第5話 相談してきた!

「てなことで、先生今度花見行くんだよ」

「いいな〜! 私も行く!」

「だから駄目だって」


 言っても聞かない桜庭に、一応の雑談(報告)をする。言わずに出掛けて変な誤解を生むよりも、真っ当な段取りだ。

 …………桜庭は彼女じゃないよな?


 内視で浮かんだ疑問を喉元で止めておき、桜庭を宥めすかす。


「まぁ今度感想伝えるよ」

「待ってます! 次は一緒に行こうね!」

「あ、あぁ…………。合格できたら、な」

「やった! 言質とったよ!」


 多分、桜庭はマジで覚えてる気だろう。そんな気がする。まぁ、その時期なら問題にはなりにくい、か。

 桜庭は雑談を交わしつつも、手は動かしてくれている。俺の主旨として、問題を解いてくれていれば話し合いには応えるスタンスなのだ。それを可能かどうかはまた生徒個人によって異なるのだが。


「そいえば、桜庭は友達とこういった感じで出掛けたりってするのか?」

「もっちろん! 花の女子高生ですから! この前もスタバの新作飲みに行ったし〜。あとクラスの皆と親睦深めるためにラウワンいこー! ってなってたし!」

「お、おう…………最近の高校生すごいな」

「先生だって数年前は高校生だったでしょ!」

「それはそうだけども……」


 俺の場合はそれどころじゃなかったからな……。特にこの時期は担任と親を悩ませていた。

 高校生の青春はかけがえのないものだから、大事にしてほしい。

 そう言うとおっさん臭いから言わないけど。


「先生? どうかした?」

「ん? いや、羨ましいなって」

「なに先生〜。一緒にいく?」

「行かないって。俺が行ったら変な大人混じったみたいになるだろ?」

「そう? 割と友達も見直してくれると思うけど…………。確かに狙われるのはちょっと……」

「戻ってこーい」


 一人でぶつくさと考えこんで手を止めている桜庭は、悩ましげな表情を浮かべていた。行くわけがないというのに、本当に生真面目な性格だ。

 叶うならば一生こうであってほしい。


「柳先生」

「? 黒舘先生。どうかしたんですか?」

「今ちょっとお時間よろしいですか?」

「いいですけど」


 いきなり後方に現れた黒舘先生に、疑問符を浮かべる。桜庭も同時に手を止めていて、何事かと黙りこくっていた。

 黒舘先生が申し訳無さそうに内容を述べる。


「プリンターが詰まっちゃって……。塾長も手を外してて、どうにかできますか?」

「プリンターですか……。桜庭さん、引き続き解いててもらえる?」

「はーい」

「ありがとう。行きましょうか」


 想定よりも軽い問題に内心ホッとしながら、黒舘先生とともにプリンターのある場所へ向かった。

 どうやら他の先生は今いないらしく、大した問題にはなっていないようだった。

 中身を調べて原因を突き止める。


「あー、ホッチキスかな……。これならちょっと強引ですが――――よっと」


 ホッチキスで留めてある詰まった紙を、傷つけないように無理矢理に引っ張り出す。なんとか綺麗に取れた。

 黒舘先生は申し訳無さそうに、感謝を述べる。


「すみません! ありがとうございます」

「いえいえ。でも黒舘先生がホッチキス外し忘れるなんて珍しいですね」

「ちょっと考えごとしてて……」

「…………?」

「あの…………お花見のことで」

「あぁ〜…………」


 洸成と早野さんが勝手に決めてしまったことか。

 俺としては俺が発端なわけで、申し訳ない。

 黒舘先生はそなことも知らずに、暗い表情で淡々と連ねる。


「私で良かったんですかね」

「むしろありがたいですよ! 男どもは女性陣いるだけで嬉しいですし」

「そ、そうなんですか……? 柳先生も?」

「俺も……? あぁ〜まぁそんな感じですね」

「そうなんだ……」


 冗談と言えど、そうは言っておかないと相手の気を損ねる。まぁ黒舘先生たちもそうであったならいいな。

 変な空気を醸し出していると、先輩講師がプリンターの様子を見に来ていた。


「お、プリンター直った? よかったよかった! 俺そういうの疎くてなぁ! …………何してるんだ貴音?」

「なんでもないですよ。直してただけです」

「そうかー? 勤務中に女性口説くのは駄目だからな〜?」

「口説いてないですって」


 ははははは! と冗談交じりにプリンターの様子を確認しに来た先輩は、そのまま戻っていった。何がしたかったんだよ。全く……。

 黒舘先生は苦笑交じりのまま、感謝を述べて仕事に戻っていった。最後に一言だけ、言い止める。


「黒舘先生」

「…………?」

「本当に嫌だったら、相談してください。俺がなんとかしますから」

「……っ! …………うん、ありがとう」


 その言葉はまるで本心のように感じられなかったが……。またその時はどうにかしよう。


 ###


「それで、週末にお花見行くことになったんだけど行ってもいい?」

『おー。行ってくれば?』

「男の人達も来るのに……。心配しないんだ」

『なに? 気遣ってくれると思ったの?』

「っ、そうじゃないけど」


 通話相手の冷ややかな声が、異様に私の言葉を震わせる。まるで興味のないような、どうでもいいと思っている様子の発言。

 付き合った当初はそんなじゃなかったのに……。


「ねぇ…………今度いつ会える?」

『知らねぇよ。由衣だってバイトと大学で忙しいって言うくせに』

「今度の休日とか、連休とかにさ。会おうよ」

『嫌だよ面倒くさい。――――――っおい今通話中『いいじゃん別に〜♪』』

「…………えっ?」


 聞いたことのない女性の声が、彼の電話越しに聞こえてくる。え、どういうこと……?

 近しい間柄なのだろうか。考えてくるだけで嫌になる。


『悪い悪い。また今度直接会って話そう。

 その時に、お互いはっきり伝えたいこと伝えようじゃん?』

「っう、うん…………」


 ――――恐らく、私はフられるんだろう。厭味ったらしく見せつけてくるのだろうか。


『ま、バレちゃしゃーねーか。じゃ、そーゆーことだから。お前も早く新しい相手でも探しとくんだな〜っ』


 プツっ、と切られ、無音の空間に引き戻される。

 携帯をそばに置き、ベッドに倒れ伏す。このまま寝てしまおうかな……。

 駄目だ駄目だと自分を律し、鏡を出して化粧水を塗る。思い立って通話したのがお風呂上がりだったため、今は寝間着を着ただけだった。


 鏡を見て、死んだ魚のような目が映る。

 ぱっとしない顔立ちに奥手な性格。私服は芋っぽいし。楓の方が十分モテるだろう。

 男性に対して耐性があるわけでもない。今の彼氏も向こうから提案されたことに、無計画に応えただけだ。


「お花見行く服、どれにしよう……」


 楓からしっかり釘刺されたし……。柳先生にも迷惑かけちゃったな。

 物思いにふけりながら、クローゼットにかけてある服を遠目で見る。


「柳先生も、あんまり行きたくなさげだったなぁ……」


 いっそのことなら、二人で出ていってしまおうか。

 いや、それだと余計に変に勘繰られる。

 現実味に欠ける妄想に時間を費やしていると、寝る時間が遅くなってしまった。


「…………でもせっかくなら、新しいヒト見つけないと」


 今の彼は絶対に別れを切り出してくるだろう。いっそのことなら、見返せるスペックの良さそうな人だって見せつけて――――――


「柳先生とか? いや、無理無理無理」


 なにを考えているんだ私。早く寝てしまおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る