んだ。

 それは怨霊にぶち当たると、当たり前みたいにその胴体をぶち抜いて遠くに到達し……。

 ダンジョンの壁までぶち壊した。


 あーっ、外の日差しが差し込んでくるねえ……。


 怨霊は自分のお腹に空いた大穴を見て、きょとんとした。


『体の中まで……からっけつだぁ……ウグワーッ!!』


 なんかそれっぽいセリフを呟いて、爆発四散するのだった。


「出番一瞬のくせに、キャラ立ってたなー。みんなー! これでダンジョン攻略は終わりだよー! ご協力ありがとー!!」


※『なんのなんの』『いいものを見せてもらいました』『次回も楽しみにしてるー!』


「うんうん! またねー!! これにて終わり! おつスパイス~!!」


※『おつスパイスー』『おつスパイス!!』『おつスパイス~!!!』


 配信が終わる。

 周囲の部屋はもとのワンルームに戻った。


 壁が破壊されて外と繋がっているが御愛嬌。

 部屋の中では、ゴミや雑誌が散乱している。


「普通の部屋に戻りましたねー」


『うんうん、攻略完了ですね! それはそうと主様、その口調、カワイイですよー。とっても魔女のとしてのお姿にお似合いです!』


「はっ!!」


 俺は!

 我に返った!!


 慌てて変身を解く。

 黒胡椒スパイスから、おじさんに戻ったのだ。


「完全に……意識がスパイスちゃんになってた……。なんだあれは……」


『私も初体験でしたね! 信じられない量のマナがAフォンちゃんから流れ込んできて、主様と一体になってましたよ! そしたら主様が黒胡椒スパイスちゃんとして完成したというかー』


「なにそれ、こわい。俺が理解できない現象が発生してたってことか……。配信者、なんだか奥深く恐ろしいものなんだなあ……」


 怖い怖い、と思いながら、俺はダンミーに仕事完了、の報告をした。

 攻略後ダンジョンの写真も撮影して添付する。


 これで、明日には俺の口座に仕事料が振り込まれるわけだ。

 配信が収益化していなくても、こうして食いつなぐことができる。

 いいサービスだ。


 常に命がけだけど。


「なんかドッと疲れた……。何か美味いものでも食べに行きたいなあ」


『主様! でしたら私が朝チェックしてたお店がですね、ランチタイムギリギリに滑り込めそうなので……』


 わいわい騒ぎながら、俺たちはダンジョン跡を去るのだった。

 まずは初仕事、成功か……?


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