第2話 イルマの父
「お前は、また勝手なことを!わしの許可なく人間を魔族にして伴侶にするとは!」
「別にアンタの許可なんて必要無いし!気に入ったから取り込んだ、いいだろ!前から嫁は来んのかって、しつこーく、せっついてた癖に!」
「それは同じ吸血鬼一族からと」
「同族なんていらねーから相手にしなかったんだ。あいつら変なプライド高すぎて、鬱陶しいだけなんだよ!」
僕は目が覚めていたが、起きてこれに加わる勇気が無く、寝たふりを続けた。
これは、どうしたものか。
今更挨拶とかハードルが高いぞ。
「琉綺!起きて!親父が勝手に来ちゃったから、紹介するよ」
あ、バレてた。
僕は仕方無く起き上がったが、相変わらず裸のままだ。
「あの、服は?」
イルマは今気付いた風な顔をして、急いで隣の部屋に行った。
箱を抱えて戻ってくると瑠綺の前で蓋を開けた。
「ここに全部入ってるから」
イルマは僕の膝の上に置くと、父親を押して寝室から出て行った。
服を広げて見ると、フリルが付いて刺繍等装飾がやたらあるシャツブラウスとスラックス、肌着だと思われる薄手のシャツに紐の付いた半パンツがあった。床には膝丈のブーツが置いてある。
上半身に着る物は何故か肩から背中の肩甲骨の下くらいまで開いていて、シャツブラウスは別にフリルの付いた布が上から付いて隠れる様になっている、変わったデザインだった。
「魔界で流行ってるのかな?もしくは魔界服定番とか」
取り敢えず背中の頼りなさを覚えつつ服を着た。
二人が出て行った扉を開けると居間だった。
真ん中にソファーが、背の低いテーブルを囲む様に置かれていた。
壁の絵画や家具や上に乗っかる置物、カーテンや絨毯に至るまで高級品だとわかる。
イルマと父親は向かい合って座っており、執事らしき人が紅茶を入れている。
イルマは僕を見るとにっこりして手招きしたので、そそくさと近寄った。
「とても似合ってる。横に座って」
僕はテーブル越しに父親の前に立つと、軽く礼をした。
「瑠綺と申します。水面杜、瑠綺です。よろしくお願いします」
「…こいつの父で、イブリースだ。魔界の王をやっている」
「ほら、座って」イルマは僕の袖を下に引っ張って促したので、ギクシャクしながらそのまま座った。
魔界の王だって⁈魔王じゃないか!!
魔王様(付けるよね、様って!)は青黒い髪がうねりながら肩まで有り、浅黒い肌と太い眉、金色の目が鋭く、大きな口から発せられる声は太くて重い。筋骨隆々で、たぶん身長2メートル超え。つまり。
全く、これっぽっちも、イルマと似てない。
それよりも、お父さんが魔王なら、イルマは王子じゃないか!!!
衝撃で僕は震えてくる身体を抑えるのに精一杯だった。
僕はイルマを見たら「どうしたの?」みたいな顔をしたけど、どうしたのじゃない!
恐れ多すぎる!
「異世界の人間らしいな。もうイルマと馴染んどるとは」
「す、すみません。こんなことになるとは思いもせずに」
「ここ2週間で完全に俺のものになった。元には戻せないからな」
あー、やっぱり戻せないんだ。え?あれから2週間?
「もしかして2週間も寝てたの?」
「うん、一度も起きなかったな」
それにしてはダルさも何も無い。
「早い方だ。1ヶ月かかる事もある。やはり、異世界人だからか?」
「そうだろ、きっと」軽く言うイルマ。
「何か特別な力はあるのか?」
魔王様、イブリースが紅茶を飲んでから言った。
「今の所は特にありません。普通の魔人と一緒?イルマ、何かある?」
魔王様の目力に負けて、イルマの方を向いた。
「俺もよくわかんね。その内発現するだろ」
「いい加減だな」
イブリースはしかめ面をしていたが、ため息をついてから二人を眺めた。
「番になってしまった二人の仲を、今更どうこうする気は無いが、婚約式と結婚式はしてくれ。他の魔族に知らせんといかん。それから、結婚式に要る物を取りに行ってこい」
「式はともかく、物は用意してくれないのかよ⁈」
「段取りはする。他のは自分達で揃えるのが当たり前だ」
「だってよぉ!どうする?」
「夫婦になるしかないんだよね。反対されないだけ良いよ」
「オヤジは関係ねーよ。もう番だって!」
イブリースの圧とイルマが王子だった衝撃に耐えるのに必死だ。
「あー、しゃーないか、式はいつだ?」
「婚約式は一月後に城で行う。結婚式はお前達次第だな。まあ,婚前旅行だと思え」
「何だよ、面倒だなあ。魔王が命令したらホイホイ揃えてくれるんじゃねえの?」
「こればかりは、各自で揃える仕来りだからなあ。それより、イルマ、城に来い。2週間もサボりおって!仕事を手伝わんか!」
「へいへい。後で行くよ」
「お前はそう言って、何回もサボりおって、必ず来い!」
イブリースは魔法陣を足元に出すと消えて行った。
「何、今の⁈」
僕はびっくりして立ち上がった。
「転移の魔法だよ。まだオヤジしか使えないんだ。まあ、邪魔者はいなくなったし、お茶飲もうぜ。スコーンも食べな」
僕は勧められるまま飲んだり食べたりしたが、2週間何も口にしていない割に飢餓感も無かった。普通に美味しく頂いたが。
「なんで、お腹空かないの?魔力のせい?」
僕は自分の腹を撫でる。
「そうだよ。人間と違って食べ物は嗜好品で、魔素を呼吸で取り込んで魔力に変えられるし」
イルマは僕の顎を軽く掴んで自分の方へ近付けると口全部をカプッと噛んだ。
暖かくて甘い息が入ってくる。
「こうやっても、血を吸っても補充できるよ。大量に受けられるのは血を吸うか、体内に精液を取り込む事だけど、それは緊急時で、性交は結婚してからね?」
僕は動揺してうんうんと頷くのみだった。いかん、流されている!
