第9話 話題になっている謎の美少女は俺である

 その後、とても仕事をしていられる状況ではないということで、俺はマシロを家まで送った。

 実家住みだったのな。


 エプロンドレスの美少女が娘を送ってきたということで、ご両親は大層驚かれていた。

 別れ際のマシロが、


「スパイスさん! あのっ、配信してるんですよね!? 私、応援しますから!!」と俺の手を握り、すごい勢いでまくしたてた。


 普段ならドン引きする俺であるが、今の俺は自らの理想とする美少女、黒胡椒スパイスちゃんである。


「うん! ありがとー! 応援よろしくぅ!」


 ビシッとギャルピースを決めて、俺はその場を後にした。

 そして自宅に戻り、ベッドに倒れ込むと気絶したのだった。


『主様ー! メタモルフォーゼしっぱなしですよー!!』


 うるさーい。

 寝かせてくれえ……!

 体力を使い切って、もうクタクタなんだ……。


 目覚めると、もう夜中である。

 俺は起き上がるとトイレに向かった。


 ユニットバスに付いたトイレで、小をしようとして……。

 下がスカートで、しかも普段あるべきものが股間に存在しないことに気づく。


「な、な、な、なんじゃこりゃああああああ」


『だから言ったじゃないですか。主様、メタモルフォーゼしっぱなしですって』


 ふわふわと浮かんで、フロータがやってきた。

 魔導書は器用に背表紙を使い、部屋の明かりのスイッチを入れる。


 明るくなった。

 なるほど、俺はエプロンドレス姿である。


 背丈がずいぶん低くなっているので、普段と全く視界の高さが違う。


「めちゃくちゃ疲れてたんだなあ。もとに戻るという発想がなかった。というか、俺、この姿で自分の定期使って帰ったのか。あっ、ちゃんとカバンを持ち帰っている……。無意識の力はすごいな」


 落ち着いて、メタモルフォーゼを解除し、用を足した。

 おお、落ち着く。


『主様ー』


「用を足してるところに入ってくるんじゃありません! どうした?」


『主様が寝ていらっしゃる間にインターネットで調べていたんですけどー』


 フロータが俺をパソコンの前に案内する。

 ディスプレイには、俺の会社がダンジョン化したことで、大騒ぎになっていると書かれていた。


 ダンジョン化自体は珍しいことではないが、多くは廃屋であったり、住民が孤独死した住宅やマンションの一室だ。

 会社一つが丸ごと、というのは少ない。


 よほど、ダンジョン化に対抗するための魔除けを怠らなければ、避けられる事故なのだ。

 つまり、弊社はダンジョン化を舐め腐り、魔除けをケチって総ダンジョン化し、多くの従業員に犠牲者を出したわけだ。


 終わりである。

 俺、失業決定。


「うーん」


 気が遠くなってきた。


『主様ー!?』


 ニュースには動画もついており、このダンジョンを解決したのは、アポカリプス系ヒャッハー配信者チャラウェイだとされていた。

 有名な配信者だ。


 モヒカンにトゲトゲ肩アーマーのムキムキマッチョな巨漢の姿をしており、先刻見せた火炎噴射や、トマホークにボウガンを用いた見栄えのするバトルが人気だ。

 それでいてファンミーティングなどでは、ファンサービスもたっぷり。

 裏方の人に対しても腰が低く、事前の打ち合わせなども真面目で綿密に行うことから、業界人からの好感度も高い。


 そんなチャラウェイが雑談配信をしていたらしい。

 既に終了しているが、切り抜き動画がアワチューブに上がっていた。


 三時間前にアップか。

 今は深夜二時。


 日が高い内に帰ってきて気絶したから、多分八時間近く寝たと思う。

 その間にチャラウェイは、その日の配信の総括を雑談でやってたわけだ。


 よく働く配信者だ。頭が下がる。


 さて、そのまとめ動画だが……。

 再生回数、二十万回!?

 たった三時間で!?


 しかもサムネイルに表示されている煽り文句が、『空から美少女が降ってきた!!』とある。

 俺ではないのか。


 完全に目が醒めた。

 俺はまとめ動画の再生をスタートする。


『──でさ、俺はそのダンジョン発生の報を受けたときに、すげえ近くにいたんだぜぇ! だから駆けつけたね! マイバイクごとバーチャライズして壁を破ってアタック! ヒャッハー!って感じでな』


 まとめ動画の作成者が、チャラウェイのダンジョン配信から切り抜きを作成、動画に差し込んでいる。

 そうそう、こんな感じで壁を破壊しながら、あのトゲトゲバイクが突っ込んできたんだよな。

 お陰でゴブリンジャイアントの注意が逸れた。


 チャラウェイ視点で描かれるその状況は、ゴブリンジャイアントの巨大さを如実に表していた。

 そして群がる多数のゴブリン。

 これを、火炎噴射で薙ぎ払うチャラウェイ。


 いよいよゴブリンジャイアントとの対決だ、となり、トマホークを手にしたチャラウェイの眼前で……。


「落とせ! アクセル!! フォークリフト・アタックだぁーっ!! おりゃああー!!」


 場にそぐわない、大変カワイイ声が響き渡り……。

 画面外、空中からフォークリフトが突っ込んできた!

 フォーク部分はゴブリンジャイアントと激突してぐにゃっと曲がるけど、車体が全重量を質量爆弾みたいにして激突!


 ふっとばされそうな俺が、「なんのーっ! こなくそー!」とカワイイ声で叫びながら捕まっている。

 吹っ飛ぶゴブリンジャイアント。


「ウワーッ! な、な、なんだっ!? 空から女の子が降ってきたぞ!!」


 そこから先は、うっすら記憶に残っている。

 チャラウェイの動画に映った俺は自己紹介をした。


 バッチリ、カワイイ俺が映っている。

 セリフはカワイイフォントで、テロップまで作られていた。


 うーん!!

 チャラウェイの切り抜き動画のはずなのに、完全に、ゴブリンジャイアントを倒した謎の美少女……a.k.a.(also known as~◯◯としても知られているの意)俺の話題で持ちきりになってしまっている。


※『スパイスちゃん超カワイイんだけど』『初めて見た! 配信者!?』『配信者じゃなきゃあんなことできないだろ』『空からフォークリフト降ってきたな』『フォークリフト系配信者!?』『推します』『パンツ見えた』


 フロータが俺の顔の横にやって来る。

 この魔導書、表情が無いのに、今はニヤニヤしているのがよく分かる。


『主様がついに、世界に知られちゃいましたねえ~。そりゃあ、この可愛さを隠し切ることなんかできませんし、それは世界の損失ですもんねえ』


「そうかな……そうかも……」


 俺もそんな気になってしまっていた。

 会社がダンジョンになり、俺は失業確定である。

 だが、失業手当がしばらく出る。


 これを準備期間として、やってみるか、冒険配信者……!


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