第5話 結婚準備品

3日休むとしたのに、気付けば10日ほど経っていて、ようやく僕達はドワーフの谷へ出発した。

相変わらず運ばれていますが、何か⁈


前よりは遠くて、本当は休まなくて平気らしいが、吸血鬼初心者の僕は眠りを必要とするので一回野宿した。


大地に横たわると魔素らしきモノをすごく感じる。

僕はそれを遮断も受け入れもある程度できるようになった。

ピンク色で薄く存在してる魔素を、イルマは追い払って、わざわざ自分の魔力で、寝ている間魔素をコントロールできない僕を覆ってくれた。

なので僕はいつも通り安心して幸せな気分で休めた。


ドワーフの谷は急峻な崖を川の水が削ってできた所で、川の両岸に鍛冶屋や道具屋、貴金属の店などが建ち並び、秘境の谷だと思っていた僕は驚いた。


これまで城以外で見かけなかった他の種族の魔人も沢山見かけた。

人間ぽい人々もいたが、全て獣人で、彼らは魔素に強く魔法も使える種族だった。


僕らは魔王からもらった紹介状に書かれていたドワーフの店を早速訪ねた。

ドアの上の方が三角のすりガラスになっている扉を開けると壁が一面商品棚になっていて、奥のカウンターで拡大鏡をつけて何かを細工している小さいおじさんがいた。


「今日は。紹介状をもらって来たんだけど」

イルマが入り口で大声で言うと、

「早く入れ、埃が入る」

と無愛想な声で応える。


イルマに続いて僕も店内に入る。ついキョロキョロ商品を見てみると、どれも美しいアクセサリーが紺色の布の上に並べられている。

これは期待できそう、と思っていると、イルマはそのままカウンターのおじさんの前まで行き、カウンターの前の木の椅子に腰掛けた。


「取り急ぎ婚約指輪。結婚指輪と魔法付与のできる指輪4つ。後、ピアスお揃いで4つ。ペンダント、ブレスレット、アンクレット各2つ。魔石は持って来た」


片目に拡大鏡を付けた白髭の小さなおじさん、ドワーフ族らしい、は、やっと顔を上げてイルマを見た。

「紹介は、魔王からね。魔石出していい?」

「ほう、久しぶりだな。アクセサリーにできる品質だろうな?」

「もちろん!ドラゴンから捕ってきた。大きいから、余った分は支払いに充てたい」


おじさんは前に出していたアクセサリーの乗った布を端にずらしたので、僕はイルマにカバンを差し出して、中から魔石を出してもらった。


どんどん並べていくと、おじさんの顔色が明るくなってきた。

薄暗い店内でも明かりを放つそれらを嬉しそうに眺めている。

「よくこんな良いものを、あいつがくれたな」

イルマはバツが悪そうに「まあね」と答えた。


昏倒させて、その隙に奪うのは、やっぱり駄目だったんだ。

僕はジト目でイルマを見たけど素知らぬ振りだった。


「できたら知らせを送る。婚約指輪は1週間後、後は2ヶ月は見といてもらわないと」

「いいよ、婚約指輪はもらって帰る。後は送って」

「デザインは決めてるか?」

「大体ね。詰めていこうぜ、おっさん」

「店主と呼べ。第二王子は口が悪いな」

ふっふっふっとお互い怪しい笑いを浮かべる。

コ、コワイ。


僕もイルマの横に座って紙に書いてきたデザインを説明する。

イルマは装飾を多くしたいし、着ける僕はシンプルなほうがいいし、それは来る前からの意見の相違で、間に店主が入る形で妥協案を示され、それについてまた僕達が話し合い、そうこうしてたら夕方になっていた。


僕達は谷に泊まることにして急いで宿を探した。

遅い時間だったので、何軒か空きが無くて断られた後に、高級宿の一番良い部屋に泊まることになってしまった。


魔石を換金していたので、宿代は大丈夫だったが、気後れするくらい設備が良かった。

下の階がシングル6部屋とダブル2部屋あるのだが、最上階のこの部屋はそれ全部の広さがあった。


広いリビングに白くて四角いローテーブルを囲む8人が腰掛けられるソファー。どっしりとした事務机。美しい透かし彫りが周りに付いた鏡台。ウォークインクローゼット付きの広い寝室。ベッドは天蓋付きで、キングサイズ以上?ダブルのベッドルームが更に2つ。



