第10話 迷いの森

「すごく適当に言ったのに、信じてくれたね」

「琉綺を救世主だと、まだ思ってるのか⁈あの馬鹿ども!魔素をなくす魔道具なんて、この世にあるかよ!あっても破壊するに決まってるだろ」

「魔人に魔素は絶対要るよね」

「そうだよ、無くすわけない」


僕達はつまり、王子に出鱈目言った。本当の目的はノキアが呪われてる前提で解呪の魔道具を貰いに、もしくは買いに行くのだ。

「エルフの里に呪いを解呪する魔道具は本当にあるの?」

「うん、多分な。魔道具と呪いは、エルフの得意とする分野だからな」

「信じたからね、その言葉」


「ああー、何で、また、俺等は人の用事で出かけんの?」

「まあまあ、城から普通に出られたから、良しとしようよ」


僕達はまだ城下にいて、僕の希望により、カフェでケーキと紅茶を頂いていた。

「エルフの里の場所って遠いの?」

「そんなに遠く無いけど、なんせその前に『迷いの森』を抜けて行かなきゃなんねえ」

「迷いの森?うわー嫌な感じ。どんな所なの?」

「そのままだ。一心にエルフに会う事を思ってないと、迷う」


僕はゴクっと音を立てて紅茶を飲み込んでしまった。喉が熱い。

「そんな集中力無い。迷ったらどうするの?」

「死ぬまで彷徨う」

「えっ⁈」

僕が喉が熱かったのと森の怖さにアワアワしてるとイルマが吹き出した。あっ、また騙したな⁈


「なんてな!大丈夫、俺等なかなか死なないから。駄目なら出る事を考えれば、そっちは簡単に出られる。基本的に来てほしくないようだ」

「脅かさないでよ!それで、この後行くの?」

「そうだな、お付きの人もヤキモキしてるみたいだし」

「お付きの人?え、誰か付いてるの?」

「違うよ、俺等がちゃんと行くかどうか見張ってるんだよ」

「なんだ、それならいいや。どうせ迷いの森まででしょ?」


イルマはケーキの最後の残りにフォークを突き刺した。

「そうだろな。はい、あーん」

そのままフォークを僕の前に持ってきた。

「恥ずかしいよ、バカップルみたい」

「何それ?おれはしたいことをするの!」そのままにするので、僕はやむ無く口に入れた。

僕はもう食べてしまったので仕返しできない。悔しい。


「さあ、あいつに馬車の手配してもらおう。琉綺、呼んで」

イルマは少し離れたテーブルに居た僕達同様ちょっとこのカフェにそぐわない人を指差した。確かに姿勢も良すぎる。

「お付きの人」

「こんな近くに居た!」


僕はちょいちょいと手招きした。

最初目を逸らしていたが、僕達がじっと見てると、諦めたようで立ち上がって、すごすごとやって来た。

「ちゃんと行くからさ。折角なら、幌馬車と御者の手配しといて。食料は僕達はあまりいらないけど、お菓子と果物中心で。付いてくるの迷いの森まで?ならよろしくね」


お付きの人、つまり監視人は「かしこまりました」と言ってカフェの外へ出ていく。

あれ、僕達の監視はいいのか?と思ってると店を出てすぐ帰ってきた。外にもいたんだ。

戻ってきて、残りのケーキと紅茶に手を付けてる。余裕だな。


「ねえ、後で、表通りの屋台の買い食いしようよ。串肉美味しそうだった。ハンバーガーみたいのもあった。甘い物の後辛い物食べたい」

「まだ食べるの?」

「だって当分食べれないし」

食べる必要は無いが、満腹感がないので、興味の向くまま食べたくなる。まだ人間の感覚が残ってるんだよなあ。人間界に来たから、余計人間部分に引きずられてる。


表通りで買い食いしてると、傍にいた監視人がよそに手を振った。

もう1人の監視人らしい。

「ご用意が整ったようです。馬車置き場まで行きましょう」

「ありがとう」と言いつつ僕はその通りで、最後にクレープを買って付いて行った。


幌馬車は馬一頭引きで小さめだった。中はクッションと毛布が幾つか有り、端に食料が入った木箱、水樽、テントみたいな布と木が置かれていた。

