アルベルト視点・上

アルベルトへ

今日ユーフィリア・オニキス男爵令嬢と接触して協力を取り付けたわ。彼女の性格からしてすぐに裏切ることはなさそう。今回の件が終わるまでは味方だと思っていいよ。

そっちはどう? 報酬勝手に貰ってったんだからその分ちゃんと仕事してよね!

ユーフィリアからの情報、一応共有しておく。

・サルウェンの愛人をしているメイドは計6人

・4人はユーフィリアが説得すれば懐柔できるけど、残り2人は明確なメリットを提示しないと無理そう →明日の話し合いで落としてみせる!

・実は私が聞いた時のはユーフィリアの策略だったみたいで、普段は個室で密会してるから目撃者はあまり居ないらしい

じゃあ明後日よろしく!


ps.報酬の件だけど......やっぱり私から、ちゃんと渡すべきよね。その、とにかく成功したらね!!

レイチェルより




昨日の夕刻、レイチェルから初めての手紙が届いた。食前に通知を受け、すぐに内容を見たかったが食事中にそれを開けるわけにもいかない。結局、夕食には全く集中出来なかった。ルリーからも注意されなんとも言えない気分で食べ終わったが、そんなことは些細な問題だ。


順調にことが進んでいるようで安心だが、オニキス男爵令嬢の考えがイマイチ分からない。詳しく聞き出さなければ。やる気十分なところも可愛いな。報酬...何をくれるつもりなんだろうか。色々と想像してしまう。

何度も読み返したがその度に胸がざわつき、頭が正常に働かなくなる。おかげで寝不足だが、これを言っても惚気だと思われてしまうだろう。


さて、どう返事したものか。

読んだ素直な感想? いや、ここは自分の有用性を示すべく戦果を報告しようか。しかし初めての手紙がそれでは少々味気ないのではないか?

レイチェルの読んでいた詩集「やわらかな恋の音」には、好きな人から初めて貰った手紙があまりにも甘酸っぱくてとても人には見せられない、といったものがあった。俺もここでアピールするべきなのではないだろうか。



「ルリーから女性の好む便箋を貰ってきてくれ」

「アルベルト様。ルルリア様はまだ6歳、タンザナイト公爵令嬢の好む便箋は持っていらっしゃらないかと」

「ふむ。ならば買いに行こう」


食後のお茶を飲み干し、準備をしようと立ち上がる。すると従者があまりにも馬鹿にしたような表情をしていたので注意する。


「なんだその顔は」

「いえ、アルベルト様が適切な便箋を買えるのか甚だ疑問であるという顔をしただけです。本日のご予定を理解していらっしゃるならばとてもそんな馬鹿げた提案など出来ないだろうな、という顔などしておりません」


仏頂面で淡々とそう答える従者に、思わず笑顔になった。なるほど、それもそうだ。

マントを羽織り出かける用意をするとそのままドアへ向かい、一言言いつけた。


「ではお前の今日の仕事はレイチェルが気に入る便箋を買ってくることだな。頼んだぞ」



機嫌よく出かけていく主を完璧な礼で見送ると、従者はぽつりと呟いた。


「嫌味なんだけどなぁ」


アルベルトがレイチェルに誤解された要因の一つであるあの皮肉めいた口調は、幼い頃からそばに居るこの従者の影響である。

アルベルトは従者の嫌味をアドバイスや心配の言葉として受け取っているので、それに気づかない限りすれ違いはなくならないだろう。


ふ、とため息をついた後、従者は主人の命令を果たすべく動き出した。





今日は昼までいつも通り仕事をしたあと、サルウェンの上官との打ち合わせがある。一昨日のうちに内密で話があるとアポを取っておいたのだ。



この国では全ての貴族男子が19歳になる年に王宮での仕事を体験する。1年間色々な部署を回ったあと、どこかに引き抜かれたりそのままその部署に配属されたり、はたまた自領に戻り領主勉強をしたり。仕事といっても大事なものは任されないし、週に3日の休みが確約されていてバイトみたいなものだが。


