第3話 抵抗の輝き

「なぁアリア。素人しろうと質問で悪いが、ちょっと聞いてもいいか?」


「あっ…どうぞ?」


「”帰る”って言ったけど、一体どこに帰るつもりなんだ?」


「ふふふ、よくぞ気づいたな若人わこうどよ。我はその質問を待っていたぞ!!それは――…あぁー…そのぉ…決まってないです、すみません。」


「まぁだよな。何となくそう思ってたわ、ポンコツ。」


「ポ、ポンコツぅ!?」


 軽口を叩きながらも、俺とアリアは途方に暮れていた。いったい何故か。


 俺たちは集落に居座っていた刀狩軍という異形の集団を討伐したあと、アリアは帰ろうといった。俺はてっきり、どこかに拠点でもあるのか、それとも異空間に戻るつもりなのかと思っていた。


 しかし現実は宿だった。


 数時間前、俺たちはアリアが言っていた刀狩軍の侵攻を受けていない集落に向かおうとした。だが、その集落では客人を招き入れるような余裕はないらしく、俺たちは門前もんぜん払いされた。


英雄えいゆうがこんな扱いを強いられるとはな、随分ずいぶん過酷な世だな。」


 俺は若干嫌味っぽく言った。


「うっ…ご、ごめんよ…。まさかそこまで人類が追い詰められてるなんて思ってもなかったんだ。」


 アリアが申し訳なさそうな表情で俺に話す。


「まぁ別にどうとも思ってねぇんだが、これからどうすんだ?これじゃ反撃の狼煙のろしどころか餓死がしが妥当ってとこだろ。」


 夜を照らす焚火たきびの光に揺れる影を見つめながら、俺はため息をついた。序盤からこんなにつまづくとは、思ってもみなかった。このままじゃ食事も、飲み水もままならない。


「終わったかぁ?」


 夜空を見上げながら俺はふと弱音を吐く。その時、近くにある木々からガサガサという小さな音が聞こえた。咄嗟とっさに俺は刀を構えた。

 俺が気配をほとんど感じなかった。


「うぇ!?急に構えてどうしたんだい?」


 アリアが困惑した声色で俺に話しかけてくる。


「………隠れてろ。」


「え?あっ、う、うん分かった。」


 俺はアリアを安全な場所まで逃がすと、音がした方角に歩み寄る。俺を奇襲きしゅうしようとするとはおこがましい野郎だな。


「正体を隠す必要はない。さっさと姿を現せよ。」


 俺は相手に発破をかける。だが、俺の言葉を聞いても一向に姿を出す様子はなく、俺は不審ふしんに思いつつもさらに前に進む。


「…ひっ…あ、その、どうも。」


「あん?お前、何もんだよ。」


 俺がそう言っても、気配は一向に動く気配がない。さらに進むと、そこには尻餅しりもちをついた老人が震えていた。すぐそばに杖が落ちている。

 興覚きょうざめというのはあれだが、とりあえず敵ではなさそうだ。俺は刀をさやに納める。


「なんだ、刀狩軍じゃねぇのか。わくわ……じゃなくて、緊張して損したぜ。あぁそのなんだ、怖がらせてすまなかったな。」


 俺は老人に対して謝罪し、手を伸ばす。老人はその様子に少し困惑していたが、俺の手を取り立ち上がる。


「ありがとう…ございます。」


 老人は俺に対して感謝の言葉をつづる。元凶俺なのにな。


「礼なんかいいよ。だがそれより、夜も遅いのにどうしてこんなところにお前みたいな老人がいるんだ?」


 俯瞰的ふかんてきに見てみると、敵ではないにしろこの老人の行動はあまりに不自然だ。こんな世の中で外、それも夜に出歩くなど骨頂こっちょうでしかない。


「それはこちらの台詞です。村民から救世主様方の話を聞き、心配になって探しに出たのですが、まさか野宿をされているとは。」


「村民?お前、マジで何もんだよ。」


「私は、救世主様ご一行に助けていただいた集落のです。」


 村長か、なら納得だ。でも自分から表に出てくるなんて、この世界の上司は随分ずいぶん献身的けんしんてきなんだな。ポンコツ率も高いのかもしれんが。

 