空いたところに座ると、イルマは僕に膝枕を強要した。



旅は順調で僕は時々魔石を飴代わりに舐めたり、血を吸わせて魔力を貰ったりしながら移動していく。

僕も犬歯が少し伸びてきたので、思い切って許可をもらってイルマの首筋を噛んでみた。

「ふふ、くすぐったい」

深く噛めず、ちょっと血が出てきたので舐めた。

「え、美味しい!」


ちょっと甘くて、魔力もダイレクトに伝わってくる。

傷口に合わせてガジガジ噛んで滲み出た血を吸ってたら

「もう、我慢できない!」

と離された。

くすぐったくて耐えられなかったそうだ。


「良かった」

イルマは僕の頬にキスして服の襟を直した。

「人間の食べ物が良いから、ずっと人間と居るって言われるかとヒヤヒヤした」

僕はちょっと面食らって

「食べ物で釣られないよ!」

と否定した。

次々食べてた僕を不安気に見つめていたのは、食べ過ぎを心配してたんじゃ無かったのか。


「お兄さんは、何故人間界に来て、人間の肩を持つんだろ?」

「オヤジと喧嘩したんだろ。魔王の後継にってうるさく言うから。次は違う公爵家かもしれないのに」

「お兄さん、強かったんだろ?だから魔王様も期待したんだよ」


「でも、人間の女押し付けられて、子供まで!」

「あ、行く前に会いたかったな。元王女様と子供。2人共美人だから、子供も可愛いだろな」」

「どうでもいい」


ずっとやる事なくダラダラしながらも、時々はイルマは僕と飛んでくれて、良い気晴らしになった。 

相変わらず羽は出ないけど、羽が出ると思われる場所は意識すると暖かくなる気がする。

もう少しと思いたい。


そして7日後、ようやく迷いの森の入り口に着いた。

長かったと思いながら馬車から降りて伸びをした。

「ここまでありがとう。後はまかせて。皆様によろしく」

監視人達は素直に帰っていった。

皆僕が言うとすんなり言う事を聞いてくれる。暗示が効いてるのか、救世主効果なのかわからないままだ。


「琉綺!気合い入れろ。絶対辿り着く!」

「頑張るよ!エルフにも会いたい」

僕はやる気満々で森の中へ、イルマの後について行った。

イルマは里の位置が大体わかるようで、木の間を曲がりつつ一方向へ進んでいく。

ただ、木の根が張っていて平な所が少なく、僕はしょっ中躓き、こけかけてはイルマに助けられた。


だから大幅には進めず、僕は早々に音を上げて休憩を取ってもらった。木にもたれて、カバンから出した水を飲んだ。水うめえと、ふーっと息を吐いて目を閉じた。



気がつくと、僕は王都通りの真ん中に立っていた。

あれ、いつの間に?もしかして、油断して考えてしまった⁈こんな所まで戻されるの⁈

「イルマに怒られるだろうな」ため息が出た。


「あんた、今どっから現れた?」傍で野菜を売ってた屋台の男が驚愕の目でこちらを見ている。

「え、とですね。僕は」

「こちらでしたか!申し訳ございません。城に合わせたはずなのにずれてしまって」

城で出会った神官と同じ格好だが、だいぶ若い男が走ってやってきた。

あんなに裾が長いのによく踏まずに走れるよな。


「救世主様、よくいらっしゃいました。城で皆様お待ちかねです。さあ、行きましょう」

「いや、僕は救世主ではありません。人違いです!」

言ったのに何人も騎士みたいな人たちがやってきて腕を取られ連れて行かれ、馬車に押し込められた。

城に着くと、大広間まで引っ張られ、既にいた大勢の身なりのいい人達に拍手された。


「貴族の皆さん、この方が我が国を救いに異世界からやってきたお人です。この方を中心に、魔王討伐隊を編成し、送り出す所存です」

僕が振り返ると、ゲームのテンプレみたいな勇者御一行が現れた。勇者、戦士、格闘家、アーチャー、魔術師、ヒーラー。

先頭の勇者は、ノキアだ!魔人が魔王を倒すの?しかも実のお父さんだよ?

