第2話 胎動する二刀の剣士

「ほう、ここが異世界か。思っていたより……普通だな。」


 俺の眼前には、何の変哲へんてつもない広大な平原が広がっていた。少々身構えていたが、見た限り特に危険はなさそうだ。だが、ただの景色に見えても、確かに肌で感じる。大自然に染み込んだ、圧倒的な力を。


「僕の世界へようこそ!!…って、歓迎出来たらよかったんだけどね。今は…そんな余裕ないよねぇ。」


 誇らしさと哀愁あいしゅうが混ざった声が耳に残る。


「……何でお前がいるんだ?てっきり異空間で惰眠だみんを貪ってるもんだと思ったが。」


 俺の中で神は絶対不可侵ぜったいふかしんな存在だ。だが、そんな紙が今俺の隣にいる。異世界だから当然だが、俺の中の価値観が狂うな。


「何を言うんだい!これでも僕はこの世界の神なんだよ?ただ安全圏あんぜんけんで全てを君に丸投げするなんて鬼畜きちくはしないよ。」


「へっ、随分ずいぶん献身的けんしんてきなこったな。」


 俺は一度死に、生き返った。異空間にて命の神アリアと出会い、そして俺は異世界へとやって来た。だが正直、世界を救うってのは乗り気じゃない。だって、俺に救う理由なんてないからだ。俺は無償むしょうの愛なんてもんは持ち合わせてないしな。


 だが、強い奴がいるなら別だ。


「おい、さっさと行くぞ。時間が惜しいからなぁ。」


 俺は地面に置いてあった二対の愛刀あいとうを腰に収めると、そそくさと歩き出す。それを見たアリアも、俺の後ろ全速力でついてくる。俺の歩みに合わせて、ちょこまかと。


「ちょっ…待ってよ!!…待ってって!!そっちは……」


 後ろで何か言っているが、聞こえないふりをして歩き続けた。


 とりあえず何も考えず歩き出したが、何もない平原が広がるばかりで、景色が一向に変わらない。争いの跡すらない。俺の世界より平和かもしれないとさえ思う。

 …本当に侵略されてるのか?

 もうしばらく歩き、少し木々が生い茂っている林のような場所に着いた。


「あっ、あそこは危険だ、今すぐ引き返……」


「…まて、何か気配がする。」


「あぶっ!!」


 俺は急に足を止め、手を横に振りかざした。何か衝撃があった気がしたが、まぁいい。それより、この先から何か気配を感じる。

 かなり弱々しく、今にも消えそうなほど微弱な気配と、禍々まがまがしく異質な気配。


「………この先は村だった場所だよ。刀狩軍とうしゅぐんが侵攻を始めた村で、もうほとんど壊滅かいめつしてる。目的はわからないけど、武芸者だけを殺し、残った者達は奴隷にする。酷い現状だけど、一度目に焼き付けるといい。冷酷無比れいこくむひな現実をね。」


 アリアの言葉が風に消える。それと同時に、アリアは後ろを振り向く。俺は村のある方角を見据えて、刀を構えた。


「…これは……酷いな。」


 俺の視界に飛び込んできたのは、既に燃やし尽くされた住居と、趣味しゅみの悪い巨大建造物。しかばねの姿こそないが、血の匂いが充満じゅうまんしている。そこで奴隷のように扱われている村民と、刀を腰に差した異形の存在。

 人型だが、人間ではない。俺の世界で言うところの妖怪に近いだろう。


「えと…見たぁ?だ、だったら、早くここを離れようよ。あと1秒でもここにいたら、息が詰まっちゃいそうで。」


 アリアが震えた声が耳に響く。アリアの様子を見てみると、身体が震えており、額からは汗を流している。


(こんな世界で、まだ希望を失わずに戦っているとはな。…すごい精神力だ。だが、俺はこいつらを討つと約束した。)


