第3話♧あの娘が頭から離れない

 5月12日の水曜日、19時過ぎの狭い寝室として区切られたスペースで壁に背中を凭れて、スマホを弄っていた私。

 ばっさりと切り、金髪に染めた毛先をひとさし指で巻き付け続けた。


 この頃、ある女子高生のことが頭から離れず、逢えたらと想い馳せている。

 その女子高生は桜紅おうこう高校の制服を着ていて、まだ幼さの残る顔立ちをしており、とにかく可愛かった。

 私は交際していた恋人から別れを切り出され、傷心していた。そんな時に、アルバイトをしているコンビニに天使が現れた。

 名も知らない桜紅高校に通う女子高生に一目惚れした私——内海夏涼音うつみかりんだった。

 私は彼女に出逢って、恋人だった女性に褒められた黒髪を未練を断ち切るように金髪に染め、ばっさりと長かった髪を切り、痛い思いをして両耳の耳たぶに穴を開けピアスを付けた。

 些細な擦れ違いが増えて別れることになった恋人が褒めたモノなんて消し去りたかった。

 一目惚れした女子高生といつか逢えることを願って、彼女と恋人になって、交際していた女性との想い出を塗り替えたかった。

 壁に倒れないように立てられたアコギを一瞥して、叶いもしないだろうあの娘との未来を想像した。

 私は過去に壊そうとして母親に止められたアコギが、あの娘との距離を縮めてくれるだろうとそんな風に思えた。

 逢えるかもわからないのに……


 父親だった男性に一軒家を追い出された母親は私を連れて、アパートを借りて新生活を始めた。

 内海母娘は家計が苦しいながらも今日まで生きてきた。

 5月に入ってから、母親が無理した繕った笑顔を見せずに夫婦の関係が良好だった頃の笑顔を取り戻し、見せ始めた。


「ねえ、夏涼音〜!今夜、一杯付き合ってよぅ〜!まだ早いしさぁ〜」

「えー……こういう日こそ早めに寝た方が——」

「そんなこと言わずにさぁ〜夏涼音ん〜!夏涼音ってさ、お父さんがほしいとか……ある?」

「もうママってばぁ……いきなりなにぃ?」

「どう?私が再婚するって言ったら、反対する?」

「私は……あの父親ひとみたいな男性ひとじゃなければいい……ってくらい。ママが騙されてないなら、反対しないよ……」

「そう……あぁー、変なこと聞いてごめんね。さっ、呑も!」


 私は母親にリビングに連れて行かれ、一杯だけ付き合い、就寝した。



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