世界最強の剣豪、異世界を斬り拓く者となれ。

隼ファルコン

第1話 渇望の獣

「……乱世らんせの世は過ぎ、当に世は平和だというのに……なぜそこまで強さを求める?血に飢え、渇望かつぼうし、勝利に取りかれた獣となり果て、ついに武の極致きょくちへと至った。それでも一体、何が足りぬのだ?」


 全身から血を流し、息も絶え絶えな男が問いかける。その問いに対し、傷こそあれど余裕そうに二本の刀を構えた剛健ごうけんな男が、静かに答えた。


「そんなん決まってるだろ。俺よりだ。俺を打ち倒す者に会うために、俺は強さを磨き、世界を流離さすらった。でも、この世で俺と並び最強とうたわれたお前ですら、このザマだ。もういいのかもしれないな……」


 刀を持つ男の声には、どこか寂しさがただよっていた。しばしの沈黙の後、彼は一本の刀を手放し、もう一本の刀を腹に突き立てた。


「…っっっ!!何をしている…貴様!そんな事をしたら死んで――」


「あぁ、俺は死ぬ気だ。単純に飽きたんだよ。玉座を独占するのにな。俺が死んだら譲ってやるよ。何の意味もないその空っぽの玉座をな」


 最後まで強者としての威厳いげんを崩さぬまま、二本の刀を持った男はこの世を去った。彼の死体は直立不動のまま、揺るぎない存在感を放っていた。


「……死に様まで、誠に天晴な男であったな。全く、惜しい男を失った………。」


 その場に残った男が呟き、最強の剣豪の最期を悼んだ。こうして、剣豪の物語は一旦幕を閉じたかに思われた――しかし、真の意味での終わりではなかった。




「初めまして!こんにちは!!ハロー!ニーハオ!!僕は命を司る神、『アリア』です。よろしくね!」


「………ん?どこだ、ここは。」


 気がつくと、俺は不思議な空間に立っていた。見渡す限り星空のような景色が広がり、足元に地面はないはずなのに、確かに立っている。さっきまで俺は、死闘の果てに自ら死を選んだはずだ。これは一体どういうことだ?


「あ、あのぉ……無視は傷つくなぁ。その、挨拶には返事くらい返したらどうだい?僕、こう見えて結構傷つきやすいんだから。」


 気まずそうに話しかけてくるその人物に、俺は少しばかり面倒くさそうに答えた。


「あぁ、何だ?俺に何か用か?用があるなら手短に頼む、少年。」


「……なんだいその態度。せっかく僕がを与えたというのに!」アリアはぷくっと頬を膨らませ、「それに少年って言うのやめてくれ!僕は女だ!」と抗議する。


 第二の命なんて荒唐無稽こうとうむけいな話だが、事実俺の肉体は元に戻っている。本当に神なのか。って、女なのか。


「……で、何だって?命がどうとか?」


「ふふーん!君にを与えたって話だよ。僕の力で生き返らせてあげたの。すごいでしょ!」


 アリアは得意気に笑う。


「なるほどな、俺は生き返ったのか。」


 ようやく合点がいった。俺がこうして立っている理由も、この異空間も、どうやら神と関係があるらしい。


「そうか……俺は、生き返ったのか。」


 ならば俺は、おそらく死者の世界にて神と話している状況という事だろう。ならば、一層違う景色に示しがつく。

 孤島での戦いで俺は世界最強となり、自ら命を落とした。


 だったのに生き返らされたとなると、プライドを踏みにじられた気分になるな。


「なるほどな。ま、生き返らせてくれたのなら、一応感謝かんしゃしておこう。ありがとう。それと、さっきの無礼ぶれいな態度もびる。」


 俺は神に対して頭を下げ、謝意しゃいを見せる。ぶっちゃけ、生き返らせてほしかったかと言えば圧倒的あっとうてきにNOなのだが、まぁそこは致し方あるまい。


「案外聞き分けのいい子なんだね。もっと出会う先々で人を斬りまくる斬殺魔ざんさつまだと思ってたよ。」


「そんなわけないじゃないですか。意味もなく人は襲わないし、俺には今、武器もないんですよ?」


「確かにぃ!賢いね。」


 俺の言い分に感心している様子だ。まぁそこはどうでもいい。そんな事より、本当に俺を生き返らせたのならおかしい事があるだろう。


「……一つ聞いてもよろしいでしょうか。」


「うん!!もちろん構わないよ!!」


 なんか嬉しそうだな。


「なぜ、俺を生き返らせたのですか?理由によっては、あなたに何らかの痛みを味合わせることになります。」


 神である以上、死者を蘇らせるくらい朝飯前なのだろう。だが、俺には死を望む理由があった。そんな俺を生き返らせる意味がどこにある?。


「鋭いね。ナイフを喉に突き立てられた気分だよ。まぁ、もしそうだとしたらちょっと喉が切れてるかもしれないくらい僕の心に刺さってるんだけどね。」


 その時視界の端で何かが動いているような気がした。それはアリア様の足元だった。足元を見てみると、足がプルプルと震えている。


(俺にビビってるのか?もしかしてこの神、人より弱いのか?)


