新たな自己中現る

「お嬢様、おはようございます」

「......おはよう」


 今日も平和な朝が訪れた。昨日の夜の嵐などなかったかのような晴天だ。私の黒歴史もなかったことにしたい。アルベルトの声や感触が忘れられなくて全く寝付けなかった、とほほ。


「本日は朝食ののち、旦那様からお話があるようです」

「うわぁ。怒ってた?」

「少し」


 メイドの気まずそうに目を逸らす様子からかなり怒っていることがうかがえる。まあ大人しくしてるように言われたのに連日出かけてたし。でも毎回昼過ぎには逃げ帰ってたのにな。......ほら、色々あったから。




「お父様、失礼いたします」


 朝からとっても美味しいフルーツサンドを食べて元気いっぱい! これなら説教にも耐えられそう。もしや、そこまで考えてメニューを......? 恐るべし、使用人たち。

せめてもの謝罪の意を込めてお手本のような礼をして座る。


「分かっているだろうが、私はお前を信じている。ただ、さすがに件の噂の相手に会いに行くのはパール公爵家を刺激するだけだ」


 娘への説教など何処の親もしたくはない。嫌われたくないな、と思いながらタンザナイト公爵も真面目な顔で切り出す。

 一方レイチェルは決めた通りの文言を言うことに集中していた。もし失敗しても主犯は自分だと主張するため家族には一切計画を言うつもりはない。


「クリソプレーズ侯爵から謝罪の手紙が来ておりましたので、ご挨拶にうかがっただけです。もう会うつもりはありません」

「ふむ。あれは私からも手紙を出しておいた。慰謝料の半分を出すと言っていてな。それは願ってもない事だが......何を考えているのやら」


 馬の名産地として有名なタンザナイト公爵家と牛の名産地として有名なクリソプレーズ侯爵家。長年ソリは合わず、今でも微妙な関係性だ。




 レイチェルは公爵の追撃をのらりくらりとかわして何とか部屋までたどり着いた。濃い紫色のマーメイドドレスを取りだし強そうだ、と一人ほくそ笑む。


 髪を整えてもらっている間、時間を有効活用しようと計画についてメモを書き出した。

 今日の目標はメイドの懐柔。金でも弱みでも利益でも何でもいいが、とにかく寝返らせることが重要だ。彼女らは私たちにとっても大事な証人だけど、向こうにとってもそれは同じ。それ相応の対価を渡しているだろう。ではこちらは何で対抗するべきか。


 ずばり、同調圧力である!!



 そもそも彼女たちが今の立場に甘んじているのは、そりゃそれぞれ事情はあるにせよ同調圧力によるものが大きい。最初の子達は金や弱みで黙らせたんだろうが、段々反抗しようとする子も出てくるだろう。目撃者だって居なくは無いはずだ。でもそれが今まで無かったのは、他の子達がそれに続く様子がなかったから。


 自分一人で告発しても、その倍の数否定されたら勝ち目はない。それとなく他にも被害者が居ること、その全員が従順に従っていることを匂わせれば反抗する気は起きない。悪知恵の働くヤツだ。

 実際アルベルトに読ませてもらった日記の中には声を上げても誰にも相手にされなかったという人もいた。


 下級貴族である彼女らは、上位貴族に逆らわず、空気を読んで上手く生きていく必要がある。同調圧力に弱いのだ。

 だからこっちもそれで行く。被害者みんなでサルウェンに反旗を翻させ、完全勝利を目指す!


 まあ、交渉に使えるお金や弱みを私が持ってないからこの方法しかないってだけなんだけど。所詮新人公爵家のただの長女。一大派閥を持つパール公爵家へ反抗するにもこうやってちまちま工夫するしかないのである。




 さて、そんなこんなで王宮に居ます。先日サルウェンと密会してあんな事やこんなことをしていたメイドに突撃するのだ。

 彼女については空っぽの金庫をでっち上げてでも懐柔し、同調圧力をになってもらう予定。同調圧力作戦にも、1人くらいは協力者が必要だからね。


 その交渉相手については王宮メイド、男爵家、強かな性格、それなりに長い付き合いの様子からして20代中頃の娘、そしてサルウェンに従っていそうな人間となるともうオニキス男爵家3女ユーフィリア・オニキスしかいない。



 彼女とはパーティーでたまに挨拶する程度で特に関わりはない。しかし女学院時代に優秀な成績を残したことで王宮メイドに引き抜かれたことはちらほら噂になっていたし、その後も順調に出世していて将来のメイド長候補と目されている。


