第8話 遭遇

「魔獣⁈魔獣って僕達にも危害を及ぼすの?」

「当たり前だ。奴等に魔人と人の区別はついて無い。御者に言え。駆除するから、早く逃げろって」

「イルマも気を付けて!」

「大丈夫、琉綺はいざとなったら、指輪を使え!」

イルマが馬車から離れていった。


僕は慌てて前に座っている御者に声を掛けた。

「魔獣だって⁈本当か?ここ何年も見た事ねえぞ⁈」

「イルマが駆除に向かいました。僕達は急いでここを抜けましょう」

御者は頷くと、馬に鞭を入れた。


僕が幌を捲ってイルマの行った方を魔力を使って見ると、うまく誘導しつつ、魔獣を一匹ずつ着実に仕留めている。

ただ、数が多い。


僕は嫌な想像をしてしまい、頭から振り払った。

「魔獣から攻撃を受けませんように、魔獣への攻撃が当たりますように」

僕は効果がないと知りつつも指輪に祈り続けた。


お互い離れてしまい、さすがに見えなくなった頃、馬車の速度がガクンと落ちた。

「駄目だ、馬が限界だ」

御者が悲痛な声で叫んだ。


僕は周囲を見ると、イルマと魔獣が近付いてきている。

いや、魔獣をイルマが追いかけているんだ。

あ、やっつけた。

そんなイルマと目が合った気がした。


「琉綺、前だ!前からやって来る!」

僕はハッとして御者席へ行った。

遠くから5、6人の集団がやって来ていた。

明らかに人相が悪い。それだけでは無い違和感がする。


「「魔人だ!」」

イルマと僕の声が同時に答えを言った。

え、なんで?

「琉綺、人間界にも魔人はいる。それにハーフはこっちでも生存できるんだ」


「魔人なら僕が前に出るよ。指輪があるし、話し合いとかで」

「駄目だ、近付いた時点で攻撃される。中に居ろ!すぐ行く!」

だが、魔人達はあっという間にやってきた。


後ろから他の客を逃がそうとしたが、すぐ囲まれた。

御者は引き摺り下ろされ、僕達は一人ずつ後ろから出るように言われた。

勿論,みんな嫌がっていたら、中に2人入ってきて一人ずつ降ろされた。


降りた乗客は後ろ手に縛られてしまった。僕は前にいたので最後だった。

二人が僕に降りるよう脅した。

僕は指輪の力を使おうか迷ったが、取り敢えず外に出てからだ、と従った。

下に降りると他の乗客と同じように縛られた。


馬車の中に残っていた二人は、乗客の荷物を乱暴に社外に落とした。

乗客は悲しそうにその様子を見ている。

僕もつい気を取られたが、端にいた乗客の後ろに居た魔人の盗賊が、剣を構えて、その客に振り下ろすのを見た。


「危ない!」僕は咄嗟に叫んだ。

指輪が熱くなり、振り下ろされた剣はキイン、と硬質な音を立てて弾かれた。

「何だ⁈」

剣を持った男は尻餅をついていた。


やった!と思ったが、その後酷い脱力感がやってきた

「え?」

立っていられなくなって膝を着いてしまった。

『もしかして,魔力切れ?』

ここは人間界で魔素が少ない。僕はまだ魔力使いが下手くそなので、有り得る。


魔力を補充するための魔石は、カバンの中だ。1個ぐらいポケットに入れておくべきだった、と後悔してももう遅い。


イルマが凄い勢いで戻って来た。

「お前ら、盗賊やってんのか?」

馬上から絶対零度級の威圧をかけながらだ。

「これは、これは王子様。ごきげんよう。いかがなされた?」

違う魔人が答えた。


「お前らみたいのが居るから困るんだ、この恥晒しどもが!」

「俺達はあそこが嫌で出て来たんだ。王子様には関係無いだろう?」

「ああ?オヤジの評判に関わるんだよ!盗賊するくらいなら、帰れよ!」


イルマは馬から降りて、僕を助け起こしてくれた。

「面目ない、調子に乗りました」

「だから、止めとけって言ったろ!」

口調はキツかったが、魔力が柔らかく流れてきた。ツンデレだ。


ギャ!


