自己中な女
また一晩がたった。最近、目覚めが悪い。3日前は事故チュー、2日前はアルベルトのアレ、そして昨日はサルウェン様のこと......
サルウェン様が前から色んな女性と関係を持っていた、ってことはもう確定でいいのかな。全然気づかなかったや。むしろ女性慣れしてないかと思ってた。あれ、演技だったんだろうなぁ。
いや、悲しむのは後! まずは今の状況を何とかしないと。サルウェンも婚約破棄は本望じゃなさそうだし、なぜこんな急に決まったのかは結局分からないけど、さすがにもう彼の妻になろうとは思えない。だから婚約破棄はそのまま受け入れよう。
でも、私有責はおかしくないか? 不貞行為でいったら確実にあちらの方がまずいはず。あと噂も何とかしたい。確かに私にも悪いところはあったけど、彼の一人勝ちはちょっと許せないかな。
そのためには証拠集めと印象操作が必要だ。身分の低い子達を黙らせてるって言ってたから、こっちもお金払ったら証言してくれないかな。さすがにサルウェンと一蓮托生は割に合わないと気づくだろう。
時間と人が足りないな。もう3日経っちゃったしなるべくスピーディにやらないと。お父様には内緒だし、ん〜お母様もなし。お兄様はそもそも今は王都に居ない。
はあ、私って頼れる人も居ないんだ。どこかに私の言うこと聞いてくれてそれなりに信用出来て有能な人居ないかな〜
「お嬢様、お手紙が届いております。今回の騒ぎについて、クリソプレーズ侯爵家から正式な謝罪かと」
「そこ置いておいて」
手紙なんて読んでる暇はない。何かあってもお父様が何とかしてくれるだろう。今は人材を......
ん? アルベルト・クリソプレーズ......侯爵令息で憎らしいほど有能、おまけにたぶん私のことを好いている。
これアルベルト利用できるな?
私のこと好きなら協力してくれるよね?
もう1回キスさせてあげるとか言っとけば釣れるでしょ、なんか思い出してニヤついてたし。
そう、私は自己中な女。自分の目的のためならなんでも使うのが信条だ。好意も思慕も遠慮なく利用させてもらう。
元々、優秀な兄と違って私には何も無いのだ。あるところから引っ張って繋いで頑張るしかない。
手紙によれば、直接謝罪したいので後日改めてうかがいたいとのこと。
後日なんて待ってられない! 今すぐ乗り込もう!
「タンザナイト公爵令嬢、本日はわざわざお越しいただき申し訳ない。手紙にも書いた通り、我が愚息が大変な失礼をした。そのせいでご婚約にも影響がでているとか。クリソプレーズ家当主としても父親としても、できる限りの誠意を見せていきたいと思っている」
わお。現役侯爵様に頭下げられちゃった。確かに訴えるとか言ったけどまさかこんな大事になるとは。
「こちらこそ巻き込んでしまって大変申し訳ございません。ただ支えていただいただけだったのですけれど、こんなことになってしまって。本日はアルベルト様に改めてお礼と謝罪をしたくて参りました」
「そうか。それでは直ぐに呼び寄せよう。ゆっくりしてくと良い」
むしろ申し訳ないと下手に出てみたら、侯爵の頬が緩んだような気がした。だいぶ気にしていたようだ。そのままご機嫌で退室していったから問題はないだろう。
「レイチェル。何用だ」
「あら。よくそんなしかめっ面ができるわね、好きな女の前で」
どう反応する? とぼけるか、固まるか、逃げ出すか。アルベルトのことだし、恥ずかしがってとぼけそうだ。だから今までて冷たかったんだろうし。
「なぜ......」
あ、固まるんだ。ソファーに座ろうとした微妙な体勢で固まったせいでとっても滑稽。なーんか今まで上から目線で来てた奴が実は私に惚れてたなんて優越感がすごいわ。もっとからかっちゃおうかな。
「私のことが好きすぎて同じ詩集を読んでるんでしょ? 私の情報網、舐めないでくれる?」
「詩集......あれば良かった。恋愛における作者の心情や表現が勉強になる」
「え、あ、そう」
「さっそく俺の気持ちが伝わったというわけだな」
なんだコイツ。なんか納得しだしたし。固まってたのが嘘みたいに優雅に足組むじゃん。
「ま、まあ認めるなら話は早い。私に協力して。サルウェンの秘密を暴きたいの」
「分かった。秘密というのは王宮のメイドや平民を脅して関係を持っていることか? それとも仕事の......っもしかして君のことか?」
「え、何それ!? メイドのことと私のことを本当は見下していることは知ってる。仕事のことって何?」
