第51話

〜・〜




爽快なほど巨大なビルに着いた。


ここが蜘蛛の本拠地か。

来たのも会うのも初めてだ。



僕は、首から下げたルナ第一部隊指揮官のドックタグを手に、入り口に向かった。


複数の人物たちの視線が刺さる。

まぁ僕にはいつものことなので気にはならないけれど。


最初、彼らは僕の服装を見て怪しんでいるのかと思っていた。

全身真っ黒な戦闘服を来ているのだからしょうがない。


…いや、なんか違うな。

違和感を感じる。

僕の服装なんてみんなちらっと見ただけの反応だった。


どちらかといえば、1人で来たことに怪しまれているような。

そんな視線。


けれど通達はすでにされているだろう、とそのまま前へ進む。




僕は一番近くにいた人物にドックタグを見せた。

それを見た隊員ははっと顔をあげて僕の顔をまじまじと見る。



「…存じ上げております。こちらへ。

ご案内致します」



突然うやうやしくなった蜘蛛の隊員は、僕を先導した。

僕はその3歩後ろくらいを着いていく。



視線は建物内部に、意識はここにいる全ての人間に傾ける。


周りの会話、エレベーターの種類、匂い。



ルナよりずいぶん管理が甘い気がする。



隊員同士の会話とエレベーターの作りを照らし合わせると、この建物は52階まであるとわかった。

さらに最高司令官室は38階。

副司令官室は空き部屋。


香水のきつい匂いがする。

服に匂いが移らなければいいが。

標的に勘付かれる要因として、匂いは特に気をつけた方がいい。



先導の足が止まった。

僕も足を止める。


トントンと先導がノックをして、「いらっしゃいました」と告げると、入れと声がした。



「失礼します」



隊員が扉を開けて僕に先に進むよう促す。

僕はそれに従って部屋に足を踏み入れた。


茶髪におっとりした表情の男がいた。



「よく来たな」



よく来たな、じゃねぇんだわ。

そっちが呼んだんだろ。

なんて思っているがそれを表情になんて出さない。


目の前にいるのが地位の高い人物なら。

──すでに心理戦は始まっていると考えた方がいい。



「蜘蛛の最高司令官、如月きさらぎだ。

よろしくな」


「………」



……は?

最高司令官?

僕に立ち会うのが?


確かにエレベーターは最高司令官室がある38階で止まった。

しかし、僕ごときに最高司令官が直々に来ることあるのか?


それにこんなだだっ広い部屋に護衛は5人。

いや。隠れているのも合わせたら8人か。



僕1人ならと舐められている?



…違うな。


これは。



「よろしくできませんね」


「は?」


「申し訳ありませんが、帰還させてもらいます」


「ちょっ、」



僕はきびすを返して部屋を出ようと歩き出した。


当然、それに飛びかかってくるのが8人。



蜘蛛は基本的に"生かすこと"が方針だと聞いた。

その時から、木製のナイフを何本か調達している。


それを袖口から滑らせ、応戦する。




まず1人目。

1人が後ろからナイフを振りかぶってきた。

僕はそれに鳩尾みぞおちこぶしで1発叩き込む。


2人、3人目

振り向きざま2人の首に同時にスパッと切り込みを入れるようにナイフを振り下ろした。


4人目から8人目。

3人目が倒れて体制を大きく崩した隙に一気に畳み掛ける。

ごろりと転がって相手の足に切り込み、低姿勢のまま次の標的に向かってナイフを切り上げた。


その次は相手の喉笛から腹までを一気に裂くように木製のナイフで殴る。


その間にもう片方の手にもう一本の木製のナイフを滑らせ、左手側と右手側にいた2人の喉元を突いた。




ふぅ、と倒れ込んだ蜘蛛の隊員を見下ろす。

僕が持っているのは木製のナイフ。

全員殺してはいない。

うずくまっているだけだ。


みみず腫れくらいはするだろうが、血の一滴も垂れてはいない。



そして最後の1人に"本物"の銃口を向け、

"偽の"最高司令官に言い放つ。



「これはお遊びですか?」



ルナから突然出向が決まった僕を、この人数の護衛のみで最高司令官に会わせるなんて。

本物ならもっと警備は強かったはずだ。


ましてや、僕がこの部屋を出ようとしただけで止めるよりまず切り掛かってきた。

初動が早い。



僕を試したいのが見え見えの嘘。

腹の探り合いにもならない。



ぱち、ぱち、ぱちと後ろから音がした。

それと同時にその人物の後方から大勢詰めかけてくる。



拍手をした人物を横目に見た。


茶髪におっとりとしたタレ目。

けれどその瞳には常人ならぬ雰囲気がある。


にっこりと笑みを作って、その男は僕に手を差し出した。






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