馬車の先頭にいた魔人が変な声を出して倒れた。

その背中に矢が刺さっていた。


「また誰かやって来たぞ!」

イルマが目を凝らした。

そんな遠い距離から狙えるんだ。

盗賊達は慌てて僕らの荷物を拾って逃げようとする。

「あ,カバン!」

あの何でも収納できるカバンは、やるのが惜しい。

「これ?」イルマはニンマリと手を持ち上げるとその先にカバンがある。

「いつの間に」

「このカバンは絶対持ち主の元に帰って来るんだ」

僕は安心してカバンを受け取った。

「全財産が入ってるから、良かったよ」


そうしてる間にも、次々矢が飛んできて盗賊達が倒れていく。

不意打ちを喰らった魔人以外は矢を消そうとしているみたいだが、逆にどんどん刺さっていくので、魔法がかかっているようだ。


「皆さん、無事ですか?」

前方から新たに来た人達は、かっちりとした騎士のような服を全員身に付けていた。

先頭の人は矢筒を背負って弓はそれに引っ掛け、剣を出して降りてきた。

癖のある金髪を短く切っていて、赤茶色の瞳をしている。

身長は190センチくらいありそう。

彼は逃げようとした一人に一瞬で詰め寄ると後ろから袈裟斬りにした。


声を掛けたのはその後ろにいた人で、ストレートの銀髪を後ろで一つに括っていて、青い瞳、身長は僕と同じくらいだから175センチかな。


二人共超美形だ。僕が見惚れてると、後ろから殺気がした。

イルマだ。

しまった、と後ろを振り返ろうとしたら、横を通り過ぎた。

「何してんだよ、兄さん、こいつら魔人だぞ」


「え、お兄、様⁈」

思いがけないところでの遭遇に、僕は改めて金髪の長身の男を見上げた。

体格は魔王様に似ているが、顔はイルマと魔王様それぞれ似たところがある様な。


「イルマか、久しぶりだな。魔人の盗賊団は前から問題になってた。すぐ人間を殺すから」

お兄さん、確か…ノキア、は剣を振って血を落とした。

ノキアに付いてきた他の隊員?達が残りを始末している。


「全員殺すのか?」

イルマは信じられないと目を見開いた。

「魔人の悪人はその場で全て殺していいんだ」

何の感情も無く当たり前のように言った。

「いくら何でも冷酷すぎないか?せめて話を聞いてからでも遅くないだろ」


「悪人に情けはいらん。その人は?」

ノキアに目を向けられ、僕は緊張しつつ言った。

「初めまして。琉綺・水面杜と申します。イルマの婚約者です。でも元人間で、イルマに吸血鬼の魔人にしてもらいましたけど」

「そう、だな。イルマと魂を共有している。お前、人間界の住民には見えないぞ」


「え、わかります?実は僕、こことは違う世界から、やって来たんです。嘘みたいですけど、本当のことです」

「異世界、から?」

「はい、そうです。それで」

イルマと会った経緯を言おうとしたら、ノキアは腰にぶら下げてあった手錠を取り出した。


あれ、盗賊は全員殺したんじゃなかったっけ?と思ってたら、ノキアはそれを素早く僕にかけた。

「え、何で僕?」

「てめえ、琉綺に何しやがる。早く外せ!」

イルマが怒鳴ってノキアに詰め寄ると、ノキアはイルマの首に剣の先を当てた。


「異世界人は保護されなければならない。お前の勝手にはさせられない」

「はあ?琉綺はもう俺のもんだ!そっちこそ勝手な事言うな!」


僕は動揺したが、手錠を外そうと指輪に魔力を込めようとして、魔力が切れてたのを思い出した。

しかも、その少なくなった魔力、これ吸ってるよ!

「イルマ、これヤバい、魔力吸われてる」

僕は再びふらついたら、ノキアに抱え込まれてしまった。腕を外そうにも全くびくともしない。


「琉綺!畜生!どうしてこんな事するんだ!」

「お前も付いて来い。城へ行く。暴れたら、この方の足にも付けて良いんだぞ」

「イルマ、ごめん、逃げて!」

僕は必死に言ったが、イルマは首を振った。


「お前を置いて行けない。それに兄さんには勝てない」

「そんな」


ノキアはイルマにも手錠をはめた。


勝手に、カバンの中に手を入れて、小さめの魔石を一つ掴み出すと僕の口に押し付けた。

「口の中に入れておけ。少しは楽になる。そのままだと気を失うぞ」

僕がためらってると、イルマも同意したので、口に入れた。


飴みたいに魔力が溶け出していく。本当は今にも気を失いそうだったのが少しマシになった。

が、とても足りない。現状維持以下だ。

「逆らわないから外してください」

僕は弱々しく訴えたが、素気無く却下された。


御者と荷物を取り返した乗客は解放されたが、僕はノキアと一緒に馬に乗せられ、イルマはまた騎乗してノキアの後ろにつき、ノキアの隊員の一人が、馬車を護衛しつつ、一行は出発することになった。


そのまま王都まで一緒に来て、僕達は乗客らと別れて、城へ連れて行かれた。

道中僕は馬上でも何度も眠ってしまい、落ちそうになったので、ノキアの身体に括り付けられてしまった。

余計逃げられないし、逃げる気力も無かった。

僕はイルマと抱き合う夢を何回も見て、起きる度に失望した。


「琉綺、しっかりしろ!絶対助けるからな!」

とイルマに言われて、かろうじて頷いた。

「お前の助けはいらん。後は人間に任せればいい」

と言われて大激怒していた。




王都はさすがに最初の街の比では無く、とんでもなく街の広さが違った。城は見えているのに一向に近付かない。

前の街では見なかった三階建の建物が立ち並び、商店が軒を連ね、市場も見えた。

普通なら喜び勇んで見て回るのに、気力が湧かず、かろうじて、精一杯薄目を開けて眺めているだけだ。


やっと入り口の門から一番遠い城に着いた時にはほとんで寝ていた。

城は大きく優美で、おとぎの国に出て来そうな作りだった。

高い尖塔がいくつも突き出ていて、それをなだらかな瓦葺きの様な屋根がつないでいる。


正面の三階に大きな窓とバルコニーがあり、何かの時に王族がここに立って皆に挨拶するんだろうな、とぼんやり考えていた。


僕は、ノキアに抱えられて、どこをどう歩いたかわからなかったが、客室のある棟の一室に入れられた。中には魔導士と呼ばれる魔法を使える人、外には兵士が控えてると言われた。


手錠はやっと外されたが、僕の魔力は自力では回復が遅く、イルマに頼っているので、現状動けないのは変わりなかった。


僕達は部屋を一緒にして欲しいと懇願したが、それも受け入れられなかった。

ノキアは僕達が繋がっていると知っているのに。


夜になって食事が運ばれてきたが、食べる気にならず、起き上がることができるようになって、やっと紅茶だけ飲んでいた。


ぐったりしてるのに、風呂は侍従らしき人が手伝って入れられた。

全部洗おうとするので前だけは死守したが、上がったら余計ぐったりしてしまい、水を飲んで、頭を拭いてもらったら、もう目を開けていられない。


フラフラでベッドに入ると、あっと言う間に寝てしまった。

イルマのことは大いに心配だったが、自分のことすらできない状態だった。

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