第4話 約束してきた!

「貴音〜! 飯食いに行こーぜ~!」

「おお〜今行く」


 大学三年。一般的に大学での生活に慣れて、馬鹿なことや派手なことは控えるようになる。おおよそ二年生は酒に溺れて奇行に走りがちなのだ。あと一年生のように元気や活気に溢れてる訳でもない。就職活動を見据えて動き出し、専門的な講義に時間を取られるようになる。


 講義の数は嬉しくないが、講義がなければ友人と会うこともない。よってなんだかんだ人と会話できることは嬉しいことだ。友人は単位を落としかけていつ留年してもおかしくはないのだが。


「そいえば、今度駅前に新しくできたらしい香水の店行くんだけどさ。香水についてなんか知ってたりするか?」

「おっ? 貴音がお洒落とは珍しい。縁遠いモノだと思ってた」

「あんまし興味なかったからなぁ」

「なに、また好きな人でもできたん?」

「ちげぇよ」


 食堂までの道の途中。隣を歩く気さくな友人の名は楢林ならばやし 洸成こうせい。高校からの友人であり、同じ学部同じ学科志望の優等生。俺と同じでサークルや部活は入っておらず、休日は書店のバイト。下宿ではなく、たまに俺の家に泊まりに来たりすることも。

 七人ほどの友人間での大学チャットグループでも、必然的に他よりともに行動する回数が多い。


「そうだ、今週末桜見に行かね?」

「桜? 何故に」

「なんとなく、今年見に行ってなかったしなぁって」

「良いけど……どこで? 酒飲むん? メンツとかも」

「なーんも決めてない」

「マジかよ」


 短絡的に発言すると、洸成は少し引き気味に反応する。駄目そうかな。週末にバイトしてる奴らも多いし。

 頭をポリポリかいて考え事をしている友人は、スマホを見ながら何かを確認している。


「うーん土曜の夜はキツそうだな」

「夜? 洸成休日バイトだったら朝から夜までじゃなかったっけか」

「あぁそっちは大丈夫。今週は入ってないから」

「じゃあ何で」

「ソシャゲのイベントが18時からだから」

「おいこの野郎」


 スマホで確認していたのはバイトではなくイベントスケジュールのようだった。

 花より団子ならぬ花より花嫁、とのこと。やりこんでいるゲームへの熱は凄まじく、俗に重課金者と言われるものの類である。


「今月はいくら使ったんだ?」

「ちょっと六万ほど。いつもならこんなじゃないけど、推しがいきなり新衣装で出てきたら引くしかない」

「うっわぁ……」


 洸成曰く、「家賃していいのは課金まで」だそう。課金額は常に家賃の額より上回らなければならないそう(一人暮らしでもないのに)。

 軽い冗談はそこそこに、一応の承諾を頂く。


「まぁ他の奴らも出会ったら声かけとくわ。アイツらグループチャットだと反応しねぇし。せっかくなら女子もいればいいのになぁ」

「おー助かる。……女子はいいかな」

「にしても食堂すげぇ混んでるなぁ……」

「新学期だし、一年生が多いんだろ。並ぶか?」

「うーん……購買でもいいけど……」


 大方同じような大行列が想像できる。三限もないし、俺たちは並ぼうとした。その時だった。


「あれ? 柳先生?」

「っ! 黒舘先生!」


 後方から聞き慣れた声がして振り返る。俺のことを「先生」とつけて呼ぶ人は予想がつく。

 栗色の長髪を後方で一つに結んでいて、眼鏡をかけている。塾の時はかけていないが、大学ではかけているようだ。


 って、そうではなく。


「なんで黒舘先生がここに?」

「なんでって……友達とお昼だけど」

「あぁそうか……そうっすよね」

「はははっ。柳先生たまに抜けてますよね」

「驚いたもので……」

「由衣〜? そっちの人は?」

「バイト先の同僚。柳先生」

「顔良っ! 背高っ!」

「どうも……」


 空気になりつつある洸成が、ッスゥゥゥ……と散り散りになりかけているのを止めていると、黒舘先生たちは話し込んでいるようだった。


「由衣狙ってたりする?」

「私一応彼氏いるんだってば」

「えぇ〜あのクズ男? もう別れる寸前でしょ〜?」

「でも! 一応付き合ってはいるんだし」

「律儀というか断れない性格というか」

「いいでしょ!」


 小話も終わったようで、再度俺の方へ話しかけてきた。黒舘先生ではなく、その隣にいる女性が。


「すみません! いきなり話しかけちゃって! 私、由衣の友達の早野はやの かえでって言います! 柳さんて彼女いたりするんですか?」

「彼女はいないかな」

「えー! いそうなのに。じゃあ良かったら今度、どこかに行きません?」

「滅茶苦茶グイグイ来るね……」

「私! 大学でイケメン高身長高収入(見込み)を見つけたいんです!」

「おっおう…………」

「ちょっと楓! 柳先生困ってるじゃん」

「大丈夫だよ〜。脈なしなら引くけど、関わるまで分からないじゃん!」

「関わり方の問題なのっ」


 食堂の行列が進みつつ、逃げ場のない会話の場で対応に困る。苦笑を作っていると、後方から肩をトントンと叩かれる。何か考えている様子の洸成は、俺に耳打ちした。


「貴音。この人たちで良いんじゃないか?」

「良いって……?」

「さっきの花見の話だよ。顔見知り度は低いけど、折角誘われてるんだしちょうど良いじゃんか」

「なになに? 何の話ですかー?」


 早野さんが俺たちの会話に興味を持ち、洸成は社交ヅラでにこやかに返す。


「いやぁ、折角だから複数人で花見でもどうかってね。あ、俺楢林 洸成」

「わぁ! 花見! 良いですね~」

「でしょでしょ? 週末にやろうとしててさ、金曜か土曜辺り。男はオレ達二人ともう二、三人くらい。どう?」

「なんか合コンみたい!」

「「えっ! 合コン!?」」


 俺と黒舘先生が揃って異を唱える。が、二人はとても乗り気で話を進めようとしていた。純粋か深慮かわからないが、二人とも面白がっているに違いない。


「じゃあ、私も二、三人くらい人集めておきますね〜。あ、これ私のアカウントです。インスタ繋がってます?」

「おっ、知ってるかも。これで合ってる?」

「それですそれです!」

「驚くべき速度で繋がってる……」

「お、おい洸成。お前そんな性格じゃないだろ」


 洸成のヲタク気質は目視じゃ分からない。ヲタクではあるものの、陽キャ的一面も兼ね備えてる。故にパッと見の印象で騙される人も多い。

 かくいう俺は陰の者寄りだ。


「まぁまぁ。あ、ドタキャンは無しだぞ貴音」

「由衣もね」

「「え゛っ」」



 突拍子も無く言葉にしただけなのに、まさかこんなことになるとは……。

 俺と黒舘先生は互いに見つめ合いながら、共に苦しい表情を作っていた。




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