「そんじゃ行きますかぁ…」


「う、うん。早くここを離れよう。言いそびれたんだけど、あっちに安全な村が…」


 アリア様の言葉の途中で俺は、を始める。身体を捻り、少だけ筋肉をほぐした。


「えっ…?何してるの。に、逃げるんじゃないの?」


 俺はその言葉に困惑する。


「…あぁ?何って、倒せばすべて解決なんだろう?だったら、化け物どもが油断してる今が好機チャンスだろ。」


 その言葉を聞いたアリアは、驚いた顔で俺を見つめる。その口元に、ふと微笑びしょうが浮かぶ。


「…ふふ、ははは…確かにそうだね。弱気になってちゃだめだ。流石、僕が認めた人間だよ。なーに弱気になっちゃってたんだろ、僕。こんなに心強い助っ人がいるのにね!!さぁ、存分にやっちゃって!!」


御意ぎょい。」


 俺は腰に差した二刀の内『和泉守兼重いずみのかみかねしげ』を引き抜き、化け物たちに向かってゆっくりと歩みを進める。できるだけ足音は消していたつもりだが、やはりすぐに気づかれた。


「アァン、おめェ、誰ダァ?ここのモンじゃねェヨなぁ。」


「オイチョッと待てヨ。こいつ腰に刀差してるゼ。もしかしてヨォ、コイツ殺していいんジャね?」


 見張りをしていたであろう二体の異形が俺に向かって言葉を発してくる。人間離れしたその見た目で人間の言葉を話す様子は、不気味というほかない。


「では早速、推して参る。貴様ら、存分に死ぬがいい。」


 会話には答えず、俺は両手に握った刀で見張りの首を一刀両断いっとうりょうだんする。首から青い液体が噴き出し、これが奴らの血液であることを理解する。


「ナっ!!て、テキシュ……!!」


 続けざまにもう一人の見張りも斬り伏せる。


「まずは二体。なんだ、思ったよりあっけないもんだな。」


 独り言を話している最中、見張りの声が村中に響いてしまったせいか、甲高い鐘のような音が更に村中に鳴り響く。敵襲てきしゅうの合図か。


「村民が危険だな。スピード勝負と行こうか。」


 そうつぶやくと同時に、俺は全速力で走りだし、見える限りの化け物を次々と切り倒していく。返り血がどんどんと服を染め、淡々と敵をほうむれる事実に俺はため息をつく。




「僕は一体、何を見ているんだ…?」


 目の前で繰り広げられているのは、もはや一方的な虐殺ぎゃくさつだ。それも異形ではなくたった一人の人間によるもの。僕の見立てでは、彼はもっと手こずるはずだった。しかし、違った。


「……次元が、違う。」


 僕が呆然と見ている最中も、彼は次々と神速の一太刀で異形をほふり、遂には僕の視界に映る全ての異形をめっした。やがて彼は、村の中央にそびえる城の如き存在感を示す正方形の建造物に突撃した。


「僕、必要かなぁ……」


 自嘲じちょう気味になげきつつも、彼の後に続く。彼の様を見ていると、足元の震えが安らいだように感じた。




「ほぉ、ここにいる奴はなかなか骨があるじゃねぇか。外の連中より質が良くて、かつ統率がとれてる。」


 建物の内部に入ると、外で戦った連中よりも装備を整えた異形たちが、明らかに熟練じゅくれんした戦い方でこちらに立ち向かってくる。しかし、俺は刀を構え、冷静に攻撃をかわしつつ敵を斬り殺す。


「だが、まだ甘い。」


 外の敵より格段に強い力を持った異形たちでさえ俺には歯が立たず、やすやすとほふられていく。その最中、怯える村民を見かけては助けてやるが、どうもまだ怯えている様子だ。


 幾層いくそうにもなった階を突き進み、遂に頂上と思われる階に辿り着く。

 ここは他の階とは違い、圧倒的な広さと威圧感に満ちていた。


「貴様、俺の部下に何をした。この耳に響くのは、仲間の悲鳴だけダ。貴様、何をしたか分かっているのカ?」


 そこに立ちはだかるのは、今までの異形たちとは別格の存在感を示す怪物だ。巨大な体格に加え、どこか流暢りゅうちょうに話すその口調。風格からして、一筋縄ではいかない相手であることが伝わってくる。