「あ、あぁ。それならいいんだ。あー、アイツは自分の仕事を一部の部下や家の者にやらせているんだ。たまたま近くの部署に移動になった時、気づいて」
「そう。......私なんにも彼のこと知らなかったんだな」
私の知ったばかりのことをさも当然のことのようにスラスラ話すアルベルトを見て、考えないようにしていたことが一気に溢れ出した。
女性のことも仕事のことも、もっと積極的に関わっていたら気づけていたのだろうか。妻として支えると誓ったのに、彼に対して投げやりになっていなかったか? この4年間、きちんと向き合ったことが果たしてあったのだろうか。
私のそんな態度が、彼をそんな人にしてしまったんじゃないのか。
「レイチェル、どうした? あぁ、朝食を食べすぎるのは良くない。腹を痛めるからな。少し席を外したらどうだ」
「っ、ちがう! なんでそんな言い方しかできないの!?」
見開かれた若草色が、私を責め立てる。貴方だってどうせ、私を見下しているんでしょ。家を公爵位に昇進させた素晴らしい両親、後継として申し分ない兄、そして出来損ないでお荷物な妹。ずっと言われてきた。ずっと感じてきたことだ。
そして今、唯一のチャンスを不意にした挙句元婚約者を責める理由を探している。
酷く惨めで、性格の悪い、自己中すぎる女だ。
「......やっぱなし。聞かなかったことにして。あと、いろいろとごめん」
もう帰ろう。家に帰って両親に泣きついて、そうすれば優しい彼らは私を遠い領地に隠してくれる。そこでのんびり暮らして歳をとって、なんにも陰口なんて聞かずに死ぬのだ。どうせなら、最後までお荷物な妹でいよう。そしたらそれ以上惨めになることもない。
「それはどういう......レイチェル、言葉を飲み込んでないか? それは良くないと詩集にも書いてあったぞ。何だったか、言葉が溜まって窒息する、か?」
「“言葉を飲み込むと、心の奥で静かに息を潜め、無情の窒息が訪れる。思いが胸の内で渦巻き、声にならぬまま、命を絞り取る”!」
「そう、それだ」
「もういいの。私にそんな権利ない。アルベルトも私なんてやめて他の女の子好きになった方が良いよ」
たぶんアルベルトは、不器用なんだろう。今になってわかる。私が嫌味や皮肉だと感じていた言葉たちは全て彼の本心で、含んだ意味などなかったんだろうな。それにしたって言葉選びが酷すぎるけど。結局私の劣等感が原因で拗れただけのこと。
私があの晩、勘違いなんてしないで幸せな気持ちのまま寝ていたら、婚約者は違っていただろうか。もう今となっては、想像すらできないけれど。
「それは無理だな。俺は君のことが好きすぎるから」
「え......」
「この際、今まで飲み込んできた言葉を言ってしまおう。俺が一番好きなのは、レイチェルの笑顔だ。照れてすぐ顔をそむけるのも可愛いと思う。薄水色の髪もよく似合ってて、肩に流しているやつが特に良い。あと、よく動く口も好きだ。俺はよく君を怒らせてしまうが、そんな時でも君の声は愛らしい。怒り顔も可愛くてついからかってしまっていたのは謝るよ。内容も、切れ味があってなかなか良かった。あぁ、あと家族思いなところも素晴らしいな。俺も妹ができて実感したよ。兄君に懐いている様子は少し焼けるが微笑ましいものだ。そうそう、よく兄君から君の小さい頃の話を聞くんだが、全く小さな君も愛らしいな。少し離れただけで泣きながらお母上を探していたエピソードを聞いた時は思わず天を仰いだよ。昔は今より甘えたがりだったようだが、俺の予想では今でも隠しているだけで寂しがり屋だ。合ってるか? 読んでいた詩集も統計的に愛や友情の素晴らしさを綴ったものが多かったからな。あぁそう、自分の好きなものがブレない所も魅力的だ。恨めしそうに冒険譚の置いてある棚を見ていることに気づいた時は笑いを耐えるのに苦労した。後はなんだろうな。飲み込んだ言葉が多すぎて思い出せない」
「......え」
ぶわっと頬が真っ赤に染まり、早鐘のような心臓の音が耳の奥に響く。これまで見たことないほど甘く優しげに細められた瞳に小さく肩が跳ねた。こんなの、知らない。言われた言葉が頭の中で次々と反響する。
思わずそらした目の先に私の好きな詩集が飾ってあるのが見えて、もう、顔を覆うしかなかった。
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