第55話



呼ばれた紅は無言で室内に入ると、僕の隣に並んだ。

僕も視線を紅から外す。



「木田から2人に面識があるのは聞いている。

酒匂しゅこうの技量については俺も知っているつもりだ。

…本当は2人でなんて行かせたくないんだが」



如月はいまだに渋っている。

けれど僕の相方が紅か。




めっちゃ最高じゃん。




酒匂しゅこうと僕がいれば、だいたいの現場はむしろ過剰なくらいでしょう。

問題ありません」



僕がそういうと、ようやく如月が首を縦に振った。

それでもあまりいい表情ではないが。



「…わかった。だが死んでくれるなよ。

頼むから」


「了解」



如月を見ていて思ったことがある。

とても打算的で狡猾こうかつだが、慈悲深い。



借りてきただけの肉壁に対して、頼むから死んでくれるなよ、とは。


それを本気で言っているのだから、僕から見れば甘ちゃんだ。



木田も秋信も、その辺の線引きは冷酷だから。



如月はまだためらった表情を浮かべていたが、紙を隣にいた男から受け取った。

そして今日の指示を始める。



「…じゃ、本日の現場について確認をする。

12時までに各部隊あと3件は終わらせたい。

13時まで警戒しながら休憩。

13時から18時までに各目標は5件。

リストは今配る」



僕は渡ってきたリストを見た。

分単位でスケジュールが組まれている。


普段はもっと余裕を持って計画しているだろうから、この騒動はそうとう大きな影響を組織たちに及ぼしているのだろう。


…他人事みたいに言っているが、僕も巻き込まれている1人である。

僕にそんな自覚はないけれど。



僕はリストと自分の持っている情報を照らし合わせた。


ものによるが、このリストだと先行隊──僕たちは2人だけど──が動く時間はだいたい1時間前後と書いてある。



けれど。



紅と2人だし、おそらくこの時間より巻きで終わらせることができる。


しかしそうなれば困るのはこちらだ。

増援が来ないのに先行して突っ走ることはできない。



ならば。



辺りが少し落ち着いたころで手を挙げた。

それに気づいた如月が僕に声をかける。



「なんだ。百鬼きなり


「増援と合流できなかった場合、制圧は許可されますか」



如月の指示を聞くために静まりかえっていた辺りが、ざわざわと騒ぎ始める。


きっとみんなこう思っている。

僕が、蜘蛛を舐めている、と。



しかし僕は舐めているのではない。



「スケジュールが分単位。

この通りに行かないことが発生すれば、先行する僕らの命が危険になります。

…死ぬなとの命令でしたので」



如月は苦い顔をする。



「…そうだな。

だがこちらの先行隊は制圧について詳しくはない。制圧はしなくていい。

特にお前らは2人だ。深追いはやめて、増援が望めないと思ったら逃げていい」


「深追いしなきゃ許可されますか」


「………」



如月の表情は険しい。

失敗は許されない仕事だ。


一つの判断で全てが狂う。



「なおも言いますが、僕らは先行です。

増援が望めなければ自身の命も、保護対象の命にも関わってくる。

過度な深追いはしません。状況は見極めるつもりです」



如月は迷っている。

この人は、非道になりきれない人なのだろう。


優しすぎる。

そんなんで今までやってこれたのが奇跡だと、僕はかってにそう思った。


如月が絞り出すように告げる。



「……毎回俺に連絡を入れてくれれば許可する」


「了解」








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