「お前、強いなぁ。…あぁ、血がたぎる、たぎたぎたぎたぎたぎるぜぇ。呑ませろ、お前のその力。ははは、貴様を殺す。」


 高揚感に呑まれ、理性が薄れていくのを感じる。己の中の獣が暴れだそうとしていた。


「貴様、話を聞く気が無いようダな。ならばコロスまでだ。」


 異形の巨体が近くにあった3メートル以上の斧を構え、俺に向かって歩み寄る。その斧はまさに、俺の全身を簡単に両断できるほどの大きさだ。


「仲間の無念、晴らさセてもらオう。」


 瞬間、巨体が一瞬で間合いを詰めてくる。直後、斧が振り下ろされたが、俺は悠々ゆうゆうかわす。


「お前、案外速いなぁ。だが、速度任せの単調な攻撃なんだよぉ!!!」


 言葉を挑発に使いながら、反撃の一撃を放ち、巨体の足を切り裂く。あっけなくその足が切り落とされ、奴は苦し気に叫びをげ上げるが、俺はその隙を逃さず体中を斬り刻んでいく。


「グアァッァァァァァァっぁぁ!!」


「あははははは!!そんなもんなのかぁ!!」


 俺は斬り刻みながらも相手に対して挑発を続ける。


「グッ……舐めるなっ小僧っ!!」


 その猛撃もうげきを喰らいながらも、怪物は俺に対して反撃の一手を繰り出してくる。攻撃の最中だったからか、少し反応が遅れて片足が吹っ飛ぶが、俺は血がしたたるまま笑みを浮かべる。


「いいぞ、もっと俺を満たせ!!」


 片足を失ってなお俺は刀を振るい続け、やがて奴の体中を切り刻み、動けなくなるまで追い詰める。そして、怪物の胸に足を置き、止めを刺そうとする。


「グッ、やめッ死にたく…ないぃ。」


「調子に乗んなよ。お前らだってこうしてきたんだろ?」


 俺は容赦なく刀をもう一度握り、怪物の肉体の中央に狙いを定める。


「なかなか面白かったぜ。巌流島がんりゅうじまのあの野郎以来久しぶりの楽しい戦いだった。安らかに眠りな。」


 俺は薄くなった肉の中心部である心臓を最後に突き刺した。もうとうに喋る気力すらなかったのか、悲鳴さえあげなかった。


「さってと、んじゃ帰る…って…片足がねえじゃんか。今になって痛くなってきた。………どうすっかな。」


 今頃俺は片足がなくなったことに気づいた。激痛が今になって流れ、正直立つのもつらい。その時、最上階の入り口からアリアがやって来た。


「やっと間に合ったよ…大丈夫かい…って……えぇぇ!?!?」


 この場の様子を見たアリアの顔が青ざめ、驚愕きょうがくの表情で俺を見つめる。片足のない俺と、よくわからない巨体の怪物。そりゃ、ビビるよな。

 ま、関係ないか。このまま俺は死ぬだろう。そして、責務せきむを全うできぬまま二度目の死を味わう。


「……すまないな。思いのほか敵は強かった。正直舐めてたよ。片足を失った俺に、もうアリアの願いを果たすことはできない。すまなかったな。」


 俺は自分の片足を見つめる。持って10分が関の山だろう。俺はもう目をつむり、死を悟る。第二の命、短かったが、案外楽しかった。


「ダメだ!!君が死ぬなんて、許さない!!」


 アリアがそう叫びながら、俺の方へ駆け寄る。そして、失った片足を嫌そうに持ちながら、俺の足の切断面せつだんめんにくっつける。


「っ…何をするつもりだ。」


 俺の言葉を聞いても、一向に返事などせず、完全な集中状態になっている。次第にアリアと俺の足の切断面には光が集まり、みるみると修復される。やがて痛みさえなくなり、以前と全く同じ状態になる。


「これは……」


「君の足を、蘇生した。ふぅ…ちょっと疲れたけど、これでもう大丈夫かな?」


 そうか、アリアは命の神だったな。だが、こうも簡単に俺の足を繋ぎなおすとは。大した芸当だ。


「この村の平穏が取り戻せたなら、一度帰ろう。もう君にこれ以上無茶をさせたくは無いよ。」


 今にも泣きそうな顔の彼女を見て、俺は小さく笑みを浮かべる。


「ありがとな。っし、今日は俺も十分満足できたし、帰ろうか。」


 俺は修復された足でその場に立ち、この気味の悪い建造物を後にする。


「ありがとな、アリア。お前のおかげで、俺は飢えを満たせそうだ。」


「感謝する必要はないよ。いわばこれは、取引だからね。」

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