「それより、お義父さんは魔王ならイルマが王子、魔王子だろ⁈何で最初に言わなかったんだ?」
「別にどうでも良いだろ、そんな面じゃ無えし!」
「いやいや、どうでも良くない。僕は魔王子妃になるんだよ?いいの?」
「俺の伴侶だから、そうなるか。まあ、気にすんな」
「ええー、軽く流さないで」
「いいのいいの!婚約式の衣装は、すぐにはできないから俺の衣装は今有るやつで済ます。琉綺のは、どうにかするって。まあ、式には間に合わすから楽しみにしといて」
「はあ、ありがとう。式は誰が来るの?」
「親戚だけだ。結婚式は城の近所に住む奴全員来るかもしれない。みんな珍しモノ好きだから」
「えーっ⁈今から緊張するなあ」
「ふふ、誰にも文句は言わせないから、落ち着け」
「イルマ様、城へ行かれませんと」
執事が声を掛け、イルマは渋々立ち上がった。
「ちょっと行ってくる。昼食はこっちで食べるから、それまで大人しくしとけよ。庭園なら出て良い。あそこだけ花が育つんだ」
イルマはスタスタとベランダへ出て行った。後ろに執事が付く。
何故ベランダに?と言う疑問は、彼の背中から黒いモノが伸びてきて、蝙蝠の様な羽になり、一羽ばたきで中に浮かんだ事で解決した。
くるりとイルマが向き直り、手を振ったので、こちらも振り返した。
素晴らしい勢いで飛び去っていく。執事も同じ様に飛んで行った。
ぼーっと見送って、はたと気付いた。
イルマの服はモロに背中が開いているデザインだった。羽が出てくるからその仕様だったんだ。
となると、僕のも同じ仕様だから僕も飛べる⁈
思わず見えない背中を見ようとして、鏡があったところを思い出して急いで行った。
フリル部分を上げると…つるっとした背中が映った。
念じたら生えてくる?背中に意識を集中させたつもりだったが、何も出てこなかった。
ですよねー。
別に牙も生えてないし、本当に僕は吸血鬼の魔人になったのか疑問だ。
ベランダからそっと下を見ると、花が咲いていてここが3階だと分かった。
宮は茶色の斑らのレンガで出来ており、広い庭園が有り、その向こうの高い壁の外は相変わらず荒地だ。空もやっぱりピンクで、この宮が異質に思える。
僕が居間へのドアと違うのを開けると廊下だったので適当に行くと下へ降りる階段を見つけた。3階から降りて、1階の円形の玄関ホールへ続く丸い壁に沿った階段を降りていくと、どう考えても一人で開けられそうにない玄関ドアだった。
一応押したり引いたりしたが、びくともしない。
ここの住人はみんな玄関を使わずに飛んで行くのか?
