第3話 婚約しました!!

婚約式の衣装ができたと城の侍女長が持って来てくれた。

僕とイルマは早速着てみた。

ベージュの詰襟のジャケットは細かい刺繍に銀色の糸が使われ、白っぽい透明な石があちこち散りばめられてまばゆいばかりだ。

イルマのは薄い水色でほぼ同じ様な感じだ。


イルマが着ると本当に王子様って感じだけど、僕は服に着られてるって感じで、わかってたけど落差が激しい。

なのに「琉綺って、こういうの似合うねえ」

とベタ褒めしてくれる。


僕は改めてイルマに向き合った。

「ねえ、今更なんだけど」

「んー何?」

「僕と結婚していいの?」

「え⁈良いに決まってんだろ!」

イルマは目を見開いて、僕の両肩を掴んだ。


「イルマは僕を助けてくれた。それでも十分なんだ。一生責任取らなくて良いんだよ?魔人になったこと別に気に病んでないし」

「琉綺がたった一人で魔界に来て、しかも死にかけたから、こうなったのも不可抗力だったのは悪いと思ってる。でも、それと結婚は別だ。俺は琉綺とずっと一緒に居たくなった。好きになったんだ」

イルマは僕を抱きしめた。

「琉綺は俺の事嫌か?」

「嫌じゃない。綺麗だし、格好良くて、強くて憧れるよ。僕とは正直釣り合わないと思う」

「琉綺⁈」


「でも、離れたくない。イルマが許してくれるなら、傍にいたい。ちゃんとした魔人になれるように頑張るからさ」

「そんな必要ないよ。俺が琉綺を守るから」


イルマはそっと僕を離すと少し下がり、片膝を付いた。

「出会ったばかりだけど、結婚して下さい。一生大事にする。俺達の人生は人より遥かに長い。ずっと大切にするから、一緒に居て?」


一緒にいて良いんだろうか。僕はイルマの気持ちに付いていけるんだろうか。イルマを大切にできるんだろうか。


僕は不安になって泣いてしまい、でも離れたくなかった。

「うん」と頷くので精一杯だった。

「ありがとう、琉綺」

僕も両膝をついて、思い切ってイルマにキスした。何故か甘さを感じる。後でそれは魔力だと知った。



婚約式当日は、髪の毛をオールバックで撫で付け、顔に白粉をはたかれ、唇にリップクリームみたいな赤色の固形の油を少しだけ塗られて恥ずかしい。

「さあ、行こうか」

とベランダに連れて行かれ、慌てて静止した。


「どうしたの?」

「僕は羽出ないよ!飛べないから!」

「いや、そんなことないよ。見せて」

イルマは僕の背中のボタンを外して素肌を眺めた。

「ツルツルで綺麗だねえ」

「そんな事どうでもいいよ!生えてないでしょ?」

「まだ馴染んでないのかなあ。念じてみた?」

「一回望んでみたけど変化無かった」

「もう一回やってみて」


僕は必死で飛ぶイメージをして背中に意識を集中させた。

つもりだったが、なにも出てこない。

「雑念が多いし、飛んだ事ないからか、イメージしにくいんだろうね」


イルマは大きな羽を生やしてみせた。黒くてツヤツヤしている。

「速度は遅くなるけど、僕が抱えて飛ぶよ。イメージ掴んでね」


僕はお姫様抱っこされて、またもや恥ずかしい思いで連れて行かれる羽目になった。

直ぐに恐怖に変わったけど。

命綱も無しに空中を移動するって怖過ぎて、イルマに遠慮無くしがみついた。


イルマは僕を抱えても余裕で飛んでいた。僕が怖がるのでいつもよりゆっくり飛んでるらしいが、充分早かった。

「琉綺は怖がりだなあ」と嬉しそうにしている。

城のベランダに着くと大広間の横の控室だった。

エカリオンがいたので水を貰う。恐怖と緊張で喉がカラカラだった。


一息ついてると、バン、と乱暴にドアが開いた。

「イルマティーノス!いきなり婚約ってどう言う事⁈」

赤いレースのドレスを着た女の子が飛び込む様に入って来た。

女の子は金髪に吊り目がちな赤い目をしている。顔色は青白くて具合が悪そうに見えた。吸血鬼あるあるなんだろうか。

取り敢えず、びっくりした。水飲んだ後で良かった。そうでなければ確実に噴いてる。


「既にこいつとは番なんだけど、ケジメをつけろってオヤジ、魔王が言うから」

「はあ?いつ?聞いてないんですけど⁈」

「だから知らせる為に婚約式するんだろ」

女の子は大きな目を更に見開いた。

「小さい頃私と結婚するって言ってなかった⁈」

「魔王が言ったのか?俺は知らねーし。勝手に入って来やがって!くそ邪魔だから早く出て行け!」

「ひどいわ!」


僕はイルマの少女に対する態度の急変に呆然としてしまった。僕の時と違い過ぎる。

