第52話


「いや〜、悪かったね。

お前さんの戦闘は面白いと聞いたから見てみたくて。

でも残念。お前は一度も表情を崩さなかった。

"それなり"を用意してたつもりだったが…。

足りなかったか?」



僕は差し出された手を一瞥いちべつだけした。


銃口を突きつけていた人物からそれを外し、元の位置に──腰に挿しなおす。

木製のナイフ2本も袖に戻した。



「ご心配されなくとも、誰も殺してませんよ」


「いや〜、それはよかった。

正直言えばここにいる全員、君を半殺し程度にはできてたはずなんだがなぁ」


「そうですか」


「なんか塩対応だね!?

聞いてたのとなんか違う!」



蜘蛛の最高司令官はギャンギャン騒ぎ始めた。



この人も、木田や秋信のように曲者だろう。


こんなおちゃらけてるのだって、おそらくわざと親近感を持たせるためだ。

そうしてふところに入り込む。


これは高いコミュニケーションが必要な"技術"だ。

これが"本物の"蜘蛛最高司令官。


わざわざ僕ごときのために出向いて来るとは。

意外だ。



「改めまして。

蜘蛛最高司令官、如月きさらぎ和磨かずまだ。よろしく頼むよ」


「よろしくお願い致します」



うやうやしく軽く頭を下げながら、僕は軽く舌打ちした。


つっっまんな。

こんな退屈な戦闘あったのかと思うくらいには退屈だった。



この程度の戦力で勝てると思われていたのだ。

しかもその一人一人が僕を半殺しにできるくらいの実力だと思っていた?



そんなわけない。



半殺しなんて言葉使ってる癖に、元から僕に傷をつけるつもりなんてなかったはずだ。


…この人は、褒めて持ち上げて、

僕の気を緩めさせたいってわけね。



腹の探り合いがうまいやつはこれだから好きになれない。



「ま、座ってよ」



そう言って彼──本物の如月きさらぎは、握手されなかった手を引っ込めて僕に椅子を勧めた。

僕は黙ってそれに従う。



「自己紹介、頼めるかい?」


百鬼きなりです」


「きなり?漢字は?」


「百の鬼で、百鬼きなりです」


「へぇ。珍しい苗字だな」


「そうですか」


「……ねぇ、やっぱ俺に塩対応すぎじゃない?」



如月はころころ表情を変えている。

わざとだろう。



ルナの2人を思い出す。


常に鋭い視線で圧倒する木田。

微笑みを絶やさず、腹の中が全く見えてこない秋信あきの



如月が纏っているのは、

それとは別の、もっとなにか違う。


表現しにくいが、まるで本当に蜘蛛の糸を張り巡らせているような。

真綿で首を締められている気分だ。



こういうのはかなり面倒なタイプだと思う。

周りにこういう人物がいなかったわけではない。


しかしこのレベルでコミュニケーション能力を完成されてると、僕自身の方がボロを出しそうだ。


口はチャック。







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