僕と吸血鬼王子の結婚騒動記 気が付いたら番にされてました

Koyura

第1話 酒に酔って歩いてたら、いつの間にか魔界にいて、死にかけた

確かに酔っていた。


僕は24歳の中企業の会社員。

営業で入ったのだが、夫婦が社長と事務員で、もう一人いた事務の人が急に退職してしまった。

代わりに処理してたら、前職員より仕事が早いと異動になった経歴を持つ。

いつも残業が2、3時間はあるのだが、その日は仕事が定時プラス1時間で終わり、金曜日で明日明後日は休み。

まあ、土日の予定は特に無くて、普段サボりがちな家事をするだけだが。


まっすぐ帰るのもどうかと思い、月1くらいで行く近所の焼き鳥屋へ寄った。

焼き鳥を6〜7本食べて、ビールと酎ハイを飲んだ。

お酒は特別強くも弱くも無く、いつものペースで飲んだつもり。


ただ、少し開放感があったのか、居酒屋を出て家に向かう時、若干足元がフワフワしていたが、歩くのに支障は無い。


そのまま歩いていると、周りが何だかおかしくなってきた。

夜の筈だが、若干明るくなってきた。

ピンク色に。


ピンク色?

改めて上を見上げると薄曇りで薄いピンク色だ。

下を見ると、いつの間にか舗装されてない土の上だ。

周りは…何も無い。

立ち枯れた木がたまに見える程度で、何も生えていない土と岩がゴロゴロしている、荒涼たる風景だ。


「ここ、どこ?」

さーっと酔いが覚めた。改めて地面を踏み締めてみる。アスファルトでは無い。


「どどどうなってんの?はあ?いや、これ夢?夢だよな⁈」

くるっと身体ごと一回転しながらもう一度見回した。酔いは残っていたのか、少し眩暈がした。

え、リアルな夢だな。

頬を両手で挟む様に打った。

パン、という音と、その後のひりつく痛みに、更に混乱した。

周囲に変化は無い。

「目が覚めた?いや、リアル過ぎる痛み。やっぱ現実?そんな馬鹿な!」



呆然と立っていると、どこからか音がして、段々大きくなってきた。


「ぁぁぁぁぁああああー」


上からだ!

何か、いや、人が落ちてくる!


「ぐぎゃっ!」


受け止める間も無く、前に落ちてきて転がった。

「大丈夫か!」

駆け寄って様子を見ると、目を閉じていてぐったりしている。

しゃがんで息を確かめたら、普通に呼吸しているが、気を失っているようだ。手足は土埃がついているが、怪我もなく、出血も表立っては無い。


美しい少年?だ。ゆるく波打つ金髪で白磁の様な艶めいた肌、整った顔立ち。赤い唇。

そばに来たものの、触る事が何故か躊躇われた。

することが無くて、落ちてきた美少年を眺めた。


5分ほど経ったろうか、少年は目を覚ました。

目は大きく、ルビーの様に赤く煌めいていた。


「クソ親父め、普通あんな所から叩き落とすか⁈」チッと舌打ちしてぼやいた。

見かけより口が悪かった。


ゴロンと転がって身体を起こした。

まじまじと見ていた僕の姿を認めると、大きな目がさらに見開かれた。


「お前、人間?どうして、ここに、魔界にいる?」

少年は勢いよく起き上がって、俺から距離を取った。

かなり高い所から落ちてきたようだったが、全くダメージが無さそうで、少し不気味に思った。


色々ツッコミたくて、言うことを決める為、口をもぐもぐさせた。


そして突っ込んだ。

「人間?お前は人間じゃ無いのか?マカイってここの地名?それとも、まさか魔の世界?そもそも、俺何でここにいんの?」


二人共、佇んで黙り込んでしまった。


「あれ?」

何だか身体がおかしい。またふわふわしてきて、ピンク色の霧みたいなのが、身体周りを取り巻いて酷くなる。


「俺が訊いたのは」

少年は口の両端を上げた。隙間から犬歯にしては長い歯が出てきた。

「普通の人間が魔界にいると、魔素が多過ぎて生きていけないからさ」


「生きていけない?」

「そう。普通はすぐ死ぬ」

俺は平衡を保って立っていられなくなり、膝をついてしまい、そのまま手を地面に付いて、横になるのを耐えた。


「何で来たのさ?」

「わからない、気付いたら此処にいて、アンタが落ちてきて」

身体が重く、耐え切れない程眠い…目が開かなくなってきた。

このまま死ぬのか…

ついに横になった。


「助けて…」思わず言った。

「お前、名前は?」

すぐ近くで声が聞こえた。


何で名前?