現在19歳の俺も例外ではない。

宮務局というところに配属されてはや2週間、そろそろ次の部署へ回される頃だ。ことが起きたのが今で良かった。おかげでサルウェンを出し抜ける。

宮務局の仕事内容は多岐にわたるが、現在任されているのは出張や休暇の管理業務だ。


サルウェンの上官であるテイラー情報局長は明日、地方に出張の予定だった。しかし先方の都合で延期となり、急遽休暇に変わったのだ。その延期連絡が来たのがちょうど、レイチェルが訪ねてきた日の朝。担当だからと休みにも連絡を寄越してきた上司には渋々ながら感謝している。


軽く上司を睨みつけながらの昼食を終え、王宮を出る。約束の場所は人目につかない寂れたバーの隠し部屋だ。




「テイラー情報局長、お久しぶりです」

「久しいねぇ。ところであのお願いはなんなんだい?私はあまり隠し事が出来なくてねぇ」


苦労したんだよ、とこぼす目尻にシワの寄った温厚そうな老人。出張が延期されたことを部下たちに黙っていて欲しいと手紙で頼んでおいたのだが、なんせ急だったので根回しができなかった。そのせいでぬけぬけと恩着せがましく言われてしまう。

情報が命とも言える情報局長を長年務めている彼が今更隠し事などで苦労するはずもないのに。


「いきなりの不躾なお願い、大変失礼いたしました」


しかしここで悪態を着いたところで協力は得られない。レイチェルにご褒美を貰うためだ。

ピクつく口元を必死に抑え、穏やかな口調で下手に出る。


「どうしても会いたいなんて言われちゃあねぇ。さ、私も忙しいんでね、用件を言いなさい」


細められた瞳に若干の緊張が走る。今日のアポも、無理やりねじ込んだものだ。どうにか上手くいってくれと口を開く。


「サルウェン・パール公爵子息についてなのですが」

「ほぉ」

「明日、彼の仕事の様子を確認していただきたいのです。悪質な不正行為をしているという情報がありまして」


ぐっと言葉に力を込める。この老人は掴みどころがなくあまり関わりたくない部類だが、計画には欠かせない要素だ。


レイチェルの決意を込めた顔が浮かぶ。

彼女に協力したい。ご褒美が欲しい。

彼女の汚名を晴らしたい。俺たちがキスしたことは事実だから広めるけど。

もっと愛を伝えたい。そばに行きたい。頼られたい。こちらを見てほしい。


もっと、もっとレイチェルを知りたい。


自分の原動力は、あの日からレイチェルしかない。


彼女のためなら何だって......いや、この言い方は少し綺麗すぎる。もっと適切な言葉で説明しよう。

レイチェルに近づくためなら何だって出来る。たとえどんな手段であろうと。



元々サルウェンは気に入らなかったのだ。それが彼女の婚約者などになって、この4年間安眠できた事など一度もない。

何とか最悪の事態だけは避けてきた。大元の計画に変更はあれど婚約破棄までたどり着いたのだ。このまま乗り切って、レイチェルがあの事を知る前に全てを収束させるのが1番良い。


そりゃあ俺は自己中だから、君の気持ちなんていつも後回しだけど。好きな人には傷ついて欲しくないって思う心くらいはあったみたいだから。

だから今回の計画だけは、どうしても成功たせたい。



「それは無理なお願いだねぇ」


興味が無くなったかのように軽く頭を振り、目線が逸らされた。

拳を固く握りしめる。ここで負ける訳には行かない。



情報の駆け引きと鋭い嗅覚のみでここまでのし上がった歴戦の猛者、テイラー。

そして、こと駆け引きについてひよこ同然ながらもレイチェルのことのみ考えてきた男、アルベルト。


2人の静かな睨み合いが、今、始まった。

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