少女はぶあっと涙を溜めて足早に出ていってしまった。

挨拶する以前に、声をかけることすらできなかった。


「あんなこと言っていいの?もっと優しく言ってあげたら良いのに」

「いいんだよ!昔から勝手な事ばっか言いやがって、いい気味だ!だから女嫌いなんだよ」

イルマはバッサリ切り捨てた。

「えええー」

そして僕の元に来ると抱きついた。

「その点琉綺は癒しだー。イライラが収まっていく。こんなに他人と居てリラックスできるなんて初めてだ!」

「それは良かったけど」僕も支える様に抱いた。

顔は化粧しているので、それを避けてイルマは首筋に何回もキスして、そのうち舐め出した。噛まれそうなんでやんわり離した。


戸口にいたエカリオンが「お時間です」と声をかけて廊下へのドアを開けた。修羅場を見たはずなのに、表情が微動だにしてない。

僕達はそこから正面の扉の前へ立った。


「あー緊張するー」

「お辞儀して、名前書くだけだから」

両開きのドアがゆっくり開いた。

一回予行する為に来たのでわかっているが、吹き抜けでとんがっている天井付近は暗いので少し不気味だと思っているのは内緒だ。3メートルくらい上に明かりはあるが、一つ一つは暗めで厳かな、やっぱり怖い雰囲気がする。


完全に開いてから歩み始めた。

前の方の両脇に分かれて40人くらいの人達、多分親族がいて、正面奥に魔王がいた。


僕はラスボスに対する勇者になったような気がした。雰囲気が、そのまま最終決戦みたいだ。ゲームしてないのに、剣が欲しくなった。


特に音楽等も無い中、僕はイルマにエスコートされつつ魔王の前まで行った。

その前に小さなテーブルがあって、分厚めの何かが書かれた紙、婚約誓約書とペンが置かれていた。


僕達が軽くお辞儀すると、魔王が言った。

「本日は、わざわざ集まってもらってありがたく思う。我が息子イルマティーノスが契りを結びたい相手ができた。

そこで、ここに、婚約式を執り行う」


僕達は親族の方へ向いた。

「わたくしイルマティーノス・サマエルは、ここに居るルキ・ミナモトを伴侶にする事を決めた。ここに署名して婚約を明らかにする。その後結婚する事を誓う」

二人は深くお辞儀してから魔王の方へ向き直り、テーブルに置かれた婚約誓約書に順番にサインした。

どこに名前書くのかわからなかったが、イルマが指さしてくれたので、そこに日本語で名前を書いた。


魔王が確認して手をかざすと、魔法陣が誓約書から浮かび上がった。そのまま誓約書も浮かんで魔法陣と重なると燃え上がった。

少し驚いたが何とか平静を保てた。


そのまま燃え尽きて何も残らなくなったら、また親族の方へ向いて軽くお辞儀する。

全員から拍手があがり、僕は少し緊張が解けた。

儀式はそれで終わり、魔王が祝いの言葉で締め括った。


閉まっていた扉が再び開いて、いくつもの多分酒が入ったグラスの乗った盆を持つ者や、様々な料理の乗った長いテーブルを押してくる者達が入って来た。料理人も数人いる。

これから立食パーティーだ。


僕は1週間かけて覚えた親族の名前を思い出した。

4公爵とその家族、それぞれの分家7つは苗字だけだから、そんなに苦にはならなかった。

魔王一族は苗字が無くなる。父が退位すると苗字を再び名乗るそうだ。魔王と王子が肩書きになる。


公爵家は4つ。ルシフェル、セラフィム、サマエル、ヤマンタカで、魔王はその中から選ばれる。

分家は7つ。

プライド、グリード、エンヴィ、ラス、ラクスリア、グラットニー、スロース。



僕達は卒無く挨拶をしたが、上手くは行かず先々でイルマは文句を言われた。

皆さん、吸血鬼だけど、概ね品行方正で、昔から『跳ね返りのイルマ』を可愛がっていたようだった。


悪意のある言葉は無いが、日頃の行いを注意されたイルマは、言われる度に

「知るかよ」「いーだろ」「うるさい」「ぶっ殺す」

等と最低最少の返事しかしない。


僕はその度に

「まだ、お仲間になったところですので、お手柔らかにお願いします」

「異世界から来た僕みたいなのがイルマティーノスの伴侶になれて、光栄に思ってます」

「イルマティーノスが乱暴ですみません。僕には優しいのですが」

とか言って、少しでも雰囲気を和らげようと頑張った。頑張ったよ…


親族の方々の僕への視線が次第に憐憫に変わっていくのがわかった。

イルマってお父さん以外にも塩対応だったのもよーくわかった。

「俺の琉綺に手を出したら、承知しねーぞ」

がイルマの唯一の長い返しだった。

この、見かけだけ儚い美少年め!