 オニキス男爵家は米の名産地として知られている。子沢山なこともあり資金繰りに苦労していて、長男以外は結婚もせず黙々と働いている家族思いな人たちだ。家族以外に興味が無いとも言える。

 でも私の予想としては金庫をでっち上げる必要はない。むしろ愚策かも。





「ユーフィリア様。少々よろしいでしょうか」

「......タンザナイト公爵令嬢、どうか敬語などお止め下さい。私はただのメイドにございます。何なりとお申し付けください」


 艶のある漆黒の髪をきっちりと纏め、深い青のお着せを着て頭を下げる様子はとてもあの時のメイドとは思えないほど謙虚で楚々としている。


「今日はオニキス男爵令嬢としての貴方とお話をしにまいりました。今は休憩だと聞いたわ。青薔薇の傍で、是非ともお耳に入れたいことがあるの」

「青薔薇、ね」


 どうぞこちらへ、と促され人目を避けながらユーフィリアについていく。サルウェンの声が聞こえてきた生垣の前まで来た時、レイチェルは先手必勝とばかりに話を切り出した。


「先日ここでとても興味深い密談を聞いたの。それについての貴方の意見を聞きたいわ」

「なぜ私が......というのはもう手遅れでしょうかね。......こんな所で密談なんて、よっぽどの能なししかしない事だと思っております」


 青薔薇に優しく触れながら振り返ることなく次の段階へ話を進める。


「私、勇気のある女性の物語って大好き。でも大体のことは物語になる前に消えてなくなっちゃうのよね。悲しいことだわ」


 ユーフィリアはそっとレイチェルに近づき、青薔薇に触れていた手を取ると持っていたハンドクリームを塗りだした。よく見るとレイチェルの指先は少し乾燥していて、みるみるうちに艶艶しくなる。


「それはその女性が優しすぎただけのこと。相手が無様に負ければ負けるほど民衆は楽しみだし、やがて語り継ぐ。......レイチェル様には当てはまりませんわ。そろそろ話題性が必要な時期ですもの」


 だからご安心ください。その言葉を聞くと、レイチェルは美しくなった指先をしばらく眺めてから力の籠った瞳に向けて微笑んだ。


「このクリーム、とっても気に入ったわ」





 ユーフィリアとの交渉を終えさっさと屋敷へ帰ると思い切りベットに沈み込む。


 あー疲れた! 6歳も上の女性と話すのはパーティー以外あまりないから緊張してしまった。同世代でも友達居ないから人間との自体が慣れていないだろうって?

 いや、今までは婚約者であるサルウェンと定期的にお茶会をしていたし、お兄様やその妻である義理の姉、そのお友達などとも話していた。だから人との会話自体は問題ない! 歳の差で緊張しただけである。あと、まあ、アルベルトも居るし。


 そうだ、今日の成果を手紙で知らせなくては。あっちはどうだろう。上官に話はつけたのかな。仕事早いらしいし不正の証拠もう見つけてたりして。いやいや、1日でそんな......


 だめだ、顔を思い浮かべると見飽きたニヤニヤ顔が段々熱っぽい目をして無駄にキラキラした笑顔を振りまくようになってしまう!

 もしあの時キスしてたら、どうなってたんだろう。抱きしめられただけであんなにドキドキしたのに。うぅぅ恥ずかしい。やめやめ、真面目に文を書かねば。



 頭を振って煩悩を追い出す。昼食を食べたあとはユーフィリアへの詳しい手紙や契約書を作らなければならない。不正の証拠を掴む2日後まで、やることは山積みだ。




 オニキス男爵領の特産品は米。中でも力を入れているのは米ぬかを使ったハンドクリームだ。タンザナイト公爵家の特産の1つである馬油との相性は言わずもがなである。

 彼女もそろそろ特産品の販売拡大によって自ら資金を手に入れ、自立した領経営へ進みたかったのだろう。


 強かで思慮深く自己中な女性は既にサルウェンを見限り、次の権力者へのパイプ作りをしていたのだ。彼女にとって真実を知ったレイチェルの辛さやサルウェンの失脚はどうでも良い。金と権力を持つ相手に自分を売り込み利益を得る。それがユーフィリア・オニキスだ。



 自分の予想が当たっていたことに安堵しながら、その強力な協力者について書き出した。

 2人の人間が、理由はどうであれ自分に人生をかけたのだ。その信頼と期待に応えるべく、計画をより綿密にしていく。


 好きだと言ってくるアルベルトや、コネのため情報をくれたユーフィリア、そしてサルウェンを見返し価値を示したい自分。

 全員のためにも、負けられない戦いだ。

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