「…とりあえず危険そうじゃないな。一回俺の仲間の元に戻る。色々話を聞きたいし、お前もついてこい。」


「あっ…分かりました。」


 俺は危険でないと判断し、村長を連れてアリアの元へと戻る。夜道を照らす焚火の光が僅かに見え始め、俺はそこに向かう。そいしてアリアを探すが――アリアはどこにもいない。

 村長にその事を伝え、俺は周囲を捜索そうさくし始めた。


「……何してんだよ。」


「…何って、君が隠れろと言っていたから、隠れてただけなんだけど。」


 アリアを見つけた。本人曰く隠れていたという事だが、アリアの姿はあまりに滑稽こっけいなものだった。

 草むらに頭だけを突っ込んでそれ以外はほぼ丸見え。一番目立つ絢爛けんらんな衣装が出てしまっているせいで夜の闇の仲なのに光を反射しているようだ。


「俺の世界では、『頭隠して尻隠さず』と言う言葉がある。大体今の状況と同じ意味だが、お前のはその言葉を超越ちょうえつしてるな。……かくれんぼとかしたこと無いのか?」


「うん!僕は高貴こうきな神だからね!!かくれんぼなんてお遊び、する相手さえいなかったよ!!」


「…そうか。」


 あわれみを向けつつも、アリアを見つけれたことに安堵しつつ村長の元に戻る。そこで、見知らぬ人物にアリアが困惑したが俺はそれを適当にあしらう。


「さて本題に戻ろうか。率直そっちょくに言わせてもらおう。村長、俺はここら辺の事情について全く知らない。俺たちの質問について正直に答えてもらいたい。」


「はい、分かりました。」


 俺と村長、そしてアリアは焚火の周りを囲うように座る。かなり強引な話だが、村長はこころよく俺たちの申し出を聞いてくれている。あきれるくらい素晴らしい人だな。


「ではまず一つ目。刀狩軍についてだ。俺は刀狩軍と明確めいかくに敵対している。それは昨日の戦いを見たらわかると思う。だが、俺らは奴らについて全くと言っていいほど知らない。そこで、村長が知りうる限りの情報を教えてくれ。」


 明確な敵意を俺は刀狩軍に向けた。それはおそらく、刀狩軍とやらの上の連中にも伝わっているはずだ。ほぼ全て片付けたつもりだが、生き残りがいてもおかしくないし、何らかの連絡手段を有している可能性もある。

 あいつらは俺の事についてある程度の情報が渡るかもしれないが、俺は向こうの事について何も知らない。


 この世界の神だというのに何も知らないポンコツ神のせいでな。


「こちらもあまり存じておりませんが、集落を襲った異形達から盗み聞きした内容でしたらお話しできます。それでもよろしいでしょうか。」


「構わん。話を続けてくれ。」


「はい。私が異形から聞いた話によると、刀狩軍は現在世界の役8割程度を占領しており、その内の半分程度の集落は既に消滅しているそうです…。おそらく私の村も、あと数日すれば用済みと判断され、消されていたでしょう。」


「………そうだったのか……間に合ってよかった…」


 隣に座っているアリアがか細い声で言葉をらす。確かに、こいつは当初一度別の集落に行こうとしていた。結果論でしかないが、歓迎はされないし、救助に間に合わなかった可能性もある。

 自分の考えが全て裏目に出る可能性があったというのは、つらい現実だろう。


「ですが、貴方達のおかげで我々は存命ぞんめいできました。感謝してもしきれません。」


 村長が俺に対して今一度頭を下げる。その謝罪には、一切の迷いがなかった。


「当然の事をしたまでだよ。僕たちは、この世界を救いたいんだ。だから、頭を上げてよ。」


 アリアの言葉を聞いても、村長は頭を上げるつもりはなさそうだ。その様子にアリアは少しムッとなっていた。


「…だから言っただろう。感謝する必要はない。相応の対価情報さえ払えばこちらとしても助かるしな。」


 感謝するのもされるのも、俺には似合わない。感動ムードがどうだとか、ばっさり斬り捨てるのが俺のスタイルだ。


「……っ、そうですね。では、もう一つ私が知っている情報をお話しします。こちらは…もしかするとあなた方の悩みの種となる可能性があります。」


 さっきまでとは打って変わって緊迫した空気感になる。圧迫感というより、何か嫌な予感がする。アリアもそれを感じ取ったのか、固唾かたずを飲み込む。


「私たちの村を襲った異形達の長がいたでしょう?私たちはあの化け物を刀狩軍の中でもかなりの地位を持っている武将ぶしょうであると考えていました。ですが、あいつは刀狩軍の中では10ある階級の内の3程度の雑兵ぞうひょうとのことです。」