 俺は眉をひそめ、アリア様の顔を覗く。


「もう!!言われなくてもわかってるよ!!僕はとても弱いんだ。人間である君より何倍も弱い。だからこそ君にお願いがあるんだよ!!」


 アリア様は、少し涙目になりながらも赤裸々せきららな告白を行う。コンプレックスなのだろうか。今にも泣きだしそうだ。その後、少し息を整えキリッとした表情になる。


「実は、僕が管轄かんかつする世界が【刀狩軍《とうしゅぐん】って連中に侵略されてるんだ。僕の力じゃとても対抗できないからとても困ってたんだけど、その時君を見つけたってわけ。」


 アリア様は目をつむり、胸に手を当てる。 そう語るアリアの表情は、神の名にふさわしい気高さを帯びていた。


「君の死に様、僭越せんえつながら見させてもらったよ。天晴あっぱれという一言に尽きる。死の間際でありながらも肉体を地につけることはなかった。まさに強者の風格。そんな姿に、僕は可能性を見出したんだ。彼ならなんとかできるって。」


 なるほどな。要するに世界を救ってくれ、というわけか。まぁ正直どうでもいい。だが俺が関心を持ったのはそこじゃない。


「…一つ聞こう。そいつらは、俺よりのか?」


 世界を滅ぼすほどの強大な悪。もしかすると、これこそが俺の追い求めていた存在かもしれない。アリアの話を聞いている時、俺はそう思った。


 アリアは少し驚いたように目を丸くし、にっこり笑って応えた。


「ふふ、そうだね。君なんか、ボコボコのコテンパンにできちゃうくらい強いよ。」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず口元をほころばせた。いつ以来だろうか、心臓が高鳴るのを感じたのは。


「いいだろう。その願い、うけたまわろう。俺の全身全霊ぜんしんぜんれいをもって、その化け物を討ってやるさ。」


「本当かい!?あり…ありがっ……ぐすっ、あり……ありがとう…」


 気丈にふるまっていたのかもしれないが、とうとう緊張の糸が解かれたのかアリアから涙があふれる。

 その後、アリア様を泣き止ませるまでどれほどの時間がかかったか分からない。神でもこれほど泣くのだな。人間とさほど変わらない。


 しばらく時間が経ち、アリア様が泣き止んで本題に戻る。


「ふー…それじゃあ、君に何か力を授けるよ。正直、君の超越ちょうえつ技術ぎじゅつがあってもあいつらには勝てない。単純に数が違うからね。さぁ、何か欲しいものはある?力、武器、金。何でも構わないよ。」


 魅力的な提案に、俺は少し頭を悩ませる。いや、悩むまでもないな。無駄なもんはいらない。俺は神に何かを望んだりしない。


「ならば、俺が生前使っていた二対の刀。それをもらってもいいですか?」


 俺の相棒とも呼べるほど、いくつもの死線を潜り抜けた愛刀、「河内守源永国かわちのかみみなもとながくに」「和泉守兼重いずみのかみかみしげ」。それを俺は望んだ。


「え?そんなものでいいの?べ、別に僕に配慮はいりょする必要はないよ。君の刀が優れていないという意味ではないけど、もっと優れた武器を用意することもできる。何でも、とは言わないけど岩を斬れるくらい鋭い刀とかね。」


「確かに魅力的ですね。でも、あの刀は俺の手に馴染むんです。それに『神仏を尊びて神仏に頼らず』。神は崇拝すうはいするものであって、利益を願うものではありません。このくらいで十分です。」


 俺は自分の考えをアリア様に話す。神が願えというのであれば甘んじるのも悪くないかもしれないが、俺には十分だ。

 生前の、完全な俺の状態でどこまで戦えるのか。”どんな手を使っても勝つ”。でも、それは俺の力でだ。あまりに頼りすぎちゃ面白くない。


「わかった。君が望むならそうしよう。でも、流石に不安だから僕が個人的に考えてた能力を与えてもいいかい?大丈夫。きっと君の役に立つし、邪魔もしない。」


 本当に俺の邪魔をしないのか気になるが、一応信じよう。


「……まぁ、貴方がそう仰るのであれば問題ありません。じゃ、行きますか。」


「了解。じゃ、今から転送の議を行うよ。身構えてね。それと、僕のことはアリア様じゃなくて呼び捨てで呼んでよ。それと、敬語も禁止!これからは仲間なわけだしね。」


「あれ?俺、目の前でアリア様って名前呼んだことありましたっけ。」


 この人の前で名を呼んだことはないはずだが。心の中では思ったが。


「あぁ、僕心が読めるんだよ。命と心って背中合わせだからかな?生まれながらに分かっちゃうんだよね。ま、そういうことだからよろしくね!」


「わかりました。そんじゃ俺も。よろしく頼む、アリア。」


 そう言葉を軽く交わすと、俺は目を猛獣が如く鋭く輝かせ、未知なる強敵との戦いを想像イメージする。姿、武器、戦闘スタイル、自分との戦力ささえ何一つ分からない。ただ一つわかるのは――


「俺を楽しませてくれよ…!」


 己の渇望かつぼうであった。




 ――――――――――――――――――――――――

 おまけ【心が読める苦労】

 

 二対の刀の男がアリアの容姿についてまじまじと見ている時の話。


(……今僕のこと胸がないって思ったよね?うぅ、気にしてるのに!でも、ここで指摘したら怪しまれちゃうし……)


 アリアは心の中で一人葛藤していた。ここでこの事を言及して不審がられないかと。ぶっちゃけどうでもいいことで悩んでいたのだ。


(ってか、なんか口に出して喋ってよ。まじまじと見てないでサ!僕、その、気まずいと死んじゃうんだよ。ほら、最初に挨拶したじゃん!ちょっとは言及してよ。彼が来るまでに1時間くらい考えたネタなのに。あぁ死ぬ。いやだぁ、死ぬ。もう死ぬんだぁ。なんかあるじゃん。パーティーで一発ギャグして、嫌な空気感になるやつ。ああいうの苦手なんだよぉ。)


 その後も顎に手を当てて考え続ける男にアリアはもう我慢できなくなっていた。直立不動で堂々と神の威厳を保とうとしていたが、頭の中では地団駄を踏んでいただろう。

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