「琉綺、水面杜琉綺みなもと・るき

何故か言わなければならない、と思った。

「ルキだな。わかった」


君の名は?

尋ねようとしたが、柔らかい何かで塞がれて口が動かない。



「コレじゃ駄目かあー、どーしよー、親父に更に怒られるー」


ああ、ごめんね、僕のせいかな?


そして意識が無くなった。


少年は横たわる琉綺の上半身をそっと起こした。

気を失った割に頬は赤く蒸気し、唇も赤い。

ジャケットを緩め、襟のついたシャツのボタンを3つほど外す。

首筋を露わにすると、鼻を近付けて匂いを嗅いだ。

「なんか、甘い匂いがする。ああ、なんか好きかも!美味しそう」


少年は少しの間逡巡していたが我慢できなくなったのか

「ごめん、ちょっとだけ、身体の中の魔素吸ってやる」

と言って首の付け根に噛みついた。


琉綺は、ん、と唸って一瞬身体が痙攣したが、意識はないままだ。

構わずそのまま更に牙を埋めて血を啜る。

「美味いっ、何だこの血!力が湧いてくるようだ」


夢中で吸っていると、次第に琉綺の顔色が青白くなり、息が荒くなってきた。

琉綺の肌の温度が下がってきて、やっと気付き、慌てて止めた。


「しまった、吸い過ぎた!やばい、死ぬ!えっと、そうだ!」


少年は魔法陣を発動し、噛んだ跡に手をかざす。


「ミナモト・ルキ、お前を俺の番にすることを誓う。俺の魂と一体となれ」


小さな魔法陣ができて、少年の手から何かが吸い出されて陣の中に消えて行く。

魔法陣は更に小さくなって傷になった所に吸い込まれる様に消えていった。


「これで良し」

最後に名残惜しそうに噛んだ所から流れ出ている血を舐め取ると、血が止まった。

「何がよろしいのですか?」

ヒェッと変な声が出て、振り返ってみると案の定、(うるさい)侍従のエカリオンだった。

いつも金色の目の厳しい眼差しで、細い顎に薄い唇。黒い髪を後ろに撫で付け、ダークグレーのスーツをシワひとつなく着こなす。


「お前は、いつも絶妙なタイミングで現れるな」

「御身の飛ばされた方へ一直線に向かいましたが、遅れました事お詫び申し上げます」


「遅いよ!お陰で人間拾っちゃったじゃないか」

「はああ!!!?」

エカリオンは、少年が抱えていた男に、今気付いたらしい。

「そんなの、すぐ死にますから、捨てて下さい。帰りますよ」


「いや、番にしちゃった。持って帰る」

「怒!」

「え、何?」

「怒りのあまり感情が先に出てしまいました。何なさってるんですか!そんな事をすれば、はあ、まあ、いいか。存分に父君に叱られて下さい」

「嫌だよ。オヤジのほとぼりが覚めるまで、コイツと馴染む為離宮にいるから、それとなく伝えといて」


「いけません、私が八つ裂きにされます」

「エカリオンなら大丈夫!じゃあ、また後で!できれば数週間後な!」

少年は顔に似合わない黒い蝙蝠の様な翼を広げると、青年を抱えて侍従の前から飛び去った。




「うーん」

そう言う自分の声で目が覚めた。瞼を上げると低い天井で何が描かれていたが、薄暗くてはっきりと見えない。

柔らかいものに包まれていて上等な布団だとわかる。それよりも。


全裸だ。だから布団の感触がよくわかったのだ。そして、横に腕を自分のに巻きつけて眠る、やっぱり全裸の金髪の美少年がいた。


思わず目を閉じて、もう一度開けたが、周りの景色は何も変わらない。

どうも、このベッドは屋根、天蓋が付いている。だから天井が低く思えたんだ。


この少年と会った経緯を思い出すにつれ、此処が僕の知ってる世界では無さそうだと実感する。


じっとりと少年を見ていたら、向こうも目を覚ました。

「琉綺、やっと起きた!馴染むのに時間がかかったなあ。やっぱり人間だから?」


巻いていた手を外して僕の頬に手を当てた。そのまま滑らせて首の付け根を触る。