僕は諦めて裏口を探した。
うろついていると、台所を発見した。奥へ進むと勝手口らしきものを発見したのでドアを押すと何か引っ掛かるような、やけに軋む音がしたが、少しずつ開いていった。
本当にドアは使われてないように思える。
外へ出るとゴミ捨て用らしいボックスがあり、そこを過ぎると菜園があった。
ちゃんとした畑だけど、植っている野菜はピンクや紫色で、ねじれたのが多く、あまり食べたいとは思わなかった。トマトらしきものも、紫色だった。緑黄色ではなく桃紫色野菜だ。
どんどん壁沿いに歩いていくと、ようやく花壇が見えてきた。
いろんな種類が植えられていて、手前が背丈の低いもの、奥へ行くほど背が高い。
それ以外は、よく言えば自然な感じだ。
ハーブも花も混載されて、雑草は無いようだが,一つ一つは整えられてない。
ガーデンテーブルと椅子があったので座って見ていると、サワサワと風に乗って揺れる。
何だか優しい気分になって、また眠くなってきた。
「まだ本調子じゃ無いのかな。戻ったほうがいい」
しかし、眠気に勝てずそのまま眠ってしまった。
「琉綺、琉綺、起きて!」
「ふぁ⁈」
目を開けると、心配そうにイルマが覗き込んでいた。
「部屋にいないから、探したぞ?こんなところで寝ちゃって、無防備すぎる!」
「ごめん、つい、気持ちよくて」
僕は慌てて立ち上がった。
「お昼だから帰って来た。!顔色良いし、ここで食べよう。エカリオン、コックに運ぶ様言って、お前手伝ってやれ」
「行ったばかりで直ぐ帰って来てしまって…」
「気になって仕事になんねー」
「いっその事、連れて行かれては?」
「はあ?危なすぎだろ⁈」
「あなたの部屋に置いておけばよろしいのでは?」
「僕、働いてたからお手伝いできるかも」
「え、そうなの?でも良いんだよ、気を使わなくても。ここでのんびりって、暇だよな…」
「城も見てみたい、な」
ぼそっと言ってみた僕を見て、イルマはうっ、と呻いて顔を逸らした。白い肌が少し赤い。
「かわいい」
え、どこが!
「番になってから、色気が増した」
魔人になったから、か?
「元から一目惚れだけど」
「一目惚れ⁈」
「『助けて』って言われて、その表情にグッと来ちゃって、思わず血を吸ってしまった」
「そんなあ」
「助かったからいいじゃん!」
イルマ、軽い!衝動的過ぎる…お陰で助かったのだが。
「お待たせいたしました」執事―エカリオンが戻って来た。後ろからワゴンを押す料理人らしき人が見えた。
「昼食は軽く済ませるので、これでいい?」
僕は目の前のテーブルに置かれたものを二度見した。
「ラーメン?」
スープは真っ黒だし、上に乗ってる野菜はやっぱり紫で、チャーシューみたいなのは真っ赤、麺の色は白から黒色に染まりつつあるけど、強いて、強いて言うならラーメンが近い。
「琉綺の世界の食べ物を再現してもらった」
「どうやって?いや、敢えて再現しなくても…」
「僕と琉綺は一心同体だからさ。知識も引き出せる。これからも食べたいものあったら言って?」
「わかった。でも、僕の頭の中筒抜けなんだ…」
僕が戸惑っていると料理人が、ずいっと出て来て
「味は保証します!」と言った。
「せっかく作ったのに食べてくれないの?」
美少年の憂い顔には勝てない。イルマの方がよっぽど可愛い。
「食べるよ、もちろん!」
僕は覚悟を決めて麺を啜った。魔人になったんだから身体は丈夫な筈だ。多少変なもの食べたって平気。
あれ、おいしい…
「おいしいよ!色はちょっと変、いや変わってるけど醤油ラーメンだ!」
ラーメン大好きな僕は嬉しくてもう一口啜った。
「良かった、気に入ってもらえて。僕も食べる」
料理人は恭しく別のラーメンを持って来てイルマの前に置いた。
え?
「もしかして、僕で試した…?」
「あはは、だって見た事ない食べ物だったから。この棒と食べ方わかんなかったし。成る程そうやって使うのか、面白いね」
イルマは初めてと言う割に、ちゃんと箸を使いこなして食べ始めた。
「ん、美味しいね!」
イルマとラーメンの取り合わせにはとても違和感を感じたが、ラーメンは目をつぶって食べれば全く違和感なかった。
異世界で知ってる食べ物が食べられるのは、大いにストレスを減らした。
「そういえば、僕、玄関扉を開けられなくて、台所のドアから外に出たんだ。料理人さんいなかったし、てか、誰も会わなかったんだけど」
「ドア?そうか、誰も使わないから鍵かけたままだ。錆びてるかもしれない。エカリオン、後で見とけ。ここは、普段人を置いてないんだ。料理人さんも通いだし」
「不用心じゃない?」
「ふふ、俺が居るのに侵入しようとする不届者は魔界にはいねーよ!結界もあるしな」
「結界!さすが魔界!イルマは強いんだね、頼りになるなあ」
「頼れ頼れ!まあ、兄さんの方が強かったけど、居なくなっちまったからさ」
「お兄さんいたんだ!」
「そうなんだ。でも、オヤジと喧嘩して出て行ったまま、帰ってこないんだ」
「寂しいね」
「いや、別に。年も離れてたし、まあ、赤ちゃんの頃は可愛がってくれてたみたい」
ラーメンを食べ終わる頃には別の話題に移り、お兄さんのことはそれきりだったが、後に重要な関わりが出てくることを、僕達は知らない。
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