第6話 親族の家に寄ってみた。 結婚式は全員参加!?

帰りに、通り道なのでこの前突っかかってきた娘のいるルシフェル公爵家に寄ると言われた。

イルマが小さい時に両親(魔王と魔王妃)が激しい夫婦喧嘩をしょっちゅうして危険を感じた為、逃れて何年かいたそうだ。

その頃からの親しい付き合いで、イルマ曰く「プライドが高くて調子に乗った女」らしい。


僕は躊躇いもあったが、イルマの過去を知るいい機会だと思い、反対はしなかった。

近くを通るのに寄らないと、また文句を言われるのも怠いから、とイルマは言い訳がましい。


多分向こうの親達には懐いていただろうと推測する。絶対言わないだろうが。

婚約式の時も、うちの娘がごめんね〜と言ってたけど、和やかな雰囲気だった。うん、いける。


ルシフェル公爵は穏健派で、魔王とも仲が良く、魔王妃との喧嘩で真っ先に兄とイルマを救出した。決めたのは公爵夫人が先だったらしい。


イルマは、その頃にはすっかり捻くれていて、いつも逃げ回って言うことを聞かなかったらしい。

魔王夫妻が魔法で雷を出し合い、目の前で落ちたショックで、命の危険を感じ、何も信じられなくなったそうだ。


どんな夫婦喧嘩だよ!


居間に通されて、お茶とお菓子をご馳走になったが、自称婚約者だった少女ルビーと、その兄のガーネットが現れなかった。


「ルビーは急に具合が悪くなったの。魔力欠乏を起こしていて、何故か直らなくて。みんなで交代で魔力補充をしているの。今はガーネットがやってるわ」


吸血鬼で魔力欠乏はキツそうだ。

「あとで見舞いに行っていいですか?」

「ええ、ルビーは起きないかもしれないけど、ガーネットが付いてるわ。夕食はガーネットも呼んでくるわね。今日は泊まって行きなさい」

伯爵夫人はにっこり笑った。

「え、いや、もう帰るよ」

イルマは素っ気無く言った。

「泊まって行きなさい。あなたの部屋はそのまま残してあるわよ。ベッドは大人用に変えたけどね」


夫人の有無を言わせぬ迫力で、イルマは押されて嫌々ながら了承してしまった。

僕はイルマと部屋にカバンを置いて、着替えてからルビーの部屋に行った。



ところが、ルビーの部屋に着いて、イルマの後ろにいたはずなのに、ドアを開けると僕は頭を片手で掴まれ、部屋の中へ引き摺り込まれた。


部屋に入ると眩暈がして頭を掴まれたまま、その主の胸に倒れ込んだ。

見上げると、灰色の髪で赤い目の男が無表情に見下ろしていた。


強く抱きしめられ、首筋の匂いを嗅がれた。「え、歓迎のハグ、じゃないよね」

頭の中は危機感で一杯なのに、何故か身体が動かない。

先に入ったはずのイルマの気配がしないのも、おかしい。

「イルマはどこ?」普通に言ったつもりが囁き声にしかならない。


「確かに、甘い匂いがする。この子のなら効くかもしれない」

何の事だろう、え⁈

襟元のボタンが外されていく。


「ルビー!噛む気力も無いのかい?」

あの子の名前はルビーと言うのか、ん?

『噛む?』

「仕方無い。僕が代わりにするよ」

え、噛むの?止めて!!

嫌だ!イルマ以外噛まれたくない!


