自己中な男

 アルベルトとの出会いは、今から3年ほど前。ちょうど婚約が決まる前の晩だった。当時婚約者を決めるために色々な催しに参加していて、その日はパール公爵家主催のパーティーだった。サルウェン様や、他にもたくさんの人と踊ったあと彼に誘われて。悪い噂は聞いたことがなかったし、ダンスも話も上手くてつい心が弾んでしまっていた。もしかしたらこの人と婚約するかもしれない、と。


 でも、そうはならなかった。別れ際アルベルトはこう言ったのだ。

「君と結婚したら、毎日騒がしいんだろうな。他の人には上手く隠した方がいい」


 私は自分の本来の性格が好きではない。騒がしいしうるさいし、思考があっちこっちへ飛んでまるで落ち着きがない。だから人と接する時にはなるべく隠しているつもりだった。

 気にしていることを指摘され“隠した方がいい”とまで言われてしまったとき、頑張ってきた糸がプツンと切れた気がした。


 そこから先はあまり覚えていない。たぶんそのままパーティーを抜け出して、翌日来た良い縁談話に何も考えずに頷いて。気づいたらサルウェン様の婚約者になっていたし、アルベルトとはなぜだか喧嘩をしていた。


 アイツはいちいち気の触ることを言うのだ。サルウェン様の前で頑張って猫を被っていたらニヤニヤしながら見てきて、後で「うまく隠せるようになったな」と言ってきたり。

 兄から貰ったお気に入りのドレスを見て「新しいのを買ってやろうか?」と言ってきたり。確かにもう何度も着てくたびれてはいたけども!

 先日植物園で偶然会った時など、急にプレゼントされたハンカチを奪ってきたし。「気に入ったから俺によこせ」とか言って。サルウェン様は基本気のいい人だから苦笑いしながら譲ってしまうし。


 とにかく自己中で嫌味ったらしい男。関わってよかったことなどひとつもない。でも......そんなアルベルトが、私の事を好きだと言っていた。聞き間違いだと思いたい。じゃなきゃ何も信じられない。

 そもそもあの妹に対する態度はなんだ。確かにあそこの末娘は大層可愛がられているとは聞いていたが、あんなに優しく喋れたのか? いや、でもパーティーで出会った時も最後以外は普通に優しかったし、今でも別に悪い噂は聞かない。


 ひょっとして、私にだけ冷たいのかな。なぜ? 普通好きな子には優しくしない?




 まあいい。昨日のことは置いておいて、まずは今しなければならない話をしよう。婚約破棄についてお父様は大人しくしているように言ってきたけど、長らくサルウェン様の婚約者としてそばで見てきた私からすると愚策中の愚策であると言える。本当の正解は謝罪だ。

 彼は多少感情が爆発するところがあるが基本穏やかで優しく、私をきちんと大切にしてくれる。そして大きな特徴として、放っておくとプライドが刺激されるのか不機嫌になりやすい。


 だから今回も放置ではなく素直な謝罪が最適だと思う。2日も経ち気持ちが落ち着いた頃に婚約者が素直に下手に出て謝罪してくる。そうすれば彼も私への情や本来の優しさを思い出し考え直してくれるだろう。たぶん。



 ということで今、サルウェン様の職場である王宮いる。仕事部屋の前には彼の護衛騎士の姿が。彼は今年で22歳。文官として堅実に働いていると聞く。交友関係も広くて人気者だ。

 はあ、チラチラ見られながら噂されて肩身が狭くてしょうがない。昼休みの鐘までまだ時間あるし庭園でも行こうかな。


 王宮庭園は初めてサルウェン様とデートしたところでもある。少しぎこちないながらも精一杯リードしてもらって、とても好印象だった。彼は花に非常に詳しくて、そこで青薔薇のできた由来を聞いた覚えがある。「不可能だと言われることに挑戦してみたいんだ。この薔薇のように」

 その言葉を聞いて、決して恋愛的に好きになることはないだろうが、精一杯妻としてお支えしようと誓った。


 う、ちょっと感傷的になり過ぎたな。ポジティブにいこうよ! 不可能はないのだから!

 そうして、庭園を離れようとした時。ガサガサと大きな音がして振り返る。生垣から、声がした。


「はぁ〜あ。お前も俺の気持ちわかってくれるだろ?」

「もちろんですわ。サルウェン様が今までどれだけのお時間を割いてきたか」

「あいつ公爵家のお荷物なのにな。自分からチャンスを不意にして、馬鹿なやつ」


 サルウェン様......? これ......もしかして私の事、なのだろうか。そうなふうに思っていたの。でも、これは今だけだよね。まだ怒ってるからだよね。それとも......ずっと私を嘲笑っていたとでも言うの。


「ねぇ? じゃあ本妻は誰になるのかしら」

「そーだなー。お気に入りのやつはみんな家が弱いし。ま、だから黙らせておけるんだけど。お前も男爵家だしなぁ」

「もうっ! そんなこと言うなら仕事に戻るわ」

「コラ待てっ! ほら、」


 3年前2人で眺めた青薔薇の生垣の向こう側で起きていることに耐えきれず、私は逃げ出してしまった。



 ボーン ボーン ボーン

 昼休みの始まりの鐘が今さら鳴る。


 頬をつたう涙には、気づかないでいたかった。

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