チクッと痛みがした。

思わず手をやると、その上から重ねられた。


「まだ、傷になってるから、触らない方がいいよ」

「傷?怪我したのか?」

「いや、えーと、それについては、琉綺を助けるために同意を得ずに、本当に悪いと思ったんだけど、あまりに美味しそうで、魔素も一緒に吸おうと、そこを噛んで血を吸ってたら、逆に死にそうになって。あ、でも俺の魔力を代わりにたっぷり入れたから支障無い」

「⁈」


「でも、その為に魂同士繋ぐ必要があって、自動的に俺の番になりました」

「つがい?」

「うん。深く考えずに、俺の事は気にせず過ごして?もう此処で生きていけるし」

「助けてくれたって事?人間は魔界で生きられないって言ってたよね?」

「うん、けど、もう大丈夫。琉綺を、僕の番、つまり妻に、そして魔人にしたから」


「つ、ま?魔人?」

僕はもう一度気を失った。

が、肩を揺すぶられて数秒で起こされた。

「琉綺、寝るなよ」


「ねえ、君はそれで良いの⁈初めて会って、言葉も殆ど交わしてないのに夫婦になったんだよ⁈僕は現実を受け入れられない」

「そうかあ、少しずつでいいから頑張れ。僕は拘り無いから。ただ血は時々欲しい」

「う、うん?」


本当なら何てことしてくれたんだ!って怒るべき?でも、どうしようもないしなあ。死ぬよりマシって思うしか…遥かに年下だろう夫?を頼るしかない。え、僕が妻?


「僕が妻なの?」

「うん、僕の方が年上だしね」

「そんなの関係なくない?」

「100歳超えた」

「24歳です…」

「僕の事はイルマって呼んで」

「イルマ…」

「イルマティーノス・サマエルで、イルマね」


改めてイルマを眺めた。絹糸の様な緩く波打つ金髪、ルビーの様な大きな赤い目、まつ毛が長い。色白で柔らかそうな皮膚、薄赤い唇。

と、だんだん近くなって思わず目を瞑ったら、チュッと音を立てて口にキスされた。

「え、もしかして、事後?」かっと顔が赤くなる。

「魔力を早く馴染ます為に、肌を密着させてたけど?もっと馴染ます方法も有るぞ。お前に負担かかるけど」

「いえ、それは、結構です」

なんか嫌な予感がするので断る一択にしよう。


「んん?琉綺って、まっすぐな黒髪に切長で黒い目、細い顎、よく見たらカッコいいな」

大いに戸惑って掛け布団を首まで持ってきた。

「ど、どうもありがとう。それで、魔人?になったら、魔界に居れるのと、あと何かある?」


イルマは目をくるっと回して考えていた様だが、すぐに僕の方を見て微笑んだ。

「別に、取り立てて無いと思うよ。血から魔力を補充できる。不老なだけで不死ではないし」

「いやそこ重要!!それに、イルマ100歳以上って言ってたよね⁈」


「親父が500歳超えたってだけで、記念パーティーした」

うわー、なんて事だ。

なんてやり取りをしていたが、お互い裸のままだ。

「あの、僕の服は?」

「もう少し寝てた方が良いぞ。外はここより魔素が濃いから。着てた服は着心地悪そうだし、背中が開いてないから不便だろ?今適当に見繕って持ってきてもらうから、ちょっと待ってろ」


イルマは布団に潜り込んで僕を抱きしめた。

「此処は僕専用の宮だし、安心して寝てて良いよ。落ち着いたら城にも行って色々紹介してやる」

何故背中の開いた服が良いのか、その時は疑問に感じなかった。


僕は外を思うと怖くなって、イルマにしがみつく。一旦死にそうになってた所だから、恐怖心が消えない。

イルマに頭や背中を優しく撫でられて、段々眠くなってきて、知らずに頬をイルマの胸に付けて寝てしまっていた。


「何だろう、この子は。凄くかわいい」

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