イルマはずっと手を握っていてくれて、なんなら肩に手を回して抱いてきて、決して僕一人にはしなかった。

今は色々なご馳走の並ぶテーブルの前であれこれ取ってくれて、僕は勧められるまま食べていた。


「イルマ、もうちょっと人、いや魔人、親戚への対応を良くしようよ、あれじゃ失礼の極みだよ」

「いいのいいの!元から俺への態度なんてあんなもんだから。これ食ったら帰るから、いっぱい取ったけど、どう?」

「うん、美味しいね。相変わらず見掛けは桃紫なんだけど。僕達のためのパーティーで帰ったら駄目だろう」


魔王様―お義父さんとはとても言えない、を探すとルシフェル公爵と話していた。

「ノキアは相変わらず帰って来んのか」

「連絡もよこさん。ワシが探しに行けたら」

「魔王が行ったら駄目だろう」

「だが、イルマの奴、自分が後継になりたく無いからと傍若無人に振る舞いおって腹の立つ」

「まあ、イルマもあなたの気持ちも分かった上で納得できんのだろう」


結構離れてるのにはっきり聞こえる。

はっと我に帰ると聞こえなくなった。

「あれ?今の何だったんだろう」

「どうしたの?」

「さっき、魔王様とルシフェル公爵の話し声が離れてるのに良く聞こえたんだ。今は聞こえないけど」

「俺達、目も耳も人より断然良いからな!何て言ってた?」

「吸血鬼の能力!僕にも有るんだね。ノキアって人とイルマの事」

「どうせ悪口だろ。ノキアは兄さんだよ。人間界に行ったらしくて、ずっと行方不明さ」


「探しに行きたいんだって」

「そりゃ後継だからな」

「もしかして、ノキア兄さんが帰って来ないと」

「お家断絶だ。ザマーミロ」

「イルマがいるでしょ⁈」

「嫌だ!面倒臭い」

「言うと思った」


「それより」イルマはチェリーみたいな何かを口に放り込んでからニヤリと笑った。

「明日はドラゴンの住む山へ行くぜ」

「ドラゴン!この世界にはいるんだね。いいな、見てみたい」

「何言ってんだ、琉綺も一緒に行くんだよ!婚前旅行だ」

ポンと片手を肩に置かれた。

「婚前旅行?婚前旅行でドラゴン退治⁈それ何か違う!」


「退治じゃない。結婚指輪にはめる魔石をドラゴンがいっぱい持ってるから貰いに行くのさ」

「ふえー。結婚指輪ね、こっちでもするんだ」

「当たり前だ。婚約指輪もだ。防御や治癒の魔法をいっぱい埋め込んで、守るんだ。良い魔石はドラゴンが持ってる」

「それは有難い。ドラゴンは親切だね、そんなのくれるなんて」

「何言ってんだ、気絶させてその隙に奪うんだよ!」


「えー!ひどい!危ないよ!」

婚前旅行じゃ無くてやっぱりドラゴン退治への旅じゃないか!


「ドラゴン退治じゃ無いって!だから自分で行きたくないって言った」

「なるほど…」

「でも、琉綺の為なら!ドラゴンなんかに琉綺を絶対傷付けないからな!」

「頼もしい。けど、イルマも無茶して怪我しないでね」


イルマは本当に食べたら僕を宮(離宮)に連れて帰ったので、岩風呂みたいな、広いお風呂に二人で入って、寝ることにした。

「まだ裸で寝なきゃいけないの?」

「当たり前だ!羽出てこないんだから、もっと俺の魔力を馴染まさないといけねーだろ!」


渋る僕をベッドに連れ込んだ。ベッドはキングサイズ以上で狭くは無いが、大人になって二人で寝ることなんてなかったから気恥ずかしい。抱きつかれると甘い匂いがして温かい魔力が僕を覆う。

「ほら、早く寝て!朝早く出るから」

ベッドで横になったら、途端に眠くなり、かろうじて「おやすみ」と言って眠ってしまった。

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