「ガーネットぉぉお!何すんだ、てめえ!殺ーす!」

地獄の底からのような重い声が聞こえた。


ぼんやりしていたのが一気に覚醒した。

「イルマ、助けて!」

よく分かっては無いが、後ろを向いて咄嗟に両手を前に伸ばした。


目の前の何も無い空間から両手が出てきた。

すぐ掴んで思い切り引っ張ると、イルマが現れた。

すぐにガーネットから離され抱き込まれた。

「亜空間に閉じ込めやがって!無事か?琉綺」

「大丈夫、まだ何もされてないよ。血を吸おうとしてた」

イルマは手のひらを上に向けて、その上に炎を出した。


「伴侶の血を勝手に吸っていいと思ってんのか⁈ 」

「欲しいって言ったら許可くれる?」

ガーネットは薄ら笑いした。

「そんなの、やるわけねーだろ!!黒コゲになっとけ」


僕は慌ててイルマの手を掴んだ。

「駄目だよ、イルマ!ルビーさんが具合悪くて寝てるんだ。まず話を聞こうよ!」

次はガーネットの方を向いた。

「あなたも、有無を言わさず相手を操るな!吸血鬼の口は血を吸うことしかできないのか⁈」


「…いや、話せる」

ガーネットは力無くルビーが眠るベッドの端に腰を下ろした。

僕がイルマをキッと見つめると「わかったよ!」と炎を消した。


「琉綺の元だけど人間の血と魔力は、ルビーの魔力欠乏に治癒の効果があるかもしれない。ずっと苦しんでるのを見てたから、つい試したくなった。ごめん」


「なんだそれ⁈そんな不確定なことに琉綺を使うって?ふざけんな!!」

「まあまあ、それならそうと言ってくれれば、協力したのに」

「はあ?聞く必要全くねえよ!」

「イルマ、幼馴染なんだろ?それに、イルマはここでお世話になったんだから、恩を返そうよ」


僕は襟元を緩めた。

「ガーネット、いいよ、試して」「おい!」

「いいんだ」

ガーネットは泣き笑いの顔になった。

「元人間はお人好しだな」


「クソッ!ガーネット!ちょっとだけだぞ!」


いつもと反対側から吸ってもらうことにした。

「ごめん、跡残らないようにするから」

僕→ガーネット→ルビーに口移し、とやってみた。

ガーネットは治癒魔法は得意らしく、傷はたちまち治った。

それなのにルビーの魔力欠乏には効かなくて焦ったらしい。


「「良くなってる」」

二人が大声で言ったので、驚いてルビーの様子を見たが、僕にはよく分からなかった。

でも、二人が言うのだから間違いはないだろう。


ガーネットは公爵を呼び、夫婦は急いでやってきた。

二人にも見てもらうと、ルビーは目を覚まさなかったが,だいぶ良くなったらしい。魔力が溜まるようになってきたそうだ。

僕は少量で済んでほっとした。全部抜かれるのは勘弁してほしいからね。


「琉綺の血の事は絶対秘密だかんな!言ったら八つ裂きにしてやる」

とイルマは怒りまくっていた。


夕食は超豪華だった。

スープはコンソメで、いろんな野菜の味がした。パンはフワッとしたものや固いものまで、いろんな味が揃っていた。サラダのドレッシングも美味しいし、メインのステーキは(何の肉かは訊かない)柔らかくてジューシー、付け合わせの野菜さえ美味しい。

