美少女デビュー編

第10話 配信者になるぞ計画 準備編

 当然というかなんというか。

 俺は失業した。


 ネットニュースで、弊社の社長がダンジョン化阻止義務違反で捕まっている。

 これ、執行猶予なしの即実刑なんだよなあ。

 この三十年間、故意にダンジョンを発生させた人間は塀の中に放り込まれたまま、一人も帰ってきた事実がないらしい。


 今の時代、ディストピアなのでは?

 怖い怖い。


 そう思いつつ、俺はハローワークで失業手当を受け取る処理をした。

 会社がダンジョン化して消滅したので、すぐに出るらしい。

 いい時代だ。


 そうしたら、すぐ横に見慣れた顔がいるではないか。


「あれ!? 先輩!? 生きてたッスか!?」


 マシロだ!!

 そうだった。

 こいつの家は、俺と駅一つ隔てたところにあるのだった。

 で、ハロワは俺とこいつの家の間にある。


 同じところに来るのは必然だったなあ。


「あ、ああ。謎の美少女配信者にお前を預けて、俺は食堂のおばちゃんたちの避難を手伝ってたんだ」


 それっぽい話をでっちあげる。

 誰も確認できないことだから、事実でも嘘でもよかろう。

 実際、スパイスがダンジョンを攻略した後、おばちゃんたちは無事に救出されたんだそうだ。


「そうだったんスね……。私、すごいの見ちゃいましたよ。ダンジョン配信者マジスケーって感じッス」


「そうかそうか……やっぱすごいよなあ」


 お互い失業手当を受け取れるようになりつつ、じゃあ茶でも飲んで行くかという話になった。

 だが、俺達が住む市に喫茶店なんていう気の利いたものは少ない。

 あっても個人経営で、ギャラリー併設してて、ちょっと入りづらいものばかりだ。


 なので、ショッピングセンター・アイオンのフードコートに入った。

 アイオンの中でもちっちゃいやつだ。

 平日の昼間だから、じいちゃんばあちゃんたちがちょこちょこいるくらいだな。


 俺は長崎ちゃんぽんを、マシロは唐揚げ丼を頼み、席についた。

 お互い、喫茶店という注文ではない。


「これからどうするんスか先輩。あたしはすぐ再就職しないとなーって思ってるッス」


「大丈夫なのか? あんなダンジョン化に巻き込まれて、ショックとかあるだろ。親御さんとか止めてないの?」


「ちょっと休めって言われたッスけど、やっぱ職歴に穴が空いちゃうの怖くて」


 腕組みをして唸るマシロ。

 社会は厳しいよなあ。

 なお、マシロはきちんと正しく腕組みできる程度にはスレンダーである。

 細身と言うか、アスリート体型というか。


「俺は……半年くらい休む……」


「えっ、失業手当受けられるギリギリまで!? いいんスか先輩! もう三十路なのに!」


「ギリギリ二十代だわ! ちょっと職業訓練してもいいと思ってな」


 職業訓練。

 俺の中で腹は決まっている。

 ダンジョン配信をやる。


 そのための機材を買わねばならないのだ。

 長崎ちゃんぽんと唐揚げ丼を、俺たちはものも言わずにもりもり食べ。


 マシロ、お前よく食うなあ!


「ヤケ食いッス!! っていうか先輩聞いて下さいよ。あたしを助けてくれた配信者の女の子、配信やってないんスよ……。なのにあんな魔法みたいなことしてて、なんでやれるの?って。あれ、誰だったんスかね? 黒胡椒スパイスちゃん……」


「誰なんだろうなあ……」


 知らんぷり、知らんぷり。

 その後、俺が別れて都会に向かおうとしたら、マシロがついてきたのだった。


「あたし、どうせ暇なんで! ご一緒するッス!」


「ひい、ついてくるのかよお」


「なんスかその嫌そうな顔はーっ!!」


 プリプリ怒るマシロなのだった。

 こいつにバレないよう、配信の機材を買わねば……。


『とか言って主様、ちょっと嬉しいんじゃないですかあー?』


 俺は無言でカバンをぺちぺち叩いた。


 最寄りの都会にやってきた俺たち。

 デカい電気量販店に入る。


 ええと、配信機材は……。


「先輩、何買うんスか?」


「えーっ、いいだろ別に。マシロはマシロの買い物しろよ」


「あたし今は別に欲しいものないッス」


「なんだって」


 じゃあ純粋に俺の買い物を眺めるためについてきたってのかよ!

 バレちまう!


 フロータはカバンの中にいるし、音声会話しかできないのでマシロにバレる!

 ……アドバイスを受けることもできない。

 仕方ない。

 こっそりと機材を買い集めよう。


「動画の編集ソフト? そんなの買ってどうするんスか?」


「次の就職活動のためにな……」


「あー、なーるほど! あれ? そっちは民生Aフォンのコーナーじゃないッスか。配信者でもやるんスか?」


 ぎくっ!!

 流石に無理があったか。


 Aフォンは、アドベンチャラーフォンの略。

 良く分からない効果で、ダンジョン内でも通信が途切れず、ダンジョン内では自律飛行をし、配信を撮影してくれる機能がある。

 あとは基本的なチャットアプリであるザットコードと、各種SNSだけがインストールされている。


 一般人がこれを使うことはあまりないと言っていい。


「参考用にな、参考用に……」


「へえー。そうなんスかあー」


 なんだその疑うような目は。

 俺はカードでAフォンを買った。

 に、二十万!? いい値段だぜ……!!


『へえ! これ、現代人類が作ったんですかね!? 機械だけで使い魔を作り上げるなんて大したもんですねえー。最低限の能力しか無いし、意思も薄弱ですけど』


 おいフロータ、静かにするんだ!

 マシロが「なんか声がしたッスか?」とキョロキョロしてるじゃないか!


 政府の迷宮省が出している、正規のAフォンは値段が付けられないレベルらしいが、これは国に届け出をしている配信者にしか支給されない。

 もっと遥かに高性能だと聞く。


 民生品のAフォンは大多数の機能が制限されていて、ダンジョン配信を最低限できるだけだが、それでもこの値段!


「十回払いで……」


 買ってしまった。

 この場で、民生Aフォンと契約を行う。

 指紋と声紋……。


 配信者はバーチャライズと言って、アバターを被って別人になる。

 その時、外見と声色が全然変わってしまったりすることもあるんだが、指紋と声の波長……声紋は変わらないのだ。


『契約が完了しました』


『ちょっと意思が宿りましたよこの子! 私の後輩ですねえー』


 フロータが嬉しそうだぞ……。


「先輩、やっぱりどこかから声がしてるッスよね!? おかしいなあ……」


 危ない!

 頼むから黙っててくれ……!


 こうして最低限の買い物を、俺はなんとか終了した。

 次は冒険配信者になるための教本みたいなのが欲しいところだ。


 ネットには、正確な情報があまり載っていない。

 なのでこれから向かうのは、そういう冒険配信者系グッズの専門店なのだが……。


「マシロ、まだついてくるの?」


「もちろんご一緒するッス!!」


 この猫みたいな雰囲気の後輩は、今にも喉を鳴らさんばかりなのだった。

 結局その後、マシロに外で待ってもらいつつ、目的の書籍や物品を購入。


 待たされたことにぶうぶう言う後輩をなだめるべく、俺は昼飯を奢るはめになったのである。


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