今夜は一人ずつ入ったが、風呂は大の字になっても余裕で入れる広さで、どういう仕組みかわからんが、ジャグジーがついていた。

快適すぎてのぼせる寸前まで浸かってしまい、イルマは上がってこない僕を心配して見に来たくらいだったが、イルマもなかなか出て来なかった。


夕食も豪華な料理と酒で、大いに楽しんだ。

「ようやく婚前旅行っぽくなったね」

と二人で笑った。


僕が眠くなってきたので、バスローブを脱いでベッドに入ったら余りのフカフカ具合にイルマを誘った。

「すごく柔らかくて、毛布も触り心地最高!早くおいでよ」

イルマは脱ぎ捨てられたバスローブを見て呆れたように言った。


「それ,誘っているようにしか聞こえねーよ?」

う、そんなつもりは無いけど。でも、全裸になって言ってるから、そう取られても仕方ないな。

全裸で寝るのが普通になっていた。


「僕が何でこの大きさのままなのか、考えたことある?」

「へ?変えられるの?」

「当たり前だ」

「じゃあ,なんで?」

「琉綺を襲わないためだよ!」

「えー、そうだったんだ。別にいいのに」最後は小さな声になった。


「何か言った?」

「いいえ、何も」

イルマはニヤついてるから絶対聞こえたはずだ。

「結婚するまで1年あるし、それまでにしたくなったら言えよ?」

「イルマは我慢できるの?」

「俺は血が吸えれば良いからさ。性交は琉綺が俺に近い方が気持ちいいし。一年したら琉綺も完璧な吸血鬼になるから、血を吸い合いながらすると、もう、すっごく良いから」

「そ、それは、楽しみだなあ」

わざとらしい言い方になってしまった。


僕が血を吸われすぎて干からびる未来しか思い描けない。


取り敢えず普通に、いつも通り裸で、寝た。

心地良すぎて最早一人では寝られない。


次の日から谷の店を冷やかしで巡った。屋台通りで買い食いしたりもした。

薬屋でイルマはコソッと謎の薬を買っていた。イルマは「大丈夫」とにっこりしてるが、何の薬か言わないので大いに不安がある。


1週間後に店を訪ねると、店主は「出来とるぞ」

とカウンターの下から小さな箱を出した。

「先に俺が見る」

とイルマがひったくって僕に背中を向けた。

「え、ずるいっ!早く見せて!」

僕は背中に取り縋ったが「後ろ向いてろ!」と抱え込む。


仕方無く折れてイルマに背を向けた。

「どうぞ!」

「お前達仲が良いのう」

「どうも」


「うぉ、すげー!」イルマが叫んだ。

「早くー!」

「うん、こっち向いて」

僕達は椅子に座ったまま向かい合った。

「はい、受け取れ」

イルマはもったいぶって蓋を開けた。


うわあ!