 衝撃的事実。大した苦戦さえしなかったとはいえ、俺の片足を吹き飛ばしたあいつが下から3番目?俺はその言葉に目をかっぴらく。


「う、嘘でしょ?刀狩軍ってそんなに強いの?正直、彼が強すぎて勝った気になってたけど……さらに上が7つも…」


 アリアは声にもならないような声で冷酷な事実を噛み締める。かく言う俺も、流石に眉をひそめる。こりゃ骨が折れそうだなァ…


「そしてもう一つ知らせておきますと、ここからあちらに数10キロ進んだ先にある武装国家『ハルマゲドン』。そこでは7番目の地位の将軍しょうぐんが指揮をとり、侵略を続けているそうです。」


 悲痛な現実が更に俺たちにのしかかる。


「……いやまて、ここにいた奴らより何倍も強いって奴がいんのにまだその武装国家とやらは耐えてんのか?」


「そうですね。かれこれ3か月程度は戦争を続けています。」


 まて、それはおかしいだろ。村じゃなくて国とは言っても、1番目の兵士でさえ十分化け物だ。そんな奴より更に化け物がいてまだ耐えてるだと?


「武装国家『ハルマゲドン』。堅実けんじつで、誠実せいじつで、時に無情むじょう。僕が知りうる中でおそらく、この世界で最強の国だよ。」


 アリアはそう言うと、この場を立ち上がる。遠い空と向かいあい、思いを馳せているようだ。


「あそこは、僕たち人類サイドの”最終防衛ライン”。僕はそう考えている。…次の行き先が決まったね。」


「了解、そんなに早く行きたいなら、望み通り俺はついてくぜ。」


 アリアがそこまでそのハゲルマドンとやらに行きたいっていうなら、俺はそれに従おう。


「……いや剥げてねぇよ!心読めてるからな!!ハルマゲドンな!!」


「そこはどうでもいいじゃないか。名前なんて別に何でもいいだろ?」


「ぐっ…これじゃ僕だけ気にしてるみたいな感じになっちゃうじゃないか。でも、ハルマゲドンだからね。ちゃんと覚えてよ。」


「あーったよ。ってか、話の肝はそこじゃねぇだろ。」


 俺も流されかけたが、本題に戻そう。ってか、さっきまで何かはかなそうな感じだしてたのに急に何なんだよ。嘘つきかぁ?


「確かにそうだね、話を戻そうか。僕は別に無策むさくに行こうとしてるわけじゃない。前回はちょーっと君に流されて戦って、まぁ結果勝っちゃったけど、今回は多分そう簡単にはいかない。最大限の準備をして向かうべきだと思う。」


 いつになく真剣な顔でアリアが語る。


「まぁ、正直俺もそう思ってる。前回は勝てそうだと確信できたから言ったが、未知みちなる強敵へ無謀むぼうな挑戦をするほどおろかではない。俺は別に、負けても勝ちたいわけじゃないしな。」


 だが、そうなると一つ問題が生まれる。


「だがそうしたらよ、宿はどうすんだ?部外者を迎えてくれる集落なんかねぇだろ。」


「た、確かにそうだね。うーん、早速行き詰った?」


 俺たちは共にあごに手を当て考える。とはいっても、無理なものは無理だし案が浮かんだりもしない。


「あのぉ…それでしたら、私の村はいかがでしょうか。」


 俺たちが悩んでいると、村長が提案する。


「本来は切羽詰まった状態で私の村でも部外者は厳禁げんきんなのですが、あなた方であれば大歓迎だいかんげいです。この世界を救う英雄をここでみすみす見殺しにするわけにはいきませんしね。」


 おおらかな口調で語りかけてくる様子に、俺たちの心は溶かされてしまいそうだ。


「だったら、お言葉に甘えるか。」


「そうだね!!お言葉に甘えさせてもらおうか!!」


 何とか野垂のたれ死ぬことだけは回避することに成功したアリアたちであった。

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世界最強の剣豪、異世界を斬り拓く者となれ。 隼ファルコン @hayabusafalcon

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