第56話


隣にいる紅は、部屋に入ってから一度も言葉を発していない。


僕が制圧うんぬんを如月に問いかけている間も、特になんの変化もなくいつもの表情だった。

リストを見つめるその瞳も無気力だ。



「各々配置準備。

定刻に出撃してくれ」


『了解』



僕は如月の側近──加賀かがから通信機を受け取ると、耳に取り付けた。

これで如月や他の隊の指揮官と連携を取れる。


紅も付けた。

でも、おそらく彼は発言をほとんどしないだろう。

だからこれを使うのはほとんど僕だけだ。



「ねぇ」



準備でドタバタとする周囲から少し外れ、紅を人気のない場所に連れて行った。

そしてリストを出して指を指し、小声で話す。



「このリスト、絶対もっと詰められると思わない?」


「………」



ルナは常に無茶振りしかしてこない。

どう考えても1時間はかかる現場に30分で行ってこいとか。

帰還途中に、10分後出撃しろとか。



それに対して蜘蛛は、一つ一つにけっこう大幅な時間をかけている。

これでは本日の目標件数が少ないのもわかる。


もっと言えば、"これ以上はできる人がいない"ということでもある。


ルナと蜘蛛は戦闘特化型組織の中でも2トップだが、力の差が歴然としているように見えた。



「そこで提案なんだけど」


「…………」


「巻きで全部制圧してさ、残った時間は他の隊と合流しない?

蜘蛛の動き、興味あるんだよね」


「………」



紅はタバコを取り出して吸い始めた。

そして何秒か無言でいると、こう返す。



「…許可もらえば、別にいいんじゃねぇの」



よし、と僕は頷く。


僕らはバディなので、片方の意見だけが尊重されてはいけない。

紅から言質は取った。


お互いがいいなら、それでいい。



「さて。

蜘蛛の戦闘はどんなものか。楽しみだな」



蜘蛛の戦闘を見るのは初めてだ。

ずっとルナにいたし、応援要請を受けても指揮官である僕が行く必要はない。

そういう時はたいてい隊員の中から厳選されて召集しょうしゅうされる。


上役ではないが、まぁそこそこの地位ではあるので。

今回は本当に異例だろう。



僕は胸を躍らせた。

殺さずに気絶だけさせる方が体力的にはきつい。

手加減しなければ。


いつものようにやってしまえば、木製のナイフでも人は殺せる。



一番は、保護対象の安全。

それはちゃんと、忘れていない。








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