太めのリングは小さな丸い花の付いた蔦が絡み合う模様が入っている。すごく細かい。

そして、メインの魔石は、赤と青の魔石が半分ずつになっていて、それなのに継ぎ目が全く見えない。まるで、元から一つだったようだ。


「凄いよ、店主さん!神業!」


イルマは丁寧な手つきでそれを取り、僕は指を伸ばして構え、はめてもらった。

「すごく綺麗だね」

「うん、手が綺麗になった」

イルマは口の中で何やらぶつぶつ呟くと、僕の手を取ったまま、魔石にキスした。

魔石が淡く光った。


「魔法?」

「うん、周囲からの人や物や魔法の攻撃全部、殲滅させられる」

「怖いよ、どう言う状況さ!」

「琉綺、忘れてるみたいだけど、お前、第二王子妃になるんだから。それに兄が帰って来なければ、俺は魔王候補筆頭なんだぜ?」

「もしかして、僕が魔王妃とか⁈」

「可能性はある」

「えー!嫌だよ!僕元人間だよ?無理に決まってる!」

「早くても100年か200年後だ。その頃には琉綺は立派な吸血鬼だよ。俺は魔王になんかならないけど、周囲が勘違いして潰そうとしてくるかもしれんから、虫避けな」

「脅さないでくれよ!」僕小心者だし。


「俺が付いてるから大丈夫!離れたとしても必ず戻って来る。琉綺は俺のものだ」

「イルマ、イルマを信じるよ」

両手の指を絡めた繋ぎ方をして、お互い段々近寄ってキスしようとした。


そしたら「イチャコラはホテルに帰ってやれ!」

と怒った店主に追い出された。

「気難しい爺さんだなあ!」

イルマは僕の肩を抱いて大通りを歩いた。僕は指輪をチラチラ見ながらの歩行なので危なっかしく思っているようだ。だって素敵な指輪が僕の指にあるからしょうがない。


「指輪取られたらどうしよう」

「大丈夫、指ごと切り離されても、指も含めて戻って来るから」

「うぇ、切り離されないように」


ドワーフの谷での用事は終わった。これで準備は終了だね、と言ったら憂鬱な顔をされた。

「次はアラクネのところだ。結婚式の衣装注文しに行く」

「そうか、衣装いるよね。あ、でも婚約式の時のが有るじゃないか」

「披露宴の出席者が婚約式と同じ顔ぶれだから、衣装変えろってオヤジに言われた」

「一緒でいいのに」

「オヤジのプライドかな」


アラクネの住居はドワーフの谷からは出るが、そんなに遠くないと言われてホッとする。

また、抱っこされて運ばれて行くが、慣れないし恥ずかしいのは相変わらずだ。

道中、式服の色などに決まり事があるのかとか聴きながら、雑談しながら飛んでいた。


「油断した」

「助けてー」

僕達は巨大な蜘蛛の巣に引っ掛かってしまった。透明な糸に気付かなかったのだ。

直前で気付いたイルマが僕を庇って背中から突っ込んでしまい、羽が絡め取られてしまった。



ネバネバして強靭な糸で、ついイルマの羽についたのを取ろうとした手までくっつけてしまった。我、愚かなり。


「琉綺、アラクネ呼んできて。羽にべったり付いちまったの取るの面倒だ。魔法で下手にやると羽が破れる」

「え、僕も取れないよこれ」

「指輪!指輪に祈って!溶かせって!」

「やってみる!」


僕は指輪を見ながら、糸が溶けていくところを想像して言った。


「溶かせ!」


あれ?

僕の身体の接している部分が、ゆっくり下へずり落ち始めた。

指輪が光っている。

「そうだ、そのまま、魔力を出し続けろ」

糸を触っても滑っていく。


魔力を出してる気分では無いが、勝手に漏れてる魔力が上手い具合に作用して、緩やかに落ちて行き、地面から1〜2メートルくらい上まであったので、そこからジャンプで降りた。


