n曲目 音楽がなきゃ息ができない
ライブの光景が、今でも目に焼き付いている。
その時の感覚は不思議なものだった。もちろん感動したし、憧れのような、嫉妬のような感覚も同時に抱いていた。
自分が音楽の道を志しているわけではないのに、自身の中の価値あるものに真摯に打ち込み、持ちうる時間を費やす姿に、強い憧れを覚えた。そしてそれをモノにする才能に、努力に、信念に嫉妬すらした。
それらを内包する彼らの姿が、自分には輝いて見えていたのかもしれない。
そんな強い感動を覚えて帰宅して、次の日にはまた学校へ行った。
学校での日々は、いつもとさして変わらなかった。
嫌な教科は嫌な教科のままだし、テストは1日1日近づいてくるし、苦手な人間は苦手な人間のままだった。
ただ、なんとなく今の自分は大丈夫だと思えた。
ふと一人になって廊下を歩いていると、頭の中で音楽が響く。
いつもよりゆっくりと瞬きをすれば、あの時の輝きが視界をちらつく。
バチバチと、輝きが風に乗って通過していく。
世界も現実も何も変わらなくて、今日も私は日々を生きる。
昨日よりほんの少し大丈夫になった私が生きる。
***
音楽があったからといって、特に何が変わるわけでもない。
どれだけ感動したって、翌日になれば日常が返ってくるし、現実は何一つ変わっちゃいない。
でも、音楽がなかったら乗り越えられなかったいくつもの経験がある。
逃げなかったから今につながっている。
陳腐な言葉だ。「あのバンドの音楽がなくちゃ今の自分はなかった」なんて。
だから、そうは言ってやらない。
仮に音楽がなくったって、私は死にはしなかっただろう。けど。
音楽がなくちゃ、息が詰まるような瞬間も確かにあった。
だからこうとだけ言ってやる。
音楽がなきゃ息ができない、と。
音楽がなきゃ息ができない いろは @mamotoiro
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