第4話 魔女であることを気づかれぬように(世間体的に)
「魔女であると気づかれないようにしないとな」
『おや、どうしてです?』
昨夜のことだ。
家に帰ってきて、我が家である1Kの賃貸をフロータに紹介した。
『狭いですねーっ!! 全部合わせても先代のキッチンよりも狭いじゃないですかー!』
「都会は家賃が高いし、給料も良くないからこんなものなんだ」
『都会と言う割には大月市よりも人口が少なそうな駅で降りましたけど』
「こっちのほうが家賃が安いんだ」
『世知辛いですねえ……。正しき魔女の後継者が、こんなしょんぼりとした暮らしをしているなんて。稼ぐ方法を探しましょう!』
現実的な話をする魔導書なのだった。
フロータは人格的には女性らしい。
魔導書全てが人格を有するわけではなく、魔女にとってパートナーだと認められると、人造精霊を宿してこうやってお喋りするようになるのだ。
見た目は水色の表紙の、実にお高そうなハードカバーの本。
サイズはB5だからそんなに大きくない。
ふわふわと浮いて俺の家を動き回り、浮遊の魔法を使ってあちこちの引き出しを開けたり、冷蔵庫を開いたりしている。
猫みたいに家を探検しているな……。
声はちょっと甲高くて演技がかっていて、アニメーションの声優のようというか。
その後、俺はフロータにインターネットというものを紹介し、現状のこの世界についての解説をしたわけだ。
『ははあー! インターネットですか! 先代様の家にはこのパソコンなるものはなかったですからねえ』
「スマホはあったんじゃない? おばあちゃん、それで連絡取れたはずだし」
『持ち歩きの小型電話ですか? ありましたねえ。でも電話の用途にしか使っていませんでしたし、連絡先は紙のメモを持ち歩いてらっしゃいましたねえ』
「うーん、アナログ極まれり。だが魔女だからそんなものかも知れないな」
フロータと会話をしながら、俺はネットサーフィンする。
今やっているのは、冒険配信者に関する調査だ。
どうやればなれる?
必要な道具は?
年齢制限や持っていたほうがいい資格は? などなど。
「さっきフロータが言っていた金策だが、冒険配信者をやろうと思ってるんだ」
『冒険配信者? それは一体なんですか?』
説明のためにはダンジョンの話をしないといけない。
今から二十年ほど前に、この世界にダンジョンが出現するようになり、多くの街がダンジョンに飲まれて消え、人々もダンジョンから発生する災害によって亡くなっている。
そして、ダンジョンを踏破してダンジョンコアを摘出するとダンジョンは消滅することが分かり、それを生業にする人々が現れた。
さらにダンジョン攻略を配信し、多くの人に応援されると、攻略者が肉体的に強化されるという事象も確認された。
そういうことで、アワチューブやネチョネチョ動画、ツイッピーなんかでリアルタイム配信をしつつダンジョンアタックする、冒険配信者が登場したわけだ。
「そう言う感じだよ。今だと、直接スパチャ……投げ銭したり、企業も案件を持ち込んだりして稼いだりしているらしい」
『ほえーっ、時代は進むものですねえ! かつての時代では、魔女は秘すものとされてきました。まあ過去に魔女裁判なんてトンデモをやらかした輩のせいなんですが。何より、人間って自分と異なるものを嫌いますから』
でも、とフロータは続けた。
表情の読み取れない魔導書なのに、彼女の感情がよく分かる気がする。
『自分とは違う人がダンジョンなるものに挑戦し、それを応援する娯楽が成立している時代なら……。主様が魔女であることは明かしても大丈夫そうじゃないですね。時代は進んだなあ!』
「いや、魔女であることは気づかれないようにしないとな」
『おや、どうしてです?』
ここで冒頭のやり取りに戻る。
俺は深刻な顔を作ってみせた。
「こんなおっさんになりかけの男が、あのカワイイ美少女に変身するところを見られてみろ。社会的立場というものがね……」
『はー、つまんないこと気にする主様ですねえ』
「なななな、なんだとう」
いかんいかん、相手は本なのだ。
怒ってどうする。
俺は途中で買ってきた香り付き炭酸水のペットボトルを開けた。
酒を飲むと翌日に残るので、休日前でもなければ口にしない。
普段はもっぱら炭酸水だ。
「ふう……。いいかフロータ。俺は会社員なんだ。世間体がまずくなったら、会社にいられなくなる」
『でしたら、冒険配信者として活動して、美少女に変身することやむなし、と世界に認めさせればいいじゃないですか。正しき魔女として力を取り戻していけば、簡単なことですよ!』
「あっ、そういう意味かあ……」
『そういう意味です。まずはメタモルフォーゼの断章を何冊か揃えましょう。これで、人に見られないように変身したりもできるようになりますし、もっと違う姿になったりもできますから。世間体が怖い主様にぴったりですよ』
「むむっ、そんな魔法が……? しかしひたすら、直接戦闘能力とは離れていくなあ」
『魔法は工夫ですよ! アイデアとハッタリと段取りでなんとでもなるものです!』
「しょぼい能力をアイデアで活用して強い相手を倒す……。能力バトルものだな」
俺は大体納得した。
さて、では気を取り直して。
じっくりと自分の変身した姿を確認しておこう、と考える。
『変身の合図はメタモルフォーゼと、主様の魔法名を組み合わせるとできます。このメタモルフォーゼに、魔法名を認識しても悪用できない防御が掛かっていますので名乗っても安心です』
「プロテクト付きの魔法なんだな……。よし、では……メタモルフォーゼ・スパイス!」
俺の周囲に、白黒の螺旋が渦巻いた。
一瞬で背丈が縮み、髪が伸び、衣装が変わり……。
魔法少女スパイスちゃんとでも言うべき外見になったのだった。
ここで気づく。
「我が家には姿見がないな」
『なんで無いんですかー!? ありえないですよ主様ーっ!!』
「あいたた! 体当たりするな! だって男の一人暮らしで姿見が必要か? スーツを着ない仕事だし……。そうだ。全身像を見るなら、スマホで撮ればいいんだ。ええと……レビテーションが自分の浮遊で、フロートが無生物の浮遊……?」
『大まかな解釈としてはそうです』
「じゃあ、フロートでスマホを遠くにやって……。撮影ボタンを押せるものかな?」
クローゼットを背にして、俺はそれっぽいポーズを取った。
フロータががこれを見て、左右に大きく揺れる。
『きゃーっ、主様カワイイですよ! 歴代で一番カワイイです、間違いなく!』
「男としてはあまりうれしくない賛辞だが、今は結構嬉しいんだよな……。おお……俺が変わっていくう」
フロートは微細なコントロールも可能なようだ。
ちょうどいい位置はここかな、というところまで動かし……。
「どうやって画面にタッチするんだ。レビテーションで俺の指先の感覚を飛ばしたり……できるわけないよな」
一応やってみる。
そうしたら、何も触れてないように見えるスマホの画面が起動した。
指紋が飛んだ!
そのままカメラを使って、全身図を撮影!
ポーズを変えて撮影!
アップにして撮影!
煽りから撮影!
俯瞰で撮影!
最後はギャルピース。
画面の中では、猛烈にキュートなエプロンドレス風ゴスロリ衣装の、ツインテールな美少女がカワイイポーズを次々に取っているのだった。
「うーん、カワイイ!!」
『でしょー。主様、これは世に、正しきカワイイ魔女、スパイスありと知らしめなければいけませんよ!』
「そんな気がしてきた……」
ますます、ダンジョン配信への意欲が燃え上がっていく俺なのだった。
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