「アラクネの家ってどっち?」

「蜘蛛の巣の中心からあっちに真っ直ぐ行ったところ!」

「じゃあ、行って来るから、待ってて…⁈」

僕が見上げて手を振っていたら、イルマが暗くなった。

「うわあ!!イルマ!上!上にいる!」

イルマの頭の上につつーっと黒い塊が滑り降りてきた。


巨大な黒い蜘蛛だった。赤い目が幾つも並んでいて、口を開けている。

「イルマ!指輪に何て言えばいい⁈燃えろとか⁈」

「そっからだと俺も燃えるだろ⁈」


「止めとくれよ!ひとの旦那に!」

僕が半泣きのまま振り返った。


精緻な模様の黒いレースに覆われた、白いドレスを身に着けた、黒く膝までありそうな長い髪と黒目がちなグラマラス美女が立っていた。

「旦那、様?アラクネって」

「私だよ!」


「アリー!これ食べちゃ駄目?」

呑気な声が蜘蛛からした。

「王子食べたら私ら殺されるわよ、馬鹿!」

「早く降ろせ!全部焼き尽くすぞ!!」


「はいはい、今すぐおおせのままに!」

アラクネはスカートの裾を持ち上げると、ハイヒールのままひょいひょい蜘蛛の巣を駆け上がって行った。

イルマの所まであっという間だ。

「全く、何故こんなあからさまな罠に引っ掛かるの?」

「ちょっと油断しただけだ!燃やさなかっただけ、良しとしろ!」


「あー蜘蛛の巣傷んじまうから、馬鹿がまたやり直すって言うよ?時間かかるのに!」

アラクネは言いつつ、イルマの身体と、それについている糸を触ると、僕の時と同じように緩くなっていく。

瞬く間に身体から離れ、イルマは空中で羽をバサバサ早く動かして、糸の残骸を振り払い、僕の横に降り立った。


アラクネは手から糸を出すと、巣の糸に付けて伸ばしながら、優雅に下に降りてきた。

さすが蜘蛛女。

「アリー、お腹空いたよ」

「はあ?いい加減巣から降りて取りに行ったらいいだろう?」

「アリーが冷たい」

「こっちは来客で商談だ!自分で何とかしな!」


「家はこっちだよ。付いて来な」

アラクネは旦那には目もくれず、にっこりしながら言ったが目が笑ってない。

僕達はおとなしく付いて行った。

蜘蛛の旦那は反対側にある森の奥へ泣き言を言いながら入って行く。


こじんまりとした、どう考えても蜘蛛旦那が入るサイズでは無い家に案内された。

中に入ると、白いレースのカーテン、タペストリー、テーブルクロス、と見事なレース刺繍が目に付く。

奥の部屋に行くと、レースでできたワンピースが部屋の隅のマネキン3体に着せてあった。


招かれて、大きな平台の、あちらとこちらにお互い座った。

「で、頼みたいのは何?」

いつの間にかティーセットが置かれ、僕達にサーブされた。

「結婚式の衣装を頼みたい。デザインは選べるのか?」

「それは、おめでとうございます。カタログがあるから大元を選んで、細かい修正を入れるって方式なんだ」

アラクネは台の端に積んであった大きな本2冊を僕達の前に置いて広げた。細い腕なのに片腕で軽々だ。


「服のデザインはこれ、レースのデザインはこっち。まあ、見てごらん。流行りはこの辺」

片手は服の方、片手はレースの方の本をめくって指し示す。


やっぱり、デザインで揉めた。

イルマは女性が着るようなドレスを推すから、断然阻止し、男性用スーツにしようとなり、平行線を辿るなか、アラクネが折衷案として、チャイナドレス風の上衣が膝丈まであってスリットの入ったものと、細身のスラックスのデザインを出したので、それで、納得してもらった。いくら妻だからって女では無い!

可愛いのに、とか言ってもドレスは許せない。


代わって、イルマの方はシンプルだった。

「主役は花嫁だからね」

僕の方は全身同色のレースを被せ、小さな魔石を散りばめる。服の色は薄いピンク色でイルマは白。


おおかた決まったところで、端の方に置かれた花瓶が目に入った。その下の美しい花瓶敷きに惹かれた。


「ねえ、これを引き出物にしない?」

まだ話しているイルマに言うと、あまりにカタログと睨めっこしたのか、目をしょぼつかせてやって来た。


「花瓶?」

「ううん、その下の敷いてるやつ」

「綺麗だな」

「でしょう?嵩張らないし、どこの家でも花瓶はあるでしょ?」

「いいね、アラクネ、これ、頼める?」

「数は?」

「あー、オヤジに聞いとく。取り敢えず200枚」

「200人も来るの⁈」

「多分。余ったら宮や、城で使おう」

「いつまでに要るんだ?」

「一年後」

「なら大丈夫。作るよ」


これで、また引き出物探しに行かなくて済む。

僕達はようやく式の準備品を注文し終えたのだった。

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