人間隠し

sHiRal

人間隠し

 記者をしている僕は、あるタレコミから幽霊調査のために噂があるホテルに宿泊することになった。都内にある高級、それも誰もが知る有名なホテルで、幽霊が住んでいるとは到底思えない。

 深夜、調査のためエントランスに降りると、コンビニの隅、1人の店員がずっとレジ突っ立っていることに気がついた。

 僕がその店員を見つめていると、後ろから、ホテルマンが声を掛けてくる。

「コンビニのご利用はいかがですか?」

 時計を見ると針は二時半を刺し、こんな時間にコンビニが開いているわけが無いのに、僕は何の疑問を持つ事もなく、吸い込まれるように入店した。

店内は薄暗く、ホテルにチェックインした時とはまるで様子が変わっている。

 僕は1本のペットボトルとおにぎりを持ち、レジに近づくとそこには70歳は超えているであろう店員が俯いて立っていた。

「これおねがいします」

 僕がそう言うと、店員は返事もせずにバーコードを読み込む。

 気が悪いな、と思いつつ店員にもう一度話しかけた。

「このホテルで、黒髪の女に連れ去られる、神隠しの事件知りませんか?」

 その言葉を聞いて、店員は、バッと首を持ち上げた。

 しかし、すぐに定位置に戻し、

「いえ、このホテルには、何十年も務めていますが、そんな噂は1回も」

 僕は店員の反応に、"これは何かがある"と確信した。

 レジでお会計をしながら、その空気の違和感について考えていると、後ろからまたホテルマンが話しかけてくる。

「お客様、このような時間に出歩かれると危ないですよ」

 僕はホテルマンの方を振り向いた。

 黒いスーツに黒い髪、いかにもホテルマンという容姿。しかしその顔は、背筋が凍るほどに笑顔で、僕はそれに恐怖さえ感じる。「仮面」という言葉が似合いすぎる表情だ。

「あなたももう時間ですので、部屋に戻って大丈夫です。お疲れ様でした」

 ホテルマンは店員の肩に手を置き、耳元で小さくそう言った。

 店員なのに、部屋に?

 僕は、ホテルマンの言葉が少し引っかかる。しかし、何を聞くことはできず、ゆっくり、ゆっくりとコンビニの出口へ歩く店員の背中を見ることしかできなかった。

「お客様は、このような時間に何の御用でしょう?」

 僕はその言葉で、本来の目的を思い出す。

「あぁ、このホテルで、黒髪の女に連れ去られる、神隠しの事件知りませんか?」

 その質問が聞こえたのか、歩いていた店員がまた、一瞬足を止め、こちらをバッと振り向く。

「いえ、私は分かりかねますね。申し訳ない」

 ホテルマンがそう答えると、店員が先程の足取りとは思えないほどの早足で、こちらに近づいてきた。

「話、その話、ごめんなさい、ごめんなさい、」

 店員は僕の手を掴むと、そう言いながら、ゼェゼェと息を吐き、見た目75歳以上とは思えない速さで歩き出した。

「ちょっと店員さん!?落ち着いてください、待ってください」

 僕が止まろうとするが、店員の力が強く止まることが出来ない。

 暗く、足元を見るのがギリギリな廊下。

 後ろからはもう1つの足音。ホテルマンも僕たちに着いてきていることが分かった。

 一瞬振り向くと、先程よりも気味の悪い笑みを浮かべるホテルマンが、同じぐらいの速さで着いてきている。

「お客様、お待ちください、お客様、」

「ごめんなさい、ごめんなさい、」

 2人とも、同じ言葉だけを繰り返し、その2つだけがホテル内の廊下に響き渡る。

 長すぎる廊下。永遠に続く廊下。先が見えない。

 二人の繰り返される言葉が、ふと一瞬止まった時、時間が停止したように2人ともピタッと動かなくなった。

 僕は、店員の手を今のうちに引き剥がそうとする。しかし、力が強すぎるのか、はたまた僕の力が弱すぎるのか、店員の手は離れない。


「困ります、お客様。しっかりと寝ていただかないと」

その言葉を聞いた瞬間、目の前の店員の首から上が無くなった。

僕の顔には血しぶきがかかり、目の前にはホテルマンが、またニヤリと笑っている。

「え」


 僕はそこから記憶が無い。

 気が付くと、僕はコンビニにいた。

 見覚えのあるコンビニ。

 僕はそこから動きたい、と思うのに、そこから一ミリも離れることはできない。

「次は、お客様、あなたの番ですよ」


 このホテルは、神隠しなんて起きていなかった。

 そう記事に書こう。

「ごめんなさい、ごめんなさい、」

 そう言いながら、僕は今もコンビニのレジに1人立ち、お客様が来ることを待っている。

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人間隠し sHiRal @Ral_nui

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