ん?僕は何だ?何もできんぞ?

「あなたは味方の全ての攻撃の威力を上げ、敵の攻撃を防ぐお役目で…」

「いやいやいや、そんなのできるか!僕は単に異世界から迷い込んだ一般人だ!」


「何をおっしゃる!しかも報酬は思いのまま!あなたを人間に戻すこともできます」

「え⁈イルマはできないって」

「そりゃ、あの吸血鬼はお気に入りの餌を見つけたんだから、離しはしないでしょう」

「お気に入りの餌…そんな、イルマは僕に一目惚れして、伴侶として望んでくれたから」

「口では何とも言えます。我々にお任せ下さい」

そんな、イルマが嘘を?まさかそんな、嘘だよね、イルマ、僕は餌代わり?


「違う、琉綺!お前は俺の番だ!伴侶だ!」

「イルマ、僕は人間だよ?無理に魔人にしちゃったけど、僕1人でも、人間界なら生きていける。手放したって良いんだよ」


「行くな、琉綺!頼む、目を覚せ!俺を助けろ」

助けろ⁈僕がイルマを?そんなのまだ無理だよ。

「琉綺!早く!指輪に『離れろ』って祈れ!」

声はだんだん遠くなるが、僕の意識は急激にはっきりしてきた。


「イルマ!!」

目を開けて飛び起きようとして、何かに拘束されていた。

「え、何これ⁈イルマ?」

木の枝みたいなのがつる状になって全身巻き付いている。

まだ自由のある頭を多少動かしたが、イルマの姿が見えない。

「やっとか!上だよ…」

見上げると遥か上に木の枝にキツく巻かれたイルマらしき影があった。

「俺達、森の迷いに捕まってたんだ。そこを、この木の魔物に!」

「これ、魔物⁈ちょっと待ってて!」

僕は指輪を意識するよう集中した。魔力が膨れ上がるイメージがする。よし、今だ!


「離れろ!!」


バキバキッと砕ける音がして、僕を拘束していた木の根や枝が爆散した。わあ、凄ーい。

「イルマ!脱出できた!イルマは?」

「クソッ、魔力吸われてて、集中できない。気を失いそう」

直後にイルマの意識が途切れた。

「イルマ!!!」


早く助けないと!行かなきゃ!


僕は再び集中した。今度は背中に魔力を集める。

羽だ!羽を出す。

イルマの美しい黒い羽を想像したら肩甲骨の辺りが熱くなってきた。

「イルマ、今行く!」

背中が引っ張られる。


羽が出た!やった!

背中から何かが出てくる違和感に震えたが、それどころではない。

それを動かすと、腕を動かす様に自然にできた。身体が浮き始めた。

自力だけじゃ駄目だ、風を使わないと。


何故かそれも自然にできた。呪文とか魔法陣とかわからないけど、風が起こり、上へ飛んでいく。

直ぐにイルマの所へ着いた。巻きついている枝の色が赤く変色している。イルマの魔力だ!


僕は猛烈に腹が立って、それに手を置いて

「離せ!!」と怒鳴った。

今度は爆散せず、細かくなった。落ちてくるイルマを受け止める。

少し気が抜けて、一緒に落下し始めたので、慌てて羽ばたいた。


ようやく地上に着いたら、まだ動いてた魔物を細かく切ってやった。

座ってイルマを抱きしめると、いつもより肌が冷たく、顔色も悪い。

イルマの半開きになった口にキスして魔力を送り込むイメージをする。


少しすると、舌を絡められた。

「んんっ」唾液が出たが、残らず吸われる。

イルマの両手が僕の頬を包んだ。

僕は我に返って口を離すと、イルマはチュッと唇に軽くキスしてきて笑った。


「良かった」涙が出てきた。

「お前の羽、綺麗だった。魔法もできたし。さすが俺の番、愛してる」


僕達は横になって抱きしめ合いながらキスした。

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