デザートのチーズケーキとブルーベリーアイスクリームも絶品で、おかわりしたった。


紅茶を貰っていたら、侍女が入室を求めてきた。

「姫様がお目覚めになりました」

イルマ以外が立ち上がった。僕はまた座ったが、公爵夫妻とガーネットはルビーの部屋へ行くと、そのまま出て行った。


「良かった。僕の血が役に立って」

「ふん、今度具合が悪くなったら、また呼ばれるぞ!」

「少しだったらいいよ。イルマがお世話になった人達だもの」


侍女がルビーが来て欲しいとおっしゃってると呼びに来た。

面倒がるイルマを引きずるように連れてった。


ルビーの部屋に案内されると、泣いていた伯爵夫人は僕を見ると飛ぶように来て抱きついた。

「ありがとう、ありがとう琉綺さん!」

「僕なんかでお役に立てたなら、嬉しいです」

「こんなに早く良くなるとは」

公爵からも深々と頭を下げられた。


恥ずかしくなってきてルビーの様子を窺うと、顔色が若干良くなったルビーがガーネットに背中を支えられて身を起こしていた。

「ルビー、琉綺が血を分けてくれたんだ。そしたら魔力欠乏が止まったんだ。彼の血には特別な作用があるようだ」

「ふーん、余計な事を。放っといても自然に治ったわよ!」

これがこの子の通常態度なのか。


「何言ってんだ。婚約式の時も具合悪かった癖に、俺に文句言うためだけに来たんだろう⁈」

イルマがからかって言うと図星だったようで,口を固く引き結んだ。

「そうだったんだ、顔色悪かったもんね」

てっきり吸血鬼だから、そんな顔色なんだと思ってた。偏見だった。


「気付かれてたなんてカッコ悪。はあ、でも、楽にはなったわ。琉綺さん、ありがとう」

「二度とやんねーからな」

「あんたには言ってない」

「もう、喧嘩しないで。まだ寝といた方がいいよ」

僕はイルマの口を押さえた。

「そうするわ。みんな出て行って」

ルビーはガーネットの腕を押して離すとベッドに潜り込んだ。


「もう、ルビーったら!御免なさいね、どうもうちの子達素直じゃなくて。もう一回お茶をお入れしましょうか?」


「すみません、やっぱり疲れたみたいなので、休みます。イルマは」

「俺も行く。血を抜かれた分、魔力補充するから」


「ごめん、ほとんど無理強いだったよね」

ガーネットは元気無く言った。

「大丈夫、また何かあったら、まず言ってね」

僕達はルビーの部屋の前で別れて、イルマの部屋へ下がった。


二人になると急に身体が怠くなってきたが、風呂に入りたかったので、見ると大きなバスタブだったので一緒に入ってもらった。

でも、途中からうとうとしだして、結局イルマに全部洗われた。


ベッドに入るとどっと疲れがやってきた。

「綺麗に治ってるな。噛まれたとこ」

「ガーネットの治癒魔法?」

噛まれたところをそっと撫でる指が、くすぐったいけど気持ちいい。

「あいつ、治癒魔法は昔から得意だった」

お互い向かい合って抱き合った。

「噛まれるのは嫌だったな。イルマが一番気持ちいいよ」

僕は精一杯心を込めて言った。

「眠い?」イルマに訊かれて僕はもう答えられない程眠かった。

軽くキスされた、と感じたが、不甲斐なくもそのまま寝てしまった。




次の日、家族総出のお見送りを受け、イルマは最大限飛ばして、やっと宮に帰って来た。少し離れただけだし、宮では寝てばっかりいたが、それでも懐かしささえ感じる。


僕はイルマとお茶しながらも指輪をうっとりと眺めた。

最初に使えたのは蜘蛛の糸を溶かすという地味な魔法だったが、魔法は魔法。僕に使えたことが重要だ。

これからどんな魔法が使えるか楽しみだ。

ただ、発動はするけど維持するのは僕の魔力なので、いざと言う時のため練習はしたい。


これから一年後の結婚式に向けて、より一層完璧な吸血鬼を目指すぞ!

と心意気をイルマに話すと、笑われた。

「完璧な吸血鬼なんていないよ。飛べても短距離だったり、非力なままとか、長生きしないとか、色々だから、あまり気にしなくていいよ」 


「でも、僕はイルマの伴侶なんだから、相応しい吸血鬼になりたい。あと、烏滸がましいけどイルマを守りたいし」

「ありがとう!僕の妻は健気だなあ」

イルマは席を立つと僕に近付いて頬に何回もキスした。

そのうち

「甘い匂い…美味しそう。ちょっと貰ってもいい?」

と言い出した。やっぱりそうなるか。


血を吸われると眠くなるので、ベッドに入ってからにしてもらった。

服を脱いで布団に潜り込むと安心する。

イルマは城に報告に行くので、服のままベッドに乗っかり、僕の血を吸った。


血を吸われると多少くらっとするが、代わりにイルマの魔力が入ってきて満たされる。布団とは違うふわふわ感に包まれて、やがて眠りに落ちた。


「ちぇ、俺も一緒に寝たいなあ」


今度は吸い過ぎず、口を離したが、琉綺の青白い肌がほんのり赤くなって、艶めいた唇に吸い寄せられるようにキスをした。

「可愛いなあ、煽られるよー抱きたい。でも、今の状態で抱けば、少し無茶しただけで体を壊してしまうだろうな。我慢我慢」


イルマはため息をついて城へ行くためにベランダから飛び立った。



魔王の執務室で、イルマはだらしなくソファーに横たわりながら、向かいに座る魔王に向かって文句を言っていた。

「オヤジ〜、いい加減にしろよ!そういうのは部下にやらせろよ!」

「前からやっている。ただ頑なに承知せんのだ。弟のお前の結婚式なら、戻って来るかもしれんだろう?」

「だから、そう言えばいいだろう、部下に!」

「駄目だから頼んでいるのだ」

「頼む?命令だよ、それじゃ」


「だが、結婚式は家族全員に祝われたいだろう?」

「腹立つなあ、あからさまに嘘っぽい」

「王妃も来るんだぞ」

「え、オカンも来んの⁈」

イルマは驚いて起き上がった。何十年も前に出ていって、思い出しもしないし、顔も忘れかけていた。

「当たり前だ!」


「もう何十年も見てないのに。あ、これを機に仲直りしようとしてるな。魔王の癖に姑息な手段を使いやがって」

「うるさい、もう喧嘩の原因も忘れた。いないと不便だ」

「向こうは忘れてないと思うけどな。素直に寂しいと言え。だから逃げられんだ。」

「…」

「その上、俺に『ママ〜帰って来て〜』とか言わすなよ。それは絶対に嫌だからな」

「…」

「おい!!!」

「そっちは何とかする」




城から戻ってきて僕を起こしたイルマはベッドに乗ったまま憤然と言い始めた。

「でさ、結婚式の為に、わざわざ兄貴を連れ戻しに人間界に行けとか。ふざけんなって言ったけど、仕方ない。俺も兄さんに久し振りに会いたくないことも無い。ついでに琉綺も一緒に来るか?」


僕は違う言葉に反応した。

人間界。

そう、僕はここに来て人間を見たことがない。


吸血鬼とドワーフと獣人、蜘蛛の魔人(蜘蛛旦那は頑張れば人間型になれるそうだが、アラクネも新婚の時だけしか見たことがないから、忘れたと言ってた)その他谷にいた魔人達。


「是非、連れてって!また運んでもらわなきゃ行けないんだけど、それでも良いなら。人間に会ってみたいし」

イルマは口を尖らしてから言った。

「嬉しそうだな。人間界で人間に心変わりするなよ。番解除はできねーぞ」

「そうなんだ。浮気なんかしないよ!こっちの世界の人間を見たいだけ。だいたい番解除できないのなら、どうやって浮気するの⁈」

「わかんねーよ、人間のやることなんか。俺の親だって、番とかでも浮気し放題だしな!」


イルマはプイッとそっぽを向いてベランダから飛んでいってしまった。


「え、イルマ?」

知り合って間も無いから、僕への信頼はまだ薄いのか。こればっかりは実績の積み重ねしかない。

僕も露骨に嬉しがったしな。

ベランダから見えるピンクの空をを寂しく思いながら見つめていた。

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