第3話 魔女が家を出れば七人の敵がいる?

 いきなり美少女になって、どうなることかと思ったが……。

 よく考えれば大月に知り合いはいないし、例え知り合いが今の俺と会っても俺であるとは認識できないであろう。


 このまま帰ってみることにした。


「元の姿に戻る手段ってあったりするのか? ……するの?」


 可愛い声色で、元々の俺の口調が聞こえる。

 違和感が凄い。

 思わず、女の子っぽい喋り方で言い直してしまった。


 ヌウーッ、新体験。

 何だこの感覚。

 こんなの知らない。


『あるのですが、戻ると魔法が使えなくなりますから、このフロータは音声で言葉を発する必要があります。ですが今の麗しいお姿なら、フロータは念話でおしゃべりができちゃうんですよー』


「なんてキャピキャピした魔導書なんだ! おばあちゃんともそのノリで会話を? してたの? そう……」


 想像ができない。

 そして俺は魔女の契約を引き継いでしまったそうで、これから色々知るべきことが多そうだ。

 大月から自宅までの距離なら、たっぷりと念話で魔導書に話を聞けるだろう。


 いきなりこんな運命に巻き込まれて、嫌ではないのか。

 自問してみる。


 正直冗談ではないと思う。

 だが、鏡に写った俺は大層かわいかった。


 肌が真っ白でしっとりすべすべ、もちもち。

 目は大きくて、瞳の色は見つめていると飲み込まれそうなくらいの黒。

 鼻はあまり高くなくて、可愛いアニメやゲームのキャラみたいな。

 口も小さめ。


 背丈はいつもの俺よりもずっと低い。

 150センチ無いな。

 ゴスロリ風エプロンドレスのミニがとても良く似合う、完全無欠の美少女が俺だった。


「うーん……カワイイ。あまりにもカワイイ」


 変身した俺の姿が信じられないくらいカワイイだけで、全てを許す気になった。

 それどころか、なんだかむくむくとやる気が湧いてくるじゃあないか。


 おお、一歩家から外に出ると、世界が輝いて感じる!

 空も木々も、ずっと高い!

 世界が広い!


 まあ俺が小さくなってしまったからだと思うが。

 ただ、自己肯定感がとんでもなく上がったことだけは確かだ。


 バス停までやってきて、バスを待つ。

 おっ!

 並んでいる現地の人々が、みんな俺に注目しているのではないか?


 ははは、可愛かろう可愛かろう。

 時々スマホで自分の顔を写して確認する。

 うーん、カワイイ。


 自己肯定感の低い男が、VRチャットなどで美少女のアバターを纏った瞬間に自己肯定感が上がり、仕草まで女らしくなるという話がある。

 俺は正直、これは眉唾だと思っていた。

 馬鹿らしい、男として生まれ、染み付いた動きや思考や喋り方が変わるか?


 変わるのである。

 実感してしまった。

 バスに乗り込み、座席に腰掛ける。


 おお、周りの人にチラチラ見られている!

 男であったときはチラチラ見られると、不審者と思われているのではないかと不安だった。


 だが今は違う!

 確実に、俺がカワイイから見られているのである。

 そうに違いない。


 ただこうしてこの場にいるだけで自己肯定感が上がってきますよ。

 ふふ、俺、何かやっちゃいましたかね……。

 いや、ただカワイイだけかな。


『主様ごきげんですねー! 歴代の主様で、男性だった方は何人かおられるんですけど、魔女になってここまでテンションが高い方は初めてですー』


「うわあ! 急に話しかけるなよ……。いや、それは時代によるものじゃないかなあ」


 一瞬大きな声をあげかけた。慌ててボリュームを落とす。


「色々生きづらかったりね、張り合いが得られなかったりする時代だから」


『大変なのですねえ。でもこれからは安心ですよ! 正しき魔女の後継者が現れたことは、他の黒い魔女や堕ちたる魔女たちに伝わったことでしょう! 封印されていた私、フロータを奪うため、あのアバズレどもが次々にやってきますから、ドキドキ・ワクワクのエキサイティングな日々ですね!』


「うっわー、ろくでもない事言ったね? やっぱりフロータを引き継ぐととんでもない災厄までついてくるんじゃないか」


『そんなことはありません! 私と契約したことで、主様は見ての通りとってもカワイイ魔女に変身できました! 割と歴代でもトップですよ。カワイイ女の子になった人は唯一じゃないでしょうか』


「ホントに? どうして俺はこんなにカワイくなったんだろう? やはり才能……?」


『深層心理で可愛くなりたかったのでは?』


「ありうる……」


 そんな話をしながら、大月駅に到着。

 念話というのは便利で、フロータとずっとテレパシーのような会話をしつつ、しかし周囲には全く音を漏らしていない。


 ハンズフリーフォンで、独り言みたいな喋り方をしながら電話している人物がいたりするが、あれは端から見ているとびっくりしたり、ちょっとなーと思ったりするものだ。

 だが!

 念話なら声も出ないから安心!


 人類は皆、念話をできるようになるべき。

 八王子行きの特急に乗り込む。

 まだ日の高い時間だから、観光客は帰らない。


 ゆったりと窓際の席に腰掛けることが出来た。


『それじゃあ、ちょっとずつ魔法を練習して行きましょうか。ええと、まず私を開いていただいて』


「どれどれ……?」


 カバンからフロータを取り出し、開いてみる。


『いやーん主様のえっち!』


「うるさいよ! 本を開かないと何も出来ないでしょ! えーと……。いきなり真ん中のページが開いて、見たことない文字が書いてあるんだけど? これを読んで魔法を覚える的な?」


『古来のやり方はそうです。ですが、主様が一番理解しやすい形式にして表示することも可能です。結果は同じですが、分かりやすくなるでしょう?』


「出力は同じだけど、入りがやりやすくなるわけね。じゃあ……ゲームのステータス画面」


 魔導書の上に、ステータス画面が浮かんだ。

 とは言っても、今の俺のMPとかいうのと、魔法と書かれた空欄だけが浮かんでいる。

 これがいわゆる使用できる魔法のスロットだろう。


「このスロットに、手持ちの魔法を入れていくのか。全部で三枠。少なくない?」


『主様は初心者魔女ですから。経験を積むごとに魔法を書き込む空欄が追加されていきます。それと、断章を手に入れることで選択肢が増えますよ。現状はこれだけですね』


「メタモルフォーゼ、レビテーション、フロート……これだけ? これでどうやって戦うの?」


『知恵と工夫で……!!』


「魔導書なのに根性論!! だけど、手持ちの札でなんとかしていくしか無いよなあ……」


『断章は世界各地のダンジョンに散らばっています。七人のアバズレどもが魔導書を奪い合った結果、大部分が散り散りになってしまったのです。カスどもが』


「たまに口調怖くなるね。そうか……つまり、俺はダンジョンに潜らないといけないわけね。なら、せっかくだからダンジョンでの冒険をマネタイズしたいな……。やっぱ、ダンジョン配信しかないか!」


 面白くなって参りました。

 明日から会社だが、休憩時間を利用して今後の活